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2009年06月 アーカイブ

2009年06月02日

ABCナイトライン

今日の話題は三つ。どの順番でくるかわからなかったものの、トップ二つは予想
通り、ブラジルでのエールフランス機行方不明のニュース、それにGM破綻。も
う一つは、北朝鮮と中国の国境で北朝鮮に拘束された中国系アメリカ人女性記者
の姉が、すでに拘束されて3ヶ月になり6月4日に裁判が予定されているのを前に
妹への思いを語ったインタビュー。いずれも見ごたえがある内容でした。

しかし、訳出しようとするとそれぞれに難しさがあります。
私は今日はくじで1番をひいたので、一番最初にでてきたエールフランス機行方
不明のニュースのリポーターを訳しましたが、今日はまさに数の処理にみな、苦
心しました。

ブラジルのリオ発で行方不明になったエールフランス機は便名がfour four
seven

有名なジェームズ・ボンドのコード、007

double o seven

ならぬ

double four seven 447

なのですが、これを何というか。

英語にひきずられてずっと読み合わせのときまで、「ヨン、ヨン、ナナ」だと信
じていた私。

NHKニュースでは「四百四十七便」とされていると聞いて、今さらながら気付
きました。

そういえば、映画にもなった有名なユナイテッド93便も「キュウ、サン」ではな
く「九十三」便でした。

便名は日本語では、ひとつひとつ、数字を区切らずに読むのですね。

また、7を「シチ」にするか「ナナ」にするか。

一と紛らわしいときは「ナナ」としたほうが良い、といわれていますが、次のよ
うな文章はどう読みますか。

今日私が作ったリポーター部分訳出原稿の冒頭です。

*********

5月31日午後7時3分、エールフランス447便がリオデジャネイロを出発し、1日朝
到着予定でパリに向かいます。

(ちなみにこれは、overnight flight to Paris を上記のように訳しています)

乗員12人、乗客126人、子ども7人と乳児一人も含まれます。

*********

最初は午後「シチジ」ですよね、、、「ついたち」はよいとして、次、

子ども「シチニン」と乳児「ヒトリ」でしょうか。

他もレポートの性質上、数字だらけです。

続きです。

*********

ブラジル人58人、フランス人61人、少なくとも2人アメリカ人が乗っていました。
現地時間、10時33分、エールフランス機からブラジルの管制塔に連絡が入ります
が、これを最後に連絡が途絶えます。

(ちなみに、contacted for the last time の訳出です)

********

今日は夢にひつじを数えるのではなくて、便名やら到着予定時間やら、人数やら
が出てしまうのでは?と同僚通訳者と冗談をいいあったくらい、数字だらけでし
た。こういう場合、数字をどういうのか、やってみるとこれがけっこうたいへん
で考えすぎると、何も口から出てこなくなりそうでした。

訳出で気を使ったところ、上記のほかにも3箇所あげます。

1.
記者会見の模様のところ。臨場感をどう出すか、また整理できるところは整理し
てすっきりとしようと工夫しました。

In Rio, family members are gathering and an Airline official tells the
gathering press 'Air France regrets to say we have no news on flight 447'.


リオでも空港に家族がつめかけます。エールフランスの担当者は、集まった報道
陣を前に、残念ながら447便の情報は何もないと伝えます。

2.

原因についてとりざたされていますが、regularly 定期的に、ではいかにも変な
感じがするのをなんと言うか。またやはり情報をスッキリ整理を心がけました。

Apparently, aircrafts are regularly struck by lightning but only very
rarely with catastrophic results- but it happened in August 2006 in
Uklaine- 117 people were killed.

航空機は時折、落雷に見舞われることがありますが、大きな事故につながること
は滅多にありません。

これを次のように変えました。

航空機は落雷にみまわれることがありますが、滅多に大きな事故につながりませ
ん。


後半は、こうしました。

しかし、2006年8月にウクライナで170人が死亡する大惨事となりました。

3.

