東京外国語大学アラビア語専攻

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アッラー 99の美名

アラブ人名にも含まれている99あるアッラーの美名についての補足です。



神の属性を示す名前の集合体


アラビア語でイスラームの唯一神を示す言葉は「アッラー」という。これは神を示す「イラーフ」に定冠詞「アル」が接頭することでできた単語と言われている。イスラーム世界では、アッラーがもつ様々な性質を示す計99の名称が、「アッラーの美名(アスマー ウッラー・アル=フスナー)」という名前で呼ばれている。

単に「アスマーウッラー」(アッラーの名前)とする場合もしばしばだが、イスラームではクルアーンに敬称もしくは枕詞のような形容詞をつけることが多いことからこの名称にも「美しい」という形容詞がつけられている。

イスラーム諸学の一つに神学があるが、この一つのジャンルとして「アッラーとは何か」を論じる「タウヒード」学がある。イスラーム神学では、神の本質と属性との関係についての議論が長い間なされてきたが、とりあえずここでは「アッラーの美名というのは、イスラームにおける神が有する様々な属性を示す名称のリスト」と理解することにしたい。

アッラーの美名とその数については異論があり、99にとどまらないとする意見もあるらしい。しかし、一般には99が普通である。



この美名の浸透度


このアッラーの美名は広く浸透しており、詩吟のような形口にされるこれらの名前が、空や自然といった風景とともに流れる短いテレビ番組を見かけることも多い。何より、ムスリム らの名前にこれらの美名が含まれているため、アラビア語を学んでいると、イスラームに対する興味の度合いに関わりなくこの美名のリストを参照する機会が増える。

家に飾るタペストリーがこの美名一覧であることも珍しくない。その場合は、カアバを覆う布キスワ同様、黒字の布に金の糸で刺繍がなされているのが普通である。 布自体にご利益があるという発想まではいかないが、日本でいう縁起物とおなじように家庭で飾られることが多いようだ。



アッラーの美名とムスリムの名前


「アブド某」という形の名前の殆どは、アッラーの名称、もしくは99の美名を元にして作られている。「アブドゥッラー」は「アッラーの僕」という意味の名前で相当ポピュラーである。「アッラフマーン」という美名と組み合わせれば、「アブドゥッラフマーン」という名前が出来上がるといった具合で、イスラーム世界にはこれに類した名前を持つ人々が大勢いる。

ただ、「アブドッラスール(=預言者の僕)」、「アブド・ムハンマド(=ムハンマドの僕)」、「アブド・アリー(=アリーの僕)」、「アブドゥル=フサイン(アル=フサインの僕)」、「アブドゥル=ハサン(アル=ハサンの僕)」といった名前もしばしば見かける。

「ラスール」と「ムハンマド」というのはいずれも預言者ムハンマドのことを指すが、「アリー」、「アル=フサイン」、「アル=ハサン」はいずれもシーア派にとっての重要人物であるため、これらの人物の僕 という意味の名前を持つ人物は、本人に宗派を問わなくともシーア派であるということが推測できる。

またムスリムではなくキリスト教徒である場合も「アブド某」式の名前を持っている人がおり、この場合は「アブド・イーサー(=イエスの僕)」とか、「アブド・アル=マスィーフ(=メシア、キリストの僕)」といった名前になる。



数珠と属性名


アッラーの名前を唱念し、それを出来るだけ多く行うことがよいとされているため、真面目なムスリム らは時間が許す限りアッラーの名を口にしようと努める。この作業に使うための数珠はいたるところで売られており、観光地の土産物屋では首からかけると地面につくかと思われる長巨大数珠が売っていることもある。

仏教の数珠は煩悩の数に対応しているが、イスラームではアッラーの美名がそれにあたる。99粒というのはやや多すぎるため、それよりも少ない粒で代用することが多いようだ。

敬虔なムスリムはアッラーの名前を唱えるために用いるが、道端に立ってくつろいでいるおじさんなどは暇つぶしのために数珠をいじっていることが多いという。 道端のカフェで駄弁りながらタバコを味わっている男性たちはたいてい後者の部類に入るのであろう。


 

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