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ABCワールドニュース

今日のトップは通称A Rod といわれるアレックス・ロドリゲス選手の禁止薬物使用。しかし、このトップ部分はほかのテレビ局の権利映像で放送できないため、アメリカの景気対策法案など経済問題がトップになりました。

私は今日は3番だったため、生同時通訳のほうでは今週のシリーズであるというアフガニスタンでの状況のリポート、それと時差通訳のほうでは、環境にやさしいエネルギーを考える企業家のリポートでした。

それぞれ、訳出をどうしようかと考えさせられる表現がいくつもあったので、順にみていきましょう。

Where Things Stand: Afghanistan in Turmoil
というタイトル。
Martha Raddatz 記者のリポート。

>From the back alleys of Kandahar to the mountains of the Hindu Kush to the streets of Kabul,

で始まっていて、ABCの世論調査をこういうところでとった結果、アメリカに対する反発の気持ちが高まっている、と報じていますが、このように K

で始まる地名を重ねているところも工夫だとおもいますが、通訳ではなかなか、その音の面白さはでない。

「カンダハルの町の片隅からヒンドゥクシュ山のふもとまで、またカブールの街角でも、、、」
全部、カ行の地名ということだけでもわかればよしとするべきか。

Lailoma Karimi, 35, lives in a primitive but spotless home in Kabul with her husband and three children.

35歳のカリミさんは、カブールの粗末ながらも掃除のいきとどいた家に夫と子ども3人と暮らしています。

primitive but spotless

ここをどう訳出しようかと考えましたが、上記のような感じ?
粗末なつくりで決してぜいたくではないけど、こざっぱりと手入れが行き届いて快適、というイメージでしょうか。この言い方で、よく家事にせいをだすアフガンの女性の姿をあらわしたいのでしょう。掃除がまったく行き届いていない自宅のみならず研究室に棲息している私としては耳が痛い、、、

時差通訳でおこなった環境にやさしいエネルギーを使う企業家の話題。
いちばんのヒットは500ドルの太陽光を使った扇風機で、ハワイやカリブ海諸国で大ヒットというのですが、レポートの最初の出だしはこういう言葉でした。

In the grand white barn green with ideas...

white というのと、
green の対比ですが、グリーンで環境に優しいというアイディアをすでに出しています。

大きな白い納屋に、環境に優しいアイディアがいっぱいつまっています。

と、しました。

この企業家は、インディアナ州を訪れたオバマ大統領とじきじきに話をすることもできたそうですが、失業が深刻なインディアナ州でなるべく地元の供給業者を使おうとしているそうです。その模様を説明するなかでこういう言い方がありました。

For this region it can't happen soon enough.

soon enough というのは、失業で雇用を切実に必要としている地域にとっては、まさに待たれていたような急成長ビジネス、というニュアンスと解釈しました。

この地域にぜひ、必要な急成長ビジネスです。

the growh is at 45 degrees angle

成長グラフが45度の傾きを示す急成長です


というのですから、すごいです。

そして、最後にこの企業家がいったこの言葉。飛行機の窓に顔をおしつけて、自分の住むところを空から住むのが好きだというのですが、次のようにいっていて、あきらかに映画の題名からの引用です。

This is my Field of Dreams.

これが私のフィールドオブドリームズ、夢の舞台です。

あえて、映画の原題を残しました。

これは、
If you build it they will come

という夢のお告げを聞いて、とうもろこし畑のなかに野球場を建設した、という夢のような、しかし実話をもとにしたという有名な台詞のある映画からですね。

この台詞まではこのリポートに引用されていませんでしたが、おそらくそこまでも包括したつもりのリポートだったのだろう、と解釈しました。

人間は記憶のなかから関連する情報をよびさましながら、記憶との連鎖で聞いている言葉を理解している、とおもいます。そうなると、同じような記憶を共有していない視聴者の場合には、同じようなイメージを共起させるためには、どうやってその記憶も共有させることができるのか。しかし、通訳者が「このリポーターは記憶の共起をねらっているに違いない」という自分の解釈を視聴者におしつけていいものか。

このあたりがいつも迷うところです。

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2009年02月10日 04:45に投稿されたエントリーのページです。

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