サルコジ大統領が空港で搭乗者家族に語った言葉。原語はフランス語でそのうえ
に英語への通訳がかぶっていたものからの通訳。これもあとで読み直して書き換
えました。

He brings no confort. 'I told them the truth that is the chance of
finding survivors is extremely slim.'


なぐさめの言葉ではありません。


「本当のことを告げました。生存者を発見する確率はきわめて低い」と大統領で
す。

「本当のことをいいました。生存者がみつかる可能性はきわめて低い」と大統領
です。

と訂正しました。

あとでこの部分、夕刊紙の見出しでは「望み薄」としていたところが多かったで
す。新聞だとこのように簡潔になりますね。

このように時差通訳だと原稿を書き出す時間があるので、じっくりと読み直して
推敲することができます。ちなみに、ほとんどの場合(かなり時間がせまってい
るものでも)時差通訳の場合は私は全部原稿を書いています。

そうそう、私が担当したのではないGM破綻のニュースのところ、今日のレポー
トはだいぶ前からこの日の来るのを予想して、練りに練っていたのではないか、
とあとで同僚やデスクと言っていたくらい、よくできた、よく考えられたリポー
トでした。

GM  General Motors

と画面に大写しででたあと、いずれも G と M で始まる単語を使ってこう
いうような表示がときおり画面に出ます。

Grow Mighty

強く大きく

Government Money

政府資金援助

Gone Missing

姿がみえない


Gotta Make
(it)

ここで再生せねば


といったところですが、これ、本来ならG とM の面白さを活かしたいところ。
ゼネラルモーターズ、ですから、「ゼ」と「モ」でどうにか、出来ないかと放送
が終わった後、同僚通訳者とデスクと色々知恵を出し合いました。

全部儲かる

全額援助

絶対絶命

絶対に再生

うーん、「も」で二番目を出すのが本当に難しい。

それにこんなことをしたら、意味が通じない。
ここは意味を伝えることをやっぱり第一に考えるべきでしょう。

自分のやった最初のリポートもさることながら、それ以上に他の部分からも今日
は多くのことを学びました。

いつもながらですが、同僚のすばらしい訳出に感激した一日でもありました。

2009年06月03日

ソトマイヨール発言の波紋

5月28日のこの日誌で、ソトマイヨール判事の発言が波紋を読んでいるというニュー
スを紹介、そのサウンドバイトがとても訳しにくいということを書いたばかりで
すが、今日、6月3日付けの朝日新聞にまさにこの発言が出ていました。

「中南米女性、経験ない白人男性より良い」

となっています。

やはりそうですね。

核心となる、問題部分はまさにここにあります。

このように情報にフォーカスできるか。
大事なところが大事なように伝える通訳とはまさにそういうものだと思います。

2009年06月04日

オバマ大統領スピーチと本のご紹介

今も次々「進化」しているオバマ大統領のスピーチ、通訳者としてオバマ大統領の演説を通訳できるのは大きな喜びであるとともに大きなチャレンジでもあります。よく考え抜かれた演説は特別に難しい単語が使ってあるわけでもなければ、話し方が速いわけでもありません。しかし、感動を呼ぶもとの英語のスピーチの表現をどう日本語で伝えることができるのか。いつものことながら、単語をそのまま置き換えても、肝心のメッセージが伝わりはしません。

今日はNHK衛星放送の「きょうの世界」でほんの一部のハイライト部分でしたが、時差放送通訳を担当しました。たまたま、別のABCナイトラインの仕事でNHKに入っていて、ナイトラインでもエジプト、カイロでの演説は「新たな始まり」と題するイスラム社会への呼びかけとなる重大な演説で、最後の最後まで大統領本人が手をいれていること、演説は生中継で世界にホワイトハウスのサイトから13の言語の翻訳が配信されると伝えていました。

こういう大きな原稿の場合、事前にマスコミに演説草稿が入ってきます。今日も入ってきていました。演説が始まったのが日本時間の午後7時少し過ぎ、50分予定と言うことでしたが、ちょっと延びて一時間近い演説でした。

10時15分からはじまる番組ですから、準備の時間は十分にありました。番組で今日使える部分は2分半程度ということでしたので、まずどこを使うかの選定から始まりました。個人的には、オバマ大統領が自分のパーソナルストーリーを述べている部分、「私はキリスト教徒だ」といいながらも「父親は何世代にもわたりイスラム教徒を含むケニアの家系だ」と言ったところが強く印象に残りました。

Now part of this conviction is rooted in my own experience. I'm a Christian, but my father came from a Kenyan family that includes generations of Muslims. As a boy, I spent several years in Indonesia and heard the call of the azaan at the break of dawn and at the fall of dusk. As a young man, I worked in Chicago communities where many found dignity and peace in their Muslim faith.

