近藤昌夫 『ペテルブルク・ロシア 文学都市の神話学』(未知谷、2014年) がたいへん面白かった。
幻想都市と言われるペテルブルク。その都市伝説の表象を、プーシキン、ゴーゴリ、ドストエフスキー、ベールイ...と順に追い、道化・人形・ルサールカといったキーコンセプトを用いて縦横に論じている。その手並みが鮮やかでじつに心地よかった。
例えば、ゴーゴリ 『ネフスキー大通り』 で登場人物2人の物語が交わることなく語られるのは、ヴェルテープの構造をなぞったものであるという。ヴェルテープとは上下2段に仕切られた箱人形劇で、上で宗教劇、下で世俗劇が演じられるので、たしかにペテルブルクの聖と俗の二面性を象徴的にあらわしていると言えるだろう。
また 「『貧しき人々』から『カラマーゾフ兄弟』にいたるまで、ドストエフスキーの文学は人形芝居の手法に大きな影響を受けている」(p.174-175)として 『分身』のゴリャートキンも道化芝居を反復していると指摘。あるいはドストエフスキー 『虐げられら人たち』 のネリーや 『罪と罰』 のソーニャは、ロシアの民話によく出てくるルサールカ(水の精)そのものだという。卓見だと思う。
私がいちばん気にいったフレーズを引いておこう。
「かれら(道化たち)が異領域を侵犯すると、つまりかれらが『舞台』から『舞台』へと越境すると、帝都の秩序が撹乱され、霧に濡れた石の街に幻があらわれ、人工都市が神話の息づかいや体温をわれわれに伝えてくるのである」(p.72)
幻想都市ペテルブルクを語るに、いかにもふさわしい文体ではないか。