気がつけば3月もなかばとなり、3月11日から10周年の日も過ぎた(同日、武蔵境での例の映画の上映会は100人を超える来場者で大盛況!気仙沼から牡蠣漁師の畠山重篤さんもサプライズ来場してくださり、大いに盛り上がった)。「冬来たりなば春遠からじ」、そうやって古人は冬の寒さ、辛さをなんとかやり過ごしてきた。トーキョーの桜も開花し始め、春がそこまで来ている。だが、コロナは変異種やらなにやらで相変わらず世界各地で人間社会を翻弄し、日本各地ではグラグラと地震が続く。春来たれども、めでたしというわけにはなかなかいかないようだ。
昨晩、所用を済ませて新宿駅から京王線に乗ろうとしたところ、改札の少し手前に小さな札を出して一人の若者が座っていた。何かの主張か物乞いか、いずれにせよ異例のことなので、近寄ってみると前に入れ物を置いてあり、物乞いであった。札に手書きで「いろいろ困っています」とか書いてある。あまりのダイレクトさに一度は通り過ぎたものの、ひきかえして少しお金を置いた。入れ物の中には小銭と変なおもちゃ、千円札が1枚。失礼になるのであまりしっかり見なかったが、中年にはまだいたらない男性であった。ホワイトデーとやらでかなりの人出があったが、足を止める人はいない。
他の方策が尽きて、最後の手段に訴えたのだろうか。乞食と役者(変換ミスで訳者と出たが、訳者はその限りでは決してない)は三日やったらやめられないともいうが、こんな風に追いつめられた若者が、あるいは若くない人びとが、どこそこに多数いて、ついに街まであらわれ出てきたかのようだ。この国のタガは完全に外れてしまっている。とんでもない奈落へ、それと気づかず落ちていくような明るい絶望感が社会を覆っているのだ。そう思っていなかったわけではなかったが、何かそのことを目の前に突き付けられた気がした出来事であった。