また、このあとでこうも述べているところも巧みだと思いました。

Now, much has been made of the fact that an African American with the name Barack Hussein Obama could be elected President. (Applause.) But my personal story is not so unique. The dream of opportunity for all people has not come true for everyone in America, but its promise exists for all who come to our shores -- and that includes nearly 7 million American Muslims in our country today who, by the way, enjoy incomes and educational levels that are higher than the American average. (Applause.)

「バラック・フセイン・オバマというアフリカ系アメリカ人が大統領に当選できた事実は多くを物語る」

しかも、他にもそういうふうにイスラムとの絆をもつアメリカ人は多くいるということを伝えて、イスラム社会は実はアメリカの内にもすでに浸透しているといいたかったのだと思います。

このようにパーソナルストーリーを語りながらその経験をアメリカのほかの人にも広げていく、説得力を持たせるという手法は健在です。

ここで一つお知らせです。

このように、通訳者冥利に尽きますがオバマ大統領の重要な演説のほとんどを放送通訳者として通訳する機会に恵まれている私、とても僭越ながらオバマ大統領のスピーチについての本を出しました。


こちらのサイトでご覧下さい。

オバマ大統領のスピーチの魅力をさらに深く味わってみたいという方、是非お読みいただければ幸いです。

2009年06月08日

同時通訳の授業

今日の授業を受けた学生は何で急に先生のコメントが厳しくなったのか、とあるいは思ったかもしれません。でも、もしそう思った人がいたとしたらそれは自分が上達しているからと思ってもらえるとよいと思います。

見込みがあると思うからこそきついことも言います。
そういえば、ずっと若い同僚の先生はコメントを聞くときに「辛口がいいですか、励ましがいいですか」と選択を与えていました。でも聞かれると面白いもので、大抵の学生は「辛口」と答えているようでした。

今日は学生の作ったスピーチを演習してもらいましたが、やはりまだまだ元の英語にひきずられてしまうのです。

こういうときは、近藤正臣先生の言っていたことを思い出します。

「あくまで自分が話しているという気持ちで通訳をすることです。ただし、内容は誰かが耳元でささやいているという感覚で話すように。」

そうなんですね、この言葉はいつも実感しています。

自分が話している感覚で話をしないと、話し方がいかにも「一生懸命訳しています」という不自然な話し方になってしまいます。

これが究極の極意ではないかと思いますが、高度専門職業人といわれるスキルを習得する専門職の育成においては、やはり実践あるのみだとも思います。

何回このように口頭で説明されたところで、本人が見にしみて感じ取れるようにならないと実感はできないですし、いくら注意をしたところですっと上を通り過ぎていってしまうだけのようです。

どんなコメントをするのか。それはなんと言っても学生の到達度合いをみながら決めねばなりません。それをどうやって決めていくのか。そこに指導力が問われています。日々そう痛感しています。

2009年06月11日

CBSイブニングニュース

今さらですが、最近CBSイブニングニュースは、TBS系のBSチャネルでみられることがわかりました。ケーブルテレビのニュースバードに入っていなくてもみられるのです。CBSイブニングニュースは、まさにぶっつけの同時通訳ですがプライムタイムのニュース番組として、レポートがなかなか気の利いた表現が多く、通訳者にとってとてもチャレンジングです。

現場にはいわゆるランダウンといわれるニュースの項目表はきますが、詳しい内容が手に入っているのではないですし、ブレーキングニュースが入ったときなど特に数字や固有名詞はこれで本当にあっているのか?と、正直なところひやひやしながら放送通訳しています。

