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2014年9月 アーカイブ

2014年9月 2日

「赤い狂気」の系譜

ロシアの作家たちと漱石の関係を調べていたら、20世紀初頭に、ロシアの「不安」がほとんどストレートに日本に伝わってきたことが感じられた。
二葉亭四迷が、レオニード・アンドレーエフの 『赤い笑い』(1904)を 『血笑記』(1908) と題して訳しており、漱石はこれを読んでいる。



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 リプリント版

漱石は 『それから』(1909) で、主人公の代助に 「露西亜文学に出て来る不安」 を感じさせ、その不安を 「赤」 のモチーフで見事に描写している。漱石が同時代のロシア文学とりわけアンドレーエフの 「影響」を受けていたことはほぼ間違いない。このことはすでにいろいろな先行研究で指摘されている。

今回私の小さな発見は、漱石とは何の関係もないのだが、19世紀後半から20世紀前半にかけてのロシア文学には 「赤い狂気」の系譜があるのではないかということ。

 ガルシン 『赤い花』(1883)
 アンドレーエフ 『赤い笑い』(1904)
 ブルガーコフ 『赤い冠』(1922)

このように、これら3つの短篇、いずれもタイトルに「赤い」という形容詞がついており、いずれも狂気をテーマにしている。ほぼ20年ずつの間隔を空けて3人の作家が赤い狂気を描いているのである。
ガルシンの 『赤い花』 では、精神を病む患者が精神病院の庭に咲いている赤いケシの花を世界悪の象徴だと考え、なんとか引っこ抜こうとする。
アンドレーエフの 『赤い笑い』 では、日露戦争で人々が殺し合い発狂し、やがて累々たる死体の上に赤い笑いが漂う。
ブルガーコフの 『赤い冠―病の記録』 では、革命後の内戦で弟を救うことのできなかった主人公が発狂し、赤い冠をかぶった弟を幻視する。
もっとも、それぞれの「赤」が象徴するところは必ずしも同じではないだろう。アンドレーエフやブルガーコフの赤は血を思わせるし、さらにブルガーコフの場合は「赤軍」の意も含んでいるはずだ。

こうなると、チェーホフの 『6号室』(1892) で赤のモチーフが用いられていたかどうかが気になる。調べてみなくては。

2014年9月 5日

快挙!  『ブルガーコフ戯曲集』

東洋書店より 「日露演劇会議叢書」 として 『ブルガーコフ戯曲集』 (全2巻)が2冊同時に刊行された。
『巨匠とマルガリータ』 で有名なミハイル・ブルガーコフの戯曲4編の翻訳集だ。しかも訳者3人はいずれもブルガーコフ研究をしている若手研究者で、各作品に詳しい「解題」が付されている。
詩や戯曲は小説に比べてなかなか翻訳が出せないという出版事情のなか、これは快挙と言うしかない。



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第1巻
『ゾーヤ・ペーリツのアパート』 秋月準也訳
『赤紫の島』 大森雅子訳



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第2巻
『アダムとイヴ』 大森雅子訳
『至福 レイン技師の夢』 佐藤貴之訳

監訳者の村田真一さんによると、「翻訳にあたっては、日本の現役の俳優さんたちの力を借り、熱心に読みあわせを行いながら、上演台本に近い訳文を心がけた」という。戯曲翻訳にとって何よりも難しくしかし大事なところである。これから味わうのが楽しみである。
なお、近く 『週刊 読書人』 に書評を寄せる予定。


2014年9月15日

日本比較文学会第52回東京大会

2014年10月11日(土)午後、二松學舍大学九段キャンパス3号館において、日本比較文学会 第52回 東京大会が開催される。



15:00からは、3号館 3021教室においてシンポジウム 「第一次世界大戦と日本モダニティの変容」 がおこなわれる。
「第1次大戦後のヨーロッパ文学・芸術を日本はどのように受容したか」を課題に、「戦後」意識が希薄だった昭和日本が西欧の文学や芸術運動を取り入れた過程を、ドイツ表現主義、アメリカニズム、モダニズムとマルキシズムの相関などに絞って再考する。
パネリストの一人は本学の西岡あかね先生(ドイツ文学・文化)だ!

