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2009年10月 アーカイブ

2009年10月01日

CBSイブニングニュース

今日は番組でどういうニュースがあるのかというのは、冒頭のニュース項目の紹介で分かるのですが、今日楽しみな項目がありました。

After seventy years, that the yellow brick road led to the Land of Oz...

黄色いレンガの道がオズの魔法使いの国へと、導いてくれましたが、、、

今でもたくさんの人が訪れているというのです。
「オズの魔法使い」の話がくるのだろうと、楽しみに待っていました。

そうしたところ、最後の項目で出てきました。

1939年アメリカが大恐慌に悩んでいるときに、、、
Hollywood was producing gold.

ハリウッドが黄金時代を迎えていました。

Gone with the Wind

風とともに去りぬ

The Wizard of Oz

オズの魔法使い

などの名画が生まれたのです。

とあったあと、

Judy Garland sang her way into the stardom.

sing her way...

というのをどう処理しようかと思いましたが、これは

ジュディ・ガーランドはミュージカル映画、「オズの魔法使い」で一躍スターになりました。

と、無難に乗り切りました。

ですが、この部分で苦戦。

the most watched movie

という紹介があったのですが、ついテレビのことが頭に浮かんでしまい

「一番視聴率が高かった」

と言ってしまい、しまった!と思ったのですが、そのあと、

In 1956, 45million people watched this movie on TV.
Here on CBS.

ときたので、ほっとしました。
視聴率ももしかしたら、いちばん高かったかも?

ですが、意外だったのは2億2700万ドルをかけて作られたこの映画、当時としてはとても大金を投じたのだと思いますが、採算をとるのに10年かかったと言うことです。

でも、レポートの最後のこの締めには納得。

You have to see the Wizard, the Wizard of Oz.

オズの魔法使い、是非みなくては。

そして、ジュディ・ガーランドのイメージについても、

She will always be Dorothy.

いつもドロシーであり続ける。

というのは、みな同感でしょう。

有名なセリフ、This isn't Kansas.

どうもここ、カンサスじゃないみたいよ。

とか、有名な歌

Over the Rainbow

虹の彼方に

も素晴らしいですが、三人のお供も印象深いですね。
ええと、魔法使いから勇気をもらいたいという臆病なライオン、脳みそが欲しいという藁で出来たかかし、心が欲しいというブリキのキコリ、この三者が求めているもの、象徴的です。そしてもちろん、竜巻でとばされた故郷に帰りたいドロ
シー。アメリカで竜巻被害のニュースを聞くたびに、この物語を思い出します。

さて、三人のお供といえば桃太郎さんもそうですね。
犬(勇気の象徴)、キジ(仁の象徴)、サル(智恵の象徴)でしたっけ。

東西の寓話には共通項もあるようです。

2009年10月06日

ABCナイトライン

今日は大きな話題は二つ、それぞれ考えさせられる話題でした。

まずとりあげられたのは、新型インフルエンザのワクチン接種が始まったという話題。ちなみに、豚インフルエンザという言い方はまったくニュースで使っていけないというのではないながら、原則新型インフルエンザとしています。養豚農家など豚に関係する仕事をしている人への配慮であろうと思われます。

たとえば、1976年にもワクチン摂取が試みられてこのときは、ワクチン接種で死亡した人のほうが豚インフルエンザで死亡した人の数よりも多かった、というときは豚インフルエンザといったほうがいいようにも思いますが、「このインフルエンザ」などと工夫することはできます。

アメリカではっきりと摂取はするな、と反対している医師が集会を開いたり、テレビで摂取をするなと訴えたりしているというのはちょっと驚きでした。

単純ですがこれ、何と訳出する、と一瞬思ったのがmild symptoms です。

ついつい、つられて「穏やかな症状」などといいそうになりますが、これは軽くすむ、症状が軽度、ということですね。mild は味がマイルド、などとカタカナでも使えますが、症状の場合は軽症でした。

次に出てきたのが、アメリカはアイドルを作り出す文化。作り出さざるを得ないというショッキングなリポート。ABCナイトラインが特集で伝えているThe Ten commandments で、今日はその第二戒、golden calf and graven images を崇拝するな、つまり偶像崇拝を禁じた戒をとりあげていました。