今日のトップ項目は、ホロコースト記念博物館に男が押し入り銃を発砲し、guard が一人亡くなったというニュース。容疑者の名前はとりあえずカタカナで聞こえたままに訳出し、年齢は88歳、と聞こえたので、「そんなあり得ない!」と一瞬思ったのですがそのまま、思い切って間違ったら自分の責任と思いつつ訳出したのですがあっていて本当によかった。自分の耳を信じてよかった、と思いました。その後もう一度年齢がでてきてやっぱり88歳と聞こえたので、間違っていなくて本当によかった、と胸をなでおろしました。いつもこううまく行くとは限りませんが、、、

この項目の最後で意外だったのが、ホロコースト記念博物館で事件のあった日の晩に「アンネとエミット」という劇が上演されるはずであったという話題。アンネは例のアンネの日記のアンネ・フランクというのはすぐわかり、もう一人のエミットは黒人少年、劇はこの二人の架空の会話を扱ったものと言うところまではとれたのですが、とっさには「エミット」がどういう背景の人だったのか、思い浮かびませんでした。あとで調べてようやく合点がいきました。エミット・テル、この少年のことは何度も今までも公民権運動の話題がでるたびにとりあげていますが、白人女性に向かって口笛を吹いた、というだけの理由で殺された少年です。
アメリカのニュースを訳している場合には、アメリカ人ならすぐにわかる(おそらくアンネの日記のアンネ以上によく知っている)名前は即座に思い出さねばならないのだと自戒しました。

今日のニュース項目でこんなものでニュースになると意外だったのがこれ。

私が見る限り他のテレビニュースや新聞でも話題としてみつけられなかったので、
もしかしたらこれはCBSの独占だったのかもしれません。

学生のモチベーションを高めるために、4年生と7年生(放送ではとっさだったので7年生といいましたが、中学1年生と言うべきでしょう)のときの学力検査で、いい点をとった学生には報奨金として現金を渡すというのです。

4年生の生徒は一回あたり25ドル、年間上限が250ドル
7年生の生徒は一回あたり50ドル、年間上限が500ドル

こういう風にあまりに「現金」なことをするのが果たして効果があるのか。
現場の教育者のインタビューがでてきたのですが、「効果がある」というのです。

反対派の意見も紹介されていましたが、「いずれにせよ、人生で自分の成し遂げたいことのためには努力が必要と言うことを早いうちに理解させる」ということだそうですが、現金をもらうことで味をしめてしまうと、もらえないときに努力ができなくなるのでは、どっちにしたって(お金がもらえなくても)こういう習慣は身に着けなくてはならないのに、ということでした。

そのあとのキャスターのコメントはこうなっていました。

Habits that educators hope will last a lifetime.

さて、これを同時通訳をよく聞かれるのですが、放送通訳の尺にあうようにどうやって納めたらいいのか、をちょっとやってみましょう。

訳例1

この習慣が生涯にわたり定着するのが望まれます。

訳例2
(もう少し、尺の時間的余裕がありそうだったら)

この習慣が生涯にわたり定着するのが望ましいと、教育者はしています。

「教育者はしています」というのはなくても、わかりますね。

と、このように時間の余裕があったら「足し算」方式で情報をいれていく、「入るようなら入れる」「余裕がなければ落としていいところは落とす」というスタンスでやっていけば、うまく聞きやすい通訳ができるのでは、と思いました。

スピーチで一分間スピーチを指導するときにやっているのと同じ手法です。
まず、一番言いたいことを先に言ってから時間的にあまりそうだったら追加していくという「加算方式」。それを通訳に応用するのです。

しかし、こう学生にいうとどういう反応が返ってくるのか想像がつきます。

「先生、そんなの無理です、、何が大事な情報なのかと判断するのに相当のリソースを使うので、そんなことしたら聞こえなくなってしまいます」

あるいは、

「何が重要なのかを考えているだけで黙り込んでしまいます」

という反応がありそう。

うーん。

これに対する答えは、サイトトランスレーションのときもそうなのですが、これから情報がどう展開するのかと言う着地点を探りながら、つまりよくいうことですが「できれば2文先くらいをみるくらいのつもりで」みながら訳出していけば、
予測をして前にすすむ力によって今立っている地点の足元がふらつかないですみます。といっても、これもやっぱり自分で「こんな感じ」という感覚がつかめないと難しいのですね。

