東京外国語大学出版会のシリーズ 「物語の島 アジア」 第3弾はチベット現代文学だ。
タク・ブンジャ 『ハバ犬を育てる話』 海老原志穂・大川謙作・星泉・三浦順子訳(東京外国語大学出版会、2015)。
鋭い風刺、ユーモア、ほのかな叙情、とぼけた語り口... 完成度の高い短篇集だと思う。
可笑しいのは表題作の「ハバ犬を育てる話」。
ハバというのは小型の愛玩犬のことだが、このハバが、地位の高い人の靴を舐めてピカピカにしては取り入って出世する。媚びたり理屈をこねたり(そう、犬なのに人の言葉を話すのだ)、もうじつにしたたかで傲慢なのである。ハバが主人を乗り換えて語り手「私」の飼い犬になると、
「さらには私の洋服の汚れを舌で舐めてきれいにしたり、同僚の目の前で私の肩によじのぼって彼らを見下してみたりして、自分の存在を誇示してみせた」
「とにかく私の腰ぎんちゃくになってからというもの、ハバは他人に大言壮語を吐くようになり、それにともなって思い上がりも強くなっていった」(pp.22-23)
私たちのまわりにもいる自己顕示欲の強い権威主義的タイプである。タク・ブンジャのアイロニカルな筆致が痛快。
でも、私がいちばん気にいったのは、「一日のまぼろし」という叙情的な小品だ。夜が明ける頃起き出した幼いヤンブムが、日の暮れる頃には孫のいる老人になっている。人の一生が一日に凝縮され、途切れなく語られている。随所に羊の鳴き声「メェー」が挿入されているのは、羊が鳴くと時間が早回しのように過ぎるということだろうか。最初はそれにも気づかないうちにヤンブムが大きくなっていく。
その「仕掛け」が見事であった。