Pastor Mark Driscoll of the Mars Hill Church in Seattle が言い始めたことなのですが、人はみな何かを崇拝したいという欲求がある、それは対象は神なのだが神の代わりになるのがアイドル(偶像)なのだというのです。

その牧師の主張について、maybe he is onto something.

onto something

という言い方をリポータ-がしていましたが、これは

He has a point

と同じような意味ですね。

言っていることはもっとも、いいところに気付く、

というような意味だと思います。

偶像崇拝の対象になっているものとしてマイケル・ジャクソン、あるいはアメリカンフットボール、スターバックス、など文化、ファッション、スポーツ、政治、経済いろいろな例があげられましたが、考えさせられるリポートでした。

またこの日、別のニュースの話題ではアフガニスタンが大きくとりあげられていましたが、二つどう訳そうかと思う表現がありました。

アメリカ兵8名が待ち伏せ攻撃にあって無残に殺されたというニュースだったのですが、まるでsitting ducks

標的にされるがまま、

ということでしょうか。

銃でアヒルの模型を撃ち落す、おもちゃの銃で標的を射つ縁日であるようなゲームのことだろうと思いますが、「撃ってくれといわんばかり」と言うような感じでしょうか。一言で言うのがむずかしいです。いっそ「なすすべがありませんでした」と、してもいいのかもしれません。

あと、殺された兵士がどういう人たちであったのかという紹介があり、put a human face という言い方がされていました。

地震、災害報道もそうですが、何百名死亡、何千人死亡といわれても実際にどういう人たちが亡くなったのかがわからないと実感がわかない。

実際の例をあげる

くらいの意味だと思いますが、これも直接単語のおきかえでピッタリの言い方は難しいです。

報道する側としてはput a human face が任務ともいえるのかもしれません。

そして報道の一角を担う放送通訳として、こういうところが訳出の難しさだ、文脈からの適切な判断が何より大事だと日々感じています。

2009年10月11日

TUFS通訳シンポジウム「世界の大学・大学院における通訳者養成」を開催

心配された台風18号の影響もなく、10月11日(日)、抜けるような青空のもと、本学101教室において、200名を超える聴衆が集い、TUFS通訳シンポジウム「世界の大学・大学院における通訳者養成」が開催されました。シンポジウムには、本学と協力関係にあるアジア/ヨーロッパの通訳教育を行っている大学・大学院で会議通訳を教える先生方からご講演をいただきました。最後に行われたパネルディスカッションでは、今後も意見交換および協力関係を発展させていこうと力強い結論で終わりました。これを機会に本学で通訳教育を積極的に国際的な連携のもと進めていく道筋ができました。

2009年10月14日

ABCワールドニュース

今日は3番でした。今日最初に出てきたニュースは、CTスキャンを扱う際に異例に多い放射線をあびる設定になっていたという有名病院の例。

最近はむしろ、
work hard to lower exposure

あびる量を減らすために一生懸命やっている

それが、逆であったと言うきわめて異例なる例だということでした。
驚いたのは、医療手続きを経るために現在あびる放射線の量は1980年当時の何十倍にもなっているということです。

あと、同僚とも話し合ったのはCTスキャンを訳すかどうか。
MRIなどという略語もそうですが、返って略語以外の言い方をしようとするとわからないかもしれない、ということで意見が一致、結局略語のまま使いました。

次に出たニュース、今度は逆にパートナーの相談にのりましたが、今日生まれた赤ちゃんは100歳以上まで生きる可能性が半分、というのです。

父親よりは15年、祖父よりは 40年も長生きするというのを、レポーターのシャロン・アルフォンジがお腹の中の子どもがもうすぐ生まれるけど、といいつつ、個人の物語として語っていたのが実に印象的でした。

相談にのったのはこのレポートの最後の部分です。

It's enough to bring even the 'young at heart' breathless.