2009年06月18日

CNNj at JCTV

ニュースにとりあげられる話題は、自分が得意なことばかりではない。映画やエンタテイメント系はからっきし、だめでも、ニュースにでてくることは意外に多い。さらに語呂合わせなどが入っているともうどうしたらいいか、と考えねばならないことが満載。

play on words つまり言葉あそび、これこそ、通訳のときにいちばん扱いがやっかいです。たとえば、「ボラット」という映画で大当たりした俳優サシャ・バロン・コーエンの新作「ブルーノ」についての紹介の文句です。前作では毛深かったのにロンドンにこの映画の紹介のときに現れた彼は、バッキンガム宮殿の交替式で有名な近衛兵の制服をアレンジしたセクシーな衣装で登場。

Bearskins and barefaced cheek? But has Bruno gone too far?
熊の毛皮の帽子にツルツルに剃った頬、「ブルーノ」は、やりすぎ?

近衛兵が被る帽子は動物愛護団体の反対にもかかわらず本物の熊の毛皮で出来ており、ひとつ十数万円以上もする高価なものだとか。

bear とbare の発音は同じく「ベアー」しかもBruno と同じくb で始まる単語を選んでいるので頭韻を踏んでいますが、これを同じ効果が出るように日本語で再現するのは至難の技です。

結局、ただそのまま意味を伝えることしか、できず。

今日の映画関連の話題で意外、かつ面白かったのがこれ。

ハリウッドにひっかけて、映画製作が盛んなインドのボンベイ(いまはムンバイという名前に変わっていますが)のことをボリウッド、といいますが、さてナリウッドとはどこでしょう?

実はこれナイジェリアのことなんだそうです。

アフリカの大国ナイジェリアは映画大国でもあるのですね。
オンラインで検索してみたらちゃんとナイジェリアの映画産業のことをいう、と出ています。それにしても、こういう言い方ができるというのはいかに映画の都としてのハリウッドが偉大であるか、のあらわれでしょう。

今日のニュースでとても納得のものもありました。

Do you think your city is the best place to live in the world? Let's
see if "Monocle" magazine agrees.

The latest issue ranks which cities are tops for quality of life.

This year's number one is Zurich.
Highly rated for its housing, public transport, airport, cinemas, lake
and diverse population.

ということで、モノクル誌で、チューリッヒが世界でいちばん住みやすい町に選ばれたというニュース。

ちなみに2位以下はこうなっていました。

In a tight race last year's top city Copenhagen dropped to second.

僅差で去年のコペンハーゲンは今年、2位に落ちました。

Tokyo, called the "world's most liveable megalopolis" finished third.

東京は世界で最も住みやすい大都市、といわれていますが、3位に入っています。

人口が多すぎるの、ラッシュアワーがすさまじいのと悪口をいわれますが、私はやっぱり東京が好きなのでこの結果、素直に嬉しかったです。

Followed by Munich, which finished in the top spot in 2007.

あとにミュンヘン、2007年に一位だった街、

And Helsinki rounds out the top five.

それにヘルシンキ、以上がトップファイブでした。


と、この5都市は全部行ったことがありますが、いずれも納得でした。

ついでに、25位まで気になったのでみたところ、ヨーロッパとオーストラリア、それ以外ではカナダのバンクーバーと日本の京都と福岡がはいったのですが、他もほとんど行ったことがあるところばかり。やっぱりヨーロッパ中心であることと、何とアメリカの町はひとつもはいっていないのが印象的でした。犯罪率の問題があるようです。

あともう一つ、今日とても意外だった話題があったのでそれもご紹介しましょう。
トーク番組、ラリー・キング・ライブでのこと。

今までまるで批判らしきものがなかったオバマ大統領ですが、ここにきてコメディアンのビル・マーが次のような批判をHBOの自分の番組でこう述べました。

Sorry, folks, but this president is not fighting for real health care
reform. It's nibbling that leaves insurance companies still running the show.

