久美子さんを偲ぶ会
寺澤(村田)久美子さんが、わずか51歳の若さで7月2日に永眠されたことを悼んで、ホテルオークラにおいて「久美子さんを偲ぶ会」そしてご主人の寺澤先生を励ます会が開かれました。久美子さんには通訳教育についての海外大学院事情
の視察をはじめた当初より同行していただき、常に助けてもらってきました。
1987年に井手先生のご紹介で、当時お勤めだったプライスウォーターハウスでのプロジェクトにたずさわるという件で出会って以来、22年間におよぶお付き合いでした。このなかで、寺澤先生と結婚されパースに暮らされた最後の2年間は特
に幸せな期間だったのではないか、と思います。
この機会に久美子さんとの思い出を振り返ってみます。
私と久美子さんの共同作品が二点あります。
「マキァヴェッリの子どもたち」
リチャード サミュエルズ
鶴田 知佳子/村田 久美子訳 (2007/5/11)
「株主価値追求の経営―キャッシュフローによる企業改革」
アンドリュー ブラック、ジョン・E. バックマン、フィリップ ライト、
プライスウォーターハウス
井手正介監訳
鶴田 知佳子/村田 久美子訳(1998/11)
いずれも東洋経済新報社から出版されております。
久美子さんとの出会いは、私の人生の転機のころでもありました。
その後1999年4月から私は目白大学の専任教員になりますが、その一年前まではNHK衛星放送やCNNの放送通訳者、国際会議の同時通訳者をしながらもともとの大学院の専門であった経営学を活かす仕事をしていました。久美子さんとは大学の同窓生、久美子さんは英語学科で私はフランス語学科、年齢も5歳違いますが同じように金融機関に勤務した経験がありアメリカのビジネススクールの卒業生と言うことで、知り合った12年前より親しくさせていただいてきました。
通訳研究、あるいは最近では通訳学ということばもありますが、欧米の大学院の通訳教育を調査したいということを始めたのが1999年です。その年の夏にパリ第三大学の通訳翻訳高等学院を訪ねたのですが、私の通訳研究の出発点ともいえるこの調査旅行に同行し、終始励まし続けてくださったのが久美子さんでした。
その後、欧米の大学院探訪は翌年のアメリカとカナダ、その次の年のオーストラリア、さらに翌年の台湾、韓国と続いたのでした。その都度、日本通訳学会で研究報告もいっしょにしてきました。久美子さんの存在がなかったら、ここまで私はやってこられなかったと思います。とても愛情深く、研究熱心でかつ緻密な思考のできるすばらしい友人であり、研究者でした。翻訳者、通訳者としても何度も仕事をいっしょにさせていただいています。
これとは別に、夫婦でオーストラリアをごいっしょに旅行させていただいたこともあります。メルボルンでディナートラム、ペンギンのパレードなどを楽しみました。また去年の夏は、パースに2泊3日だけでしたがお邪魔することができて、寺沢先生ご夫妻とシャンティちゃんのお散歩をいっしょにさせていただいたのが、何よりの思い出として残っています。
インド洋をみたいといった私のために、車を運転して雄大な夕日の沈むところをみせたいと連れて行ってくださったのでした。
さらに、米原万里さんの本「魔女の一ダース」に出てくる幻の銘菓、ハルヴァを近所の輸入食料品店でみつけたからといって、わざわざ航空便で二度も私にお菓子を贈ってくださったのでした。わざわざ、「魔女の一ダース」でこのお菓子についてふれている部分のコピーまで同封して。
と、とてもとりとめのない話になってしまいましたが、今までお伝えしていたいくつかのエピソードでお分かりいただけたでしょうか、久美子さんはきわめて有能なキャリアウーマンでありながら、実に細やかな心配りのできる人でした。
久美子さんがパースにおいでになると決断したとき、仕事はしない、先生といっしょに生活をするのが自分にとって大事なことなのだという決断をされたとき、正直に申し上げてこれだけの通訳者、翻訳者としての力量をお持ちなのに、もったいないという気持ちがありました。ですが、パースに伺ってみていかにお二人でお幸せに暮らしておいでになるかを目の当たりにして、きっとこれこそが久美子さんが望んでいらした生活なのだと一目でわかりました。
大事な人のためにお料理をして、生活を整えて、穏やかにいっしょに一日、一日を大切に生きる。久美子さんは最後まで濃密に、毎日を大事にしながら幸せにお暮らしになったのだと思います。
先生といっしょにシェルターから引き取って飼いはじめた犬のシャンティが乳がんであることがわかったときのほうが、自分がすい臓ガンでしかもそれが腸に転移していて長くない、とわかったときよりもショックだったと言うほど、恵まれない犬のためにも心をくだき、署名活動もしておられた久美子さん。
その署名活動に夫や大学の同僚ともども、協力することができたのがせめてもの私の心の慰めとなっています。
このような、愛情深い素晴らしい女性であった久美子さんとこの世の中でめぐり合うことができた幸運を感謝しつつ、私の拙い文章を終えたいと思います。
どうか安らかに眠ってください。