breathless

この部分をどう訳出するかが問題です。

100歳以上まで生きる、つまり100歳の誕生日を祝うことになる、ということでバースデーケーキを吹き消す、という映像も使われていました。

気は若い、心臓は若い

息があがる、息もつけなくなる、

あるいは、

ろうそくを吹き消すのも大変、でも誕生日は祝う、

といったこと、すべてひっくるめてbreathless という言い方にこめているのだと思います。

難しいですね。

結局「どんなに気が若い人であっても、(100歳を超えて生きる)なんていわれたらびっくり」ですね。

といったところが、無難でしょう。

2009年10月20日

ラジオセンターからの依頼

今日は本当に珍しい体験をしました。NHKの本館13階にあるラジオセンターでの仕事だったのですが、まずはこのセンターに行ってみて驚きました。

おそらく、NHKの中でここほど眺めのよいところはないのでは?
と思えるほど新宿の高層ビル群が、原宿の緑の上にそびえるところがよく見えます。

と、眺めのよさにみとれている余裕もなく、パートナーとともに初めてのラジオでの同時通訳に挑戦しました。

「私も一言!夕方ニュース」というラジオ番組で、17時から19時までの放送です。ここに「ケント・カルダー氏が語る、新たな日米関係」ということで、折りしもゲイツ国防長官が来日した今日、急遽番組ゲストにお迎えすることにしたとのことです。

カルダーさんは元・駐日アメリカ大使特別補佐官。現在、ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワーセンター東アジア研究所所長です。何年か前にもこの方の出席する国際会議で通訳をしたことがありましたが、日本語もかなり堪能な方です。
そのため、今回は変則的ですが日本語で質問は分かるが、答えの部分の英語を日本語に通訳して欲しいという依頼でした。

日ごろ、ニュースの通訳はやっていますが映像なしでの通訳、しかもインタビューなのに英日方向だけの通訳と言うのはかなり珍しい。どうなるか、、、ラジオセンターの方が、「同時通訳準備中の風景を撮影していいですか」と写真をとりにみえたりして、本番へ。

インタビューが行われているスタジオから一つ、部屋を隔てたブースで通訳をしましたが、スピーカーが話している表情もみえないなかで、というのはやはり、勝手がかなり違いました。

街で集めた市民の声、メールでの質問などを番組で織り込みながら、それについての反応もお聞きする、というのもあったりして、必死に、わかりやすい通訳をしようと二人して努力しましたが、さて、成果のほどは?

あとで録音したCDを届けてくださると言うことですので、「がまの油」のようにたらーり、たらーりと汗を流しながらあとでじっくり、反省しようと思います。

2009年10月21日

翻訳演習の授業のゲスト

今日は、友人の北代美和子先生の翻訳演習の授業に、素敵なゲストがお二人来てくださいました。そこに、私も見学させていただきにいきました。

俳優座所属の演出家であり俳優である森一(もり・はじめ)さん

そして、俳優座所属の女優さんであり脚本も書くという美苗(みなえ)さんです。

まずは、全体で雰囲気をほぐして慣れるために「セブンアップ」というゲームをやるところからはじまり、終始和やかな雰囲気の授業でした。

授業の中心は、Joan Didion の書いたThe Year of Magical Thinking の最初の章を森さんが翻訳された原稿を、授業の現場で美苗さんが朗読するというものでしたが、美苗さんが昨晩、森さんに翻訳について感じた疑問をぶつけるというところからはじまりました。

すでに授業に参加している8名の学生、および見学にきていた去年履修していた学生は、前の週に授業でこの同じ部分を検討し、どのように翻訳したらよいのかを考えてきたうえで、さらにディスカッションを重ねて難しい部分はどうすればよいかを考えた上で、実際に目の前で「ことばが生き生きと」語られるのをみたのは、またとない生きた勉強でした。

表現が、ことばが生きたものになる、というのを私もいっしょに目の当たりにさせていただいたように思います。

実際に、ことばは口に出してこそ生きるのだとあらためて実感しました。

それにしても、この本を一人芝居で朗読するとなると全部、頭からどうやってセリフとして覚えていくのだろう、というのがとても気になりました。

授業の終わりのころで学生からこの質問が出たのでしたが、最初はただただ、何度も読んで頭からお経をとなえるように覚えていくのだそうです。それにしても、語るためにはリズムがよいというのも条件になるし、よい翻訳はどうやって産出していくのか、翻訳をする人、演じる人との共同作業なのだとあらためて思いました。