And the banks. The banks that brought us to financial ruin and then got bailout money are laughing at us about how easy it was to get back to business as usual. This is not getting the job done and this is not what I voted for. This is why I don't want my president to be a TV star.

テレビでスターになるために大統領に選んだのではない、ほんものの改革をしてくれるはずだったのに、という思いがにじみ出ている感じがします。

確かに、いま難題の医療保険改革にかかっていますが、医薬品企業の力が強いところはなかなか、切り崩せない。

それに金融危機のもとを作った銀行を公的資金で救済しすぐに許してしまっている、という批判も当然のようにも思えます。

確かに、やれ子犬を飼った、やれホワイトハウスの菜園で野菜が取れた、と言っては大統領夫妻はテレビで大々的に取り上げられて国民的スターです。難しいものです。

英語でいうなら、he's got a lot on his plate

やることが山積している

という状態です。

あとやはりこの日のラリー・キング・ライブでの話題の中心はイラン情勢でした。

イランの現状を20年前の天安門事件となぞらえる向きもあります。ラリーに代わってこの日司会をしていたウルフ・ブリッツァーの言葉。

Or will it be the beginning of the end of this regime?

答えるのは民主党のストラテジストのジェームズ・カービル。

I think that this is. I don't know if it's kind of Churchillian- he had
the beginning of the end, the end of the beginning or something like this.

終わりの始まり、はてまた始まりの部分の終わり、と言っていますが、
Churchillian
これは最初にこの言い回しを言ったのがチャーチルだったからで
すね。

「終わりの始まりか、いや始まりの部分の終わりなのか」というのは他でもときどき、みかける表現ですがここでも使われていました。

なお、イラン情勢についてはまだまだ目が離せませんが、ちょうど30年前のイスラム革命を思い起こし、体制が大きく変わる前触れと言う意見もありました。

2009年06月20日

上智大学学長杯

母校でのスピーチコンテストに審査員として招かれ、張り切って行って来ました。
フランス語学科の先輩にあたる学長はおいでにならなかったものの、母校でのスピーチコンテストひときわ感慨深いものでした。

コンテストがおこなわれた部屋も、教職のときに憲法などを履修した大部屋、また法学部だった長男が学生のときよく授業を受けていたに違いない3号館5階の階段教室でとても懐かしかったです。

人生で大事なことの大半は上智の学生のときに学んだ、と思っているのでなんとなくセンチメンタルになりました。

お部屋の演壇のうえの、また上智前の土手の紫陽花も綺麗で、日本は梅雨まっさかりであると実感しました。紫陽花をかたどったブローチが審査員、それに出場者全員に渡されたのですが、それが手作りであったことも嬉しかったです。

大学時代にスピーチの実力を鍛える機会をもつのは大変に貴重な経験だと思い、ぜひ出場者のみなさん、これからもがんばってくださいという気持ちでいっぱいです。

ここでちょっとしたアドバイスを書いておきましょう。

スピーチにおける留意点

1. 聴衆を確定すること 誰に向かって話しかけているのか
2. 話す内容を確定すること 中心的に伝えたいメッセージは何か
3. どの土俵で議論を展開するのかを確定すること 扱う範囲を決める

誰に向かってのメッセージなのかがはっきりしないと、訴え方に迫力がこもりません。次に、メッセージに何もかにもと盛り込みたくなる気持ちはわかりますが、シンプル・イズ・ベストであるのは忘れずに。

また自分がどういう範囲の中で議論を展開するのか、それをはっきりさせることを忘れないで。

さて、また来週も、再来週もスピーチコンテストのジャッジに行くことになっています。とても楽しみです。またこのブログでも書きましょう。

2009年06月23日

CBSイブニングニュース

トップの項目は予想通りイラン情勢。いつもできるだけ新聞を丹念に読んでから放送に備えますが、今日はよりによって読売新聞を読んでいなかったら読売新聞には出ていた、、、「ネッダ」、という名前の女性が改革派を支持する勢力のシンボル的な存在になったというニュース。

