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「超個人的ガイド to ロシア(文責:工藤なお)」 (3)

★「ペテルブルグ演劇案内③」
小劇場篇①(前半)

1、マルイシツキー小劇場 Камерный театр Малыщицкого
演目:『フトゥリズムズリム』(9/15;未来派の詩篇を原作とするアンソロジー劇)、『魔法使い』(10/10;ハルムスの短篇『老婆』が原作)、『君たちかい、天使たち?』(10/27;ヴェネヂクト・エロフェーエフ『モスクワ発ペトゥシキ行』が原作) などすべて「自由芸術家工房」劇団の作品

ペテルブルグに来て、初めて見るなら間違いないのはアレクサンドリンスキー劇場ですが、ちょっと別なのを観たいな、と思った時に、数ある小劇場の内で外れがないのはこのマルイシツキー小劇場でレパートリーを持つ「自由芸術家工房」劇団だ、と断言できます。
この「自由芸術家工房」劇団は、今年の夏、プラウヂンなる人物による俳優・演出のマスターコースを卒業した若手によって結成されたばかりの劇団です。
演出の特徴としては、身体の運動性の高さ・緊密な演出・音楽のセンスの良さが挙げられるでしょう(それらが有する意味合い・方向性に関しては相違があるにしろ、身体・音楽の重視という点でフォーキン率いるアレクサンドリンスキー劇場の演出と通底するものがあります)。その運動