森さんは演出家らしく、場面場面でどのような情景なのかを思い描きながら翻訳をされていくのだそうです。翻訳は、鉛筆でノートに書いていくのだそうですが、鉛筆で書くのがもどかしいくらいに早く進むときと、まったく時間ばかりがすぎて遅々としてすすまないことがあるのだとか。気分がのって、作家と気持ちが通じる感じになると早く進む、これは私も経験しているところですが、なかなか、この本、難しいものでタイトルからして、どのように訳したらよいのか、難しいというのが北代先生のコメントでした。

充実した授業でした。
翻訳をした原稿が、実際に俳優さんに演じられる、この様子を目の前でみることができた学生にとって、長く記憶に残る授業となったと思います。

私もとても興味深い体験をさせてもらいました。
森さん、美苗さん、それに北代先生、ありがとうございました。

(蛇足ながら、全員同じ年であることがわかりました。北代さんと私が大学の同級生、森さんと美苗さんが大学の同級生、そして北代さんと美苗さんが中学高校の同級生、という同級生の3ペアによる組み合わせでした。)

2009年10月24日

ABCナイトライン

時事英語の時間でもいつも言っていることですが、何がニュースにとりあげられるか、ということにそもそも、報道姿勢がよくあらわれています。

今日とりあげられたニュースも、いろいろな意味で興味深いものでした。

私がリポーター部分を担当したUFC Ultimate Fighting Championshipを現在の姿まで育て上げたホワイト氏の手腕、それと宣伝の最前線にもたっているリドル氏についてのリポートといった趣ですが、UFC mastermind that turned sports into gold

UFCの仕掛け人がスポーツを黄金に変えた

とでも、いいましょうか。

面白いのは、出だしの部分で(私自身MBAの勉強をしたことがあるので特にそう感じるのかもしれませんが)、これはビジネススクールの教材にだって取り上げられる価値がある、あるいは、メジャーリーグやNFL(アメフト)でさえ、成功ぶりを羨ましく思うだろう、と言っていたことです。

この対比のしかたをみても、アメリカ社会で何が価値があるものか、というのがわかります。成功の一つの象徴というのは、ビジネススクールのケーススタディでとりあげられるか、またメジャーリーグとアメフトがなんと言ってもスポーツ業界の成功の頂点(アメリカの場合、サッカーではないですね)だと、とらえられているのがわかります。

もう一つ、リポーター役以外を担当したのが最初のリポート。
長男が行方不明になって20年たっても、まだ希望を失わないで生きていると信じている母親、しかも、行方不明の子どもたちを救う運動の先頭にたっているというミネソタ州の女性についてのリポート。

その彼女の言葉。

Hope is a verb, it is about going out and doing things.

希望とは行動し続けることです。

と訳しましたが、hope is a verb 希望とは動詞である、すなわち、動かなかったら希望を持ち続けているという証にならない、という切々たる思いが込められていると思います。

またもう一つ、どうしようかと思ったのがこの言葉。

行方不明になったジェイコブさんと同じ名前をつけられた孫について語った言葉。

He is a baby that says, 'hello world'.

「世界よ、こんにちは」というような赤ちゃん。

直訳はこうなりますが、これでは意味が通じません。

結局

「生まれてきて嬉しい」を体現しているような赤ちゃん。

としました。

これで言いたいことが伝わったかどうか。

自分も子どもを産んだ経験のある一人の母親として思うと、赤ん坊が機嫌がいいときというのは、どこも悪いところがないとき。おなかもすいていなくて、オムツも濡れていない、気持ち悪くない状態。つまり、にこにこと笑っているような赤ちゃんとは、健康で悪いところのない赤ちゃんだ、という実感があります。

そんな気持ちを表しているのかと想像していたのすが、あたっているかどうか。
訳出するとは、常に発言している人の気持ちを想像するところからのスタートです。

2009年10月27日

リレー通訳

先日のTUFS通訳シンポジウムのときに、ロシアからの参加者がパネルディスカッションで発言する際に、ロシア語で話しそれをロシア人が英語に逐次通訳をするのを、学生が日本語に同時通訳するという場面がありました。

まったく同じ状況が今日、私も仕事において出現しました。国際会議において、中国人とロシア人の発言者の場合には、それぞれ自国語で発言しそれを同行している(通訳者ではないですが)英語のわかる別の参加者が英語に逐次通訳するのを、ブースの中のプロの会議通訳者である私たちが日本語にするというものです。