たとえば天安門事件のときに戦車の前に立ちはだかる白いシャツの男性、といった印象に深く残る一枚の写真、あるいは映像がありますが今日、道路に倒れこむ血を流している若い女性を携帯で撮った映像、これが全世界に流されて改革派のシンボルになっているというものでした。

あと、ここ数日すでにこのニュースは取り上げられていますが、トゥイッターなどのインタネットサイトを通じて改革派の運動が支えられているという点。オクラホマ州の小さな町のサーバーをプロクシ(代理)サーバーとして使って、政府の目をかいくぐって連絡をとる道具にしている、というニュース。

ここで言葉遊びが登場しました。
まるで、政府と改革派のcat and mouse game

ここは「いたちごっこ」と訳したのですが、、、

but this time, the mouse is a powerful weapon.

しかし今回は、マウスが強力な武器になっています。

こう訳出するしかありませんでしたが、それだったら先ほどの部分はキャットアンドマウスゲーム、すなわちいたちごっこ、と原語を残しておかなかったら言葉遊びであるのがあらわしようがない、、、しかし、同時では無理なこと。せっかく気付いてもこういうのはあきらめざるを得ません。

それに最後の話題も難問でした。

予告のところがこう。

Next we will meet Jonny Appleseed of the art world.

全世界的に自分の作品をときには無料で配布しているストリートアーチストの話題なのですが、それをアメリカ史で有名な人物、全米にリンゴの種をまいてまわったというジョニー・アップルシードとかけていますが、これも時間さえあったらこの背景情報をいれられるのに、同時ではやっぱり無理。

この人は全部を無償で与えているのではなく、作品は95ドルから3000ドルの間の値段がついているとか。

自分の絵を与えると人々の表情がふっとなごむ、それが生きがいになっているとか。最後のお別れの言葉がこれ。

So now, he is taking one painting at a time.

とこのアーチスト、絵を一枚ずつ与えることを続けています。

しかし、これでリストラにあった人々の表情に笑顔が戻るのであれば、、、

His paintings are truly priceless.

まさに絵には値段のつけようがありません。


こんな訳出でうまく伝わったでしょうか。
別に難しい言葉を使っているのではない。
でも、どうすればうまく伝わるのか。

通訳者はいつも、暇さえあればこんなことを考えています。

2009年06月27日

第4回学生通訳コンテスト

第4回学生通訳コンテスト、大学のホームページにも報告を載せますがおかげさまをもちまして、いままでの最高の人数の方にきていただき成功裏に終えることができました。

朝の予選のときから、準備をしてくださった通訳研究会のみなさんや手伝ってくださった学生のみなさん、本当にお疲れ様でした。

今年は、テーマが「就職活動」ということで身近なテーマだったからか、さらにレベルが高いものになったと思います。
大きなぬけがあったということもなく、どの出場者も一生懸命に誠実に通訳に臨んでいたのが特に印象に残りました。
こんなふうに、大きな舞台でほかの人たちが見守る中で臨むのは大変なことだったとおもいます。

スピーカーのマンキューソー先生、木村先生のお人柄のにじみでる、ご自分の経験に根ざした内容の深いお話を的確にとらえて訳出するのは誰にとってもたいへんなことだと思いますが、みな本当によくやっていたとおもいます。
新崎先生の異文化コミュニケーションと通訳に関するご講演も、伝えることの大切さをお話しくださり、感銘を受けました。

何ごとにもベストを尽くす、その大切さをあらためて感じました。

来年もとても楽しみです。

2009年06月28日

小川杯スピーチコンテスト

小川杯、今年も盛況のうちに終了しました。
今年は特に意欲的な試みとしてMake your wave now というスローガンをもうけ「Yes, we can」をスピーチの最後にいれるという特徴で趣向をこらしたものだったと思います。

