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恭賀新年 『自分がヒツジ』

あけましておめでとうございます。
2015年が穏やかな良き年になりますように。

ヒツジ年にちなんでヒツジに関するロシア語の成句を探していたら、アンドレイ・マカレーヴィチが 『自分がヒツジ』 というタイトルの本を書いていることに気づいた。
マカレーヴィチは今、渦中の人だ。言わずと知れたミュージシャン(「タイムマシン」という人気ロックグループのリーダー)で、作詞・作曲はもちろんのこと、詩も書けば絵も描き、グルメとしてテレビの料理番組『味覚』の司会もするロシアの超有名人である。



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『自分がヒツジ』 は最初 2002年にザハロフ社から出版されたが、この表紙は2010年にエクスモ社から出た新装版。

タイトルは、"Молодец против овец, а против молодца сам овца." つまり「ヒツジと相対しているときは立派な(いばった)人なのに、立派な人と相対すると自分がヒツジになってしまう」という意味の俚諺から来ている。
自戒を込めてこうはなりたくないものだと思うが、それはさておき、マカレーヴィチはこの本でそうした「内弁慶」的な性格について云々しているわけではない。
幼い頃、父が彼を膝に載せて「ヒツジといると立派なのに、立派な人といると?」と問いかけるので、意味もわからないまま「自分がヒツジ!」と答えたら、大人たちにとても受けたという。
たわいなく、他の人には大した意味はないけれど、当人にとってはかけがえのない思い出。その象徴としてこの自伝的回想記の冒頭に挙げられているのがこのエピソードなのである。

先にマカレーヴィチは「渦中の人」だと書いた。
近年、当局との軋轢を深めてきたマカレーヴィチは、プッシイライオットを擁護する署名をしたり、モスクワ市長選でアレクセイ・ナヴァーリヌィを支持したりしていたが、2014年2月に始まったウクライナ騒乱に関連して、9月ロシア軍がウクライナ領に侵攻することに反対する平和行進に参加した。この頃から次第に猛烈な人身攻撃や謂れなき糾弾(ほぼヘイトスピーチ)を受けるようになり、ウクライナでコンサートをしたからという理由でその後のコンサートをキャンセルされるようになる。ロシア社会は狭隘な民族主義的傾向を急速に強めているのだ。議会では「人民功労芸術家」の称号をマカレーヴィチから剥奪すべきだとの提案まで出されている。「ファシストに手を貸す裏切り者」だからだという。まるで非国民扱いである。残念ながら、危険なナショナリズムがロシアを席巻していると言わざるを得ない。
マカレーヴィチはそうした勢力に果敢に立ち向かっている良心的知識人のひとりだ。

彼はもう 「ヒツジといると立派なのに、立派な人(権力者)といると?」と問われても「自分がヒツジ!」などと答えたりするまい、と心を決めているかのようだ。
2014年9月にマカレーヴィチは新しい曲を作った。
題して「僕の国は狂ってしまった」。

「生まれる国は選べない。
この糸を断ち切ることは絶対できない。
僕の国は戦争に行き
僕は止められなかった。

ある者には権力と飴
ある者には赤貧と牢獄。
でも僕はこの痛みに打ち勝てない。
僕の国は狂ってしまい
僕はどうすることもできない。

何をすればいい、どうすればいいんだ
すべてがひっくり返るとしたら。
光輪も翼も広げる必要はない
ただクソにだけはなってはいけない。

ひとつだけはっきりしている
それは選ぶときが来たということ。
でもクソにはならないって決めたんだから
生きるのも楽なら死ぬのも楽。
生きるのも楽なら死ぬのも楽。
生きるのも、死なないのも」

私は、息をひそめるようにしてマカレーヴィチの動向を見守っている。

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2015年1月 1日 21:45に投稿されたエントリーのページです。

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