TUFS通訳シンポジウムの際にパネルでこの役割にあたった学生は、かなりやりにくいという感想をもったようでした。今日、私もこの立場にたってみて、つくづくその気持ちがよくわかりました。ですがどうも、実際に中国やロシアの参加者の場合、英語でおこなわれる国際会議にでるときにこのようなやり方は、珍しくはないようです。他の参加者の共通語が英語である場合には必然的に言語は英語をキー言語にせざるを得ないのですが、ただし、会議参加者がみな英語ができるのではない、となると、これが次善の策です。ある別のアジアの国の参加者の場合は、英語で発言していましたが、あきらかにネーティブでない英語で発言するのに無理があり、そういう場合は別に英語がより堪能な参加者がいるのであれば、一度自国語で発言して別の参加者に英語にしてもらったほうがわかりやすい、ということも考えられます。

さらにもう一つ、国際会議でこんなこともあるのか、と思った場面がありました。
英語が堪能でない参加者が、たどたどしい日本語で発言するという場合です。そうなると、実はもっと大変であることがよくわかりました。たどたどしい英語の場合、自分にとっても英語は母語でないですし、ある程度ネーティブでない人の英語は聞きなれているところから、何とかやっていけるのですが、たどたどしい日本語を明らかに原稿があって読みあげている場合ーそれが本当にたいへんです。
すでに用意している原稿ですから、文章もそれなりに練ってあります。読んでいる原稿をもらいたいところですが、すべて入手できるとは限りません。

実際に、たとたどしい日本語を英語に同時通訳せねばならない立場になってみて、英語がキー言語の場合、私たち日本人の会議通訳者が日本語から英語に同時通訳したものをリレー通訳として他の言語にしている通訳者の苦労の一端が分かった気がしました。わけのわからない英語になっているところもあるでしょうに、そういうものを他の言語にさらに通訳しなくてはならないというのは、本当に骨が折れるだろうと思いました。

英語でいうように、be in someone else's shoes その人の立場にたってみて、初めて実感できることはたくさん、あります。

それであれば、まだ自国語から英語の堪能なほかの参加者が英語に逐次通訳したものを同時通訳するほうがよい、とつくづく思いました。

さて、根本的な疑問としてなぜリレー通訳が難しいのか。

二つの言語が重なると言うことは、語彙と文法の両方の面でずれが生じるからでしょう。

特に日本語と英語のように文法構造が違う場合(たどたどしい日本語から英語への同時通訳をするはめになって、痛感しましたが)、まず聞き取りのところで構造がよくとれないということになってしまうと、表現の工夫などはまず、やっている余地がありません。一番、単純な文章をただただ、重ねていくしかできない状態に陥ります。

と、文法の問題はとても難しいのですが、語彙でも??と思うものがいくつも出てきます。

それは数学の同心円を重ねる図を思い出してみると、理由が説明できるようにおもいます。

Aという言語からBに通訳されたもの、これはBに通訳する人がAの言語とBの言語の重なる部分の語彙で何か、適切な訳語をみつけてきたとします。

ところが、Aという言語を理解しない言語Bと言語Cの間の通訳者がこの訳語を聞いたときに、どこが言語Aと言語Bの重なっている部分にあたるかがわからず、B言語のこの語彙にのみある意味範疇を、言語Cに訳してしまう危険性があります。

2009年10月28日

プロ意識とは

このところ、通訳者の間で話題になっているのがノースウェスト航空のパイロットの一件。コックピットにパソコンを持ち込んで、互いに作業に熱中していたあげく一時間以上も空港の管制官への連絡を怠り、あげくのはてに便の到着が2時
間以上も遅れたという話。その熱中していた作業とはなんだったのか。

ある放送通訳者からの情報。なんと勤務表の希望を記入するのに、その記入のしかたがどうやっていいか、わからない、というので互いにどうやったらいいのか、かんかんがくがくだったのだとか。しかし、それもデルタとノースウェストとの合併が発表されたからだったのだとか。デルタはその後で、こういう事件をおこしたパイロットは雇わない、と言うことになったので、結局、この問題をおこしたパイロット達が苦心して記入しようとした勤務希望表は出さなくてよいことになったのでしたが、、、

