中村哲さんが亡くなられた。ペシャワール会の代表として長年現地で医療に携わり、また人々とともに井戸を掘り灌漑設備を完成させて、「水があり食べていける」暮らしの基盤をつくった何十年もの仕事は、地元の人びとからほんとうに信頼され、最高の敬意を示す「ドクターサーブ」と呼ばれていたという。詳細はまだわからないが、緊迫した現地の情勢の中で「流れ弾に当たった」ようだ。
2001年、9月11日を境にアメリカが大きく「戦争」へと舵を切り、アフガニスタンに侵攻し始めた12月、一時帰国中の中村さんに外大でご講演をいただいた。数年後、ペシャワール会の福元さんにも現場のお話しをうかがった。グローバル世界はどこから見るかでまったく異なる様相を示す。当時まだ「国際協力講座」と名乗っていた外大グローバルスタディーズにとって、中村さんとペシャワール会は格別の存在である。(下記は記録誌『国際協力講座の歩み2000-2008』より)
テレビの中、記者会見に応じる福元さんの表情は悲痛で、胸が痛くなる。今のところ何もできないが、外大グローバルスタディーズを今なお引き継ぐ者として、心の底からの哀悼と連帯のエールを送りたい。