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とても「頭にきた」こと(やや長いです)

故・竹内敏晴さんが身体について考察した書物の中で、かつては「腹が立つ」と言っていたものを「頭に」来ると言うようになり、最近では「ムカツク」(つまり胸か胃だ)と言うことに、身体感覚の変化を指摘していた。昨今、その全部が身体を襲うような出来事があって、今日は朝から怒りのブログである。すみません。(元気ない人は別の機会に読んでね。)先週、京都への日帰り出張をした件である。

下記は、某所に出すつもりで準備したがオクラ入りした文章である。1400字近くもあって恐縮だが、経緯を書く手間が省けるので、ここに載せておきたい。なお、この件は河北新報という新聞が10/27、11/6に取り上げ、それなりに社会的関心を集めた。学会とはまったく関係ない友人からも、「これってどうなの?」というメールをもらったりもした;しかし新聞に出ようが出まいが、「学会」という公的組織の決定は、社会的意味をともなうものである。

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経済学史学会は二〇一二年度の全国大会開催地を福島大学から小樽商科大学に変更した。もともとは今年度五月に福島大学で全国大会を行うはずだった予定を、東日本大震災の影響を考慮して十一月に延期、場所も京都大学に変更し、福島大学での開催は来年度とした決定からの変更である。学会員の一人として、また幹事の一人として、大学の業務のため総会に出席できなかったことも無念だが、異義を唱えたにもかかわらず変更の差し戻しを実現できなかったことが残念だ。幹事会での議論と聞き知った総会での議論の概要から、決定や変更の手続きの問題は措くとして、何としても福島開催に戻したかった論拠を書き留めておきたい。
 問題は「会員が安心して出席できるように」変更したという言い方に潜むものである。もちろんそこには、多くの会員が福島開催に不安をもつだろうという想定がある。これに対して福島大学の低線量が変更への異義の論拠として提示されたが、なぜか十分な説得力をもたなかった。放射能のことは結局、素人には判断できないという態度は、これまでも長い間「専門家」の密室的決定や隠蔽を許してきたものである。また「会員が安心して」という根拠の薄弱さを示すのに、J. M. ケインズの美人投票のようだという人もあった。それは「投票者が百枚の写真の中から最も容貌の美しい六人を選び、その選択が投票者全体の平均的な好みに最も近かった者に賞が与えられる」という新聞投票と投資家の意思決定の類似を示したものである。ケインズは、自分の判断で選ぶのではなく「平均的な意見は何が平均的な意見になると期待しているかを予測することに知恵を絞る」というありかたが、バブルやパニックを起こす危険性を指摘した。ひるがえって今回の変更における「みなさんが不安だろうから」という想定にも、同じく実質を欠いた危うさがある。のみならず、会員への配慮にみせた裏側にみずからの不安を滑り込ませて隠し、正当化するエゴイズムが感じられる。
ところで、その危うさを指摘し福島開催を求めることは、政府筋のさまざまな安全宣言を信じることとは無縁である。事故から今日に至るまで、情報開示の程度はチェルノブイリ事故時のソ連かそれ以下であり、必要な情報の隠匿は救える人々をも危険に晒した犯罪行為でさえある。色もにおいもない放射能に生物としての人間が対処するのはきわめて困難であり、被ばくは誰にとっても恐ろしい。しかし福島開催に反対した人々は、福島に行くことだけが危険だと考えているのだろうか。いまだ収束できない大事故の後で、それがなかったかのように日常を取り戻したいという気持ちはわかるが、福島に行きさえしなければ無関係でいられるというのは錯覚にすぎない。日々、風が吹き海は日本を囲んで世界へ流れ込む。次々に露呈するホットスポット、食物や瓦礫の中の放射性物質の問題は、今後長きにわたって各地で出現するだろう。わたしたちは、もはや放射能とともにしかありえない未来を、どう生きるか考えなければならない。そのことに日々向き合っている福島を踏みにじる言葉や行為は許し難いものだ。
原子力発電所の建設には、常に成長や開発の経済的利益が絡んでいた。それを理論的に支持してきた経済学を問うのが経済学史の仕事であろう。ぶざまな混乱で福島の人々を失望させ悲しませたことを、両手をついてお詫びしたい。

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当方はこの学会の幹事として反対意見を伝えたものの、もう段取りが済んでいるのだからという遠慮と、異義への賛意はほとんどないだろうという考えのため、変更を了承してしまった。その責任を感じ、またこのような決定をする学会の一員であることが耐え難いという理由もあって、先週から進退を考えていた。で、一週間考えた末、昨日メーリスで年内中の退会を表明させてもらった。すぐにやめないのは、この問題の行方だけは確認しておきたいからである。もちろん退会しても、この問題について「終わり」とするわけではない。

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2011年11月12日 10:39に投稿されたエントリーのページです。

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