何だか、日ごろ勤務希望表を出している身としては身につまされる話でした。

今日のABCワールドニュースでもこのノースウェスト航空の件が出てきて、結局、問題のパイロット達の免許は取り消し、になったそうですが、番組で問題にされたのがプロ意識とは何か、という点でした。これも身につまされる話題でし
た。

いわく、プロ意識とは、「明るくて雰囲気がよくて話がしやすい職場と、いい加減な勤務態度で問題がおこる可能性のある職場、の違いがわかるということ」。
この意見は、ある航空関係の雑誌記者の意見として紹介されていました。またABCレポートによると、3年前におきた墜落事故では、パイロット達がdogs, kids, jobs 「犬、子ども、仕事」の話に打ち興じていてあげくのはて、違った滑走路から離陸し、事故になったというのです。

犬、が子どもよりも先にでてきているところに愛犬家としてはちょっと惹かれるものを感じてしまいましたが、、、

いずれにせよ、雑談もできないような職場では息が詰まりそうとはいうものの、雑談に打ち興じて本務を忘れてはならない。当たり前ですが、プロと言われる職業には職業倫理が大切と痛感しました。

2009年10月29日

CBS Evening News

どんな仕事でも、行き帰りにちょっとした息抜き、あるいは何かほっとできることがあると思いますが、TBSにいく場合には朝7時からやっているオーガニックコーヒーを売っている店でコーヒーを買っていく、というのが楽しみです。NHKの仕事を終えて帰るときには(百貨店があいている時間であれば、ですが)東急百貨店のサロンに寄って、コーヒーを飲んで帰ります。ついつい、そばの売り場で展示されている洋服をみて、ついでに買って帰ることもありますがまあ、それも楽しみのうちです。

今朝はCBSイブニングニュースに行きましたが、あらためてコロケーションの難しさを考えました。

例えば、英語では当たり前のコロケーションですが日本語にしようとするとそう簡単ではないもの。

loyal customers

deep doubts

直訳すると、

忠実な顧客
深い疑い

となりますが、日本語でそういうでしょうか。

brand loyalty を獲得するのはマーケティングで大事なことだと習いましたし、具体例を考えてみればよくわかります。例えば、「マヨネーズと言えばキューピー」「ソースと言えばブルドックソース」というように、ひいきが決まっています。

それがloyal の意味ですが、ひいきの顧客、というのがピッタリくる気がします。

疑うほうは、「大きな疑い」でしょうか。深く考えるとはいいますが深く疑う、とは言わないような。

また、音声で伝えるならではの難しさもあります。

協力はより強力なものとなるでしょう。

だと、「キョウリョク」「キョウリョク」が重なっています。
勿論、聞いて意味はわかるとはいえ、「より強固な協力関係が求められます」などといったほうがよいのでは。

などなど、考え始めるともう一言も発せられなくなりそうですが。
放送通訳の仕事であるからには、声を出さなかったら仕事になりません。

今日心に残った話題を二つ紹介します。

まず新型インフルエンザにかかった子どもが父親の願いを受けて、こん睡状態から回復し、ようやく家族のもとに帰った話。このリポートの最後のところの訳に迷いました。

締めの言葉はtheir family complete でした。
思わず「家族はひとつ」と訳しました。

完全、といっても通じないでしょう。

かつて、私を少女の頃から知っている(もう亡くなってしまわれましたが)アメリカ人の恩人で、私の家族が日本に先に帰ってしまったときにインドで預かってくださった方ですが、私に子どもが二人生まれて、男の子と次は女の子だったと伝えたところ

You now have a perfect family.

といわれたときも、訳語として

perfect は日本語の「家族」とのコロケーションでは「完璧」ではないな、

と思ったのですが、これでしたら「理想の家族を手に入れたのね」くらいでしょうか。

最後の話題も心に残るものでした。

起業家として活躍しながらも、ビジネスを起こすときのルールと人のためになる社会活動をするときのルールは同じ、という企業家の言葉。

in business you find a need and seek to fulfill it.

ビジネスでも、社会活動でも、まずは何が必要とされているのか、ニーズを特定してそれを満たす努力をするのが肝要だ、というのです。

味わい深い言葉です。

教育においても当てはまると思いました。

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