いつも皆さんが一生懸命にがんばっている姿をみると、こちらも励みになります。
コメントのときに厳しい意見をいいましたが、1)自分がどういうオーディエンスに話しているのか、2)どの範囲の話をするのか、3)メッセージは何か、この3点を皆さんにあらためて考えていただくと、さらにすばらしいスピーチになるとおもいます。
また、Make your wave now というのが「いま、自分の波をおこそう」の直訳ではないか、をはじめ、スピーチのなかで使われた表現が日本語からの直訳があったというコメントもさせていただきましたが、みなさんの今後の課題にしてもらえたらよかったとおもいます。

今回は、あいにく体調がよくなくてもっとレセプションにおつきあいしたいところでしたが、先に帰らせていただきましたがレセプションのときにみなさんが熱心にスピーチについて討議をしている姿が」印象的でした。。

運営関係者の方、お疲れ様でした。本当にいい大会だったと思います。

2009年06月30日

日経CNBC ワールドワイドエクスチェンジ

放送通訳の仕事をしていると、特にゲストへのインタビュートークのときに、この引用は誰か有名人の発言だな、と思うことがでてきます。

今日もありました。

今後の株式相場は過熱に向かう可能性があるのか、という問いに対するゲストの答えの中にでてきました。

irrational exuberance

これ、定訳は「理由なき熱狂」ですね。
1996年12月にFRBのグリーンスパン議長が日本のバブル崩壊の例をひいて述べた言葉とされています。

確かに、市場の方向性としてこれは上昇するという傾向になるとどんどん、あおられて上がっていく、そういう様子をあらわしたものといえるでしょう。

他にも引用ではないものの、ちょっと面白い言い回しが登場しました。

ちょうどマドフ被告に禁固150年の刑期が言い渡されたことについて、なぜこんな投資にうつつを抜かすようなはめになったのか、という話題になったときのゲストの答え。

take the punch bowl away before the party is over

パーティが終わる前にアルコール入り飲み物はとりあげましょう

パンチ・ボウルというと、クリスタルガラス製のきらきら輝く大きなボウルにたっぷり赤ワインやフルーツのはいったパーティ用の飲み物が作られていて、それをレードルでパンチ・グラスにとりわけて、わいわいがやがやのおしゃべりと楽しむ、というイメージが強く、きらびやかなパーティの雰囲気のただよう言葉ですが、それをそのまま放送通訳で言っても通じないかもしれませんので、こんなふうにしたらどうでしょう。

これは言い回しとしてすでに使われているのか、わかりませんが、なかなかしゃれば言い方だと思いました。

何だか、食べ物や料理の関係した言い回しはいろいろ、あるようです。

overcook of this meal

料理の過熱しすぎ

と、料理に火を通しすぎると結局味を悪くする(投資の結果を悪くする?)という比ゆもでてきました。

そういえば、こんな表現もありましたね。

too many cooks spoil the broth

これがいわゆる、「船頭多くして船山に上る」ですね。

料理人が多すぎるとスープがだめになる、というのが直訳です。そういっても面白いかもしれません。

そんなことを考えながら毎日新聞を開いたら、一面のコラムにこんなことが出ていました。

「知らぬが仏」という言い方は英語では「無知は至福」と言う。

そう、これは?

ignorance is bliss

だったかな、と思って辞書を引いたら次のように出てきました。

Where ignorance is bliss, 'tis folly to be wise.

直訳すると

知らぬほうが幸せ。知って愚かでいるのは不幸である。


ということばの一部だったのですね。

うーん、何だか含蓄のある言葉です。
ただ、やっぱり訳出してしまうと元の英語の皮肉っぽい面白みが減ってしまうような気がします。それは通訳・翻訳の限界なのだろうか、と考えてしまいました。

もとの英語のときのss という韻を踏む音の小気味よさもないですし、リズム感も失われてしまいますし、ぱっと聞いたときにピンときませんね、、、

毎日新聞が使っていた「無知は至福」ではじめてみると、どんなふうにできるでしょう。

無知は至福、知識を役立てないのは愚か

このほうがまだましでしょうか。

それとも「知らぬが仏」と言ってしまうのが一番なのか。
うーん、むずかしい。

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