2014年9月22日

モスクワで平和行進

9月21日(日) 国際平和デーのこの日、モスクワのプーシキン広場からサハロフ大通りまで平和行進が行われた。
ウクライナにおけるロシアの軍事行動を非難し、反戦を呼びかけるもの。参加者の数は、警察側の発表で5000人、主催者側の発表では10万人、平和行進に参加した「ドーシチ」テレビ局レポーターの感触では1万~3万人ほどではないかという。



私はインターネットで中継を見ていた。ときどき「戦争反対!」「プーチンなきロシアを」などとシュプレヒコールを繰り返しながら歩く人、ただ黙々と歩いている人、思い思いのプラカードや旗を掲げている人、ウクライナの民族衣裳を着ている人などの姿があり、混乱や大きな衝突などはなく平和裏に終了したようだ。

プラカードに書かれていた言葉を拾ってみる。
「ウクライナから手を引け!」(上の写真の横断幕)
「ロシア人はウクライナ人との戦争に反対している」
「ウクライナとの戦争はロシアの恥だ」
「ロシアに自由を、ウクライナに平和を、プーチンに恥を」
「プーチン、嘘と戦争はもうこりごりだ!」

主要マスコミがほぼ当局に牛耳られているなか、しかも現政権を支持している人が80%以上もいるという統計を信じるなら、これだけの規模の行進が行われたこと自体が驚きと言っていいかもしれない。
主催者の Facebook によると、「デモ参加者は、ロシア当局の無責任な侵略政策のせいでウクライナに戦争がもたらされただけでなく何千人というウクライナ人・ロシア人の命が犠牲になったことを批判する」という。

自らも参加するというウリツカヤは、行進に行く前にこう話していた。
「私が平和行進に行くのは勇気があるからでも強いからでもありません。弱くて臆病だからです。私たちの子供たちのことを心配しているからです。もし私たちがこの醜態を止めなければ、多くの子供たちが戦火に見舞われる、とりわけ若い男性が犠牲になる、それが残念でたまらないからです」
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http://uainfo.org/blognews/395935-21-sentyabrya-poydu-na-marsh-mira-ne-potomu-chto-ya-takaya-muzhestvennaya-i-silnaya-ulickaya-video.html

2014年9月24日

朝日新聞記事 「ロシア文化人 勇気の異論」 ロシア語に訳される

2014年9月23日(火) 『朝日新聞』 朝刊に、沼野充義が 「ロシア文化人 勇気の異論」 という記事を寄稿したところ、すぐにロシア語に訳され、ネットに出ている。
記事は、ロシアで今広まっている「異論派」に対する攻撃について報告したものである。すなわち、ロシアの勇気ある少数の文化人が、ロシア当局の対ウクライナ強硬政策に反対する発言をすると、その人たちに卑劣でおぞましい中傷が浴びせられるという、ロシア社会の憂慮すべき現状についてである。

ロックグループ「タイムマシーン」(マシーナ・ヴレーメニ)のリーダーでロシアでは知らない人はいないと思われるアンドレイ・マカレ―ヴィチは、東部ウクライナの町スヴャトゴルスクで難民の子供たちのためのチャリティコンサートを行ったら、「利敵行為」だとして非難されてしまった。少しでもウクライナに味方するような言動を行うと、戦前・戦中の日本さながら「非国民」扱いされるのだ。
異論を許さない、非常に強い愛国的な雰囲気がどんどん強まっている。


沼野充義は 「新たな『異端派』に熱い連帯の挨拶を送る」 として、マカレ―ヴィチ、アクーニン、ウリツカヤに精神的支援を送っている。
私も同様の連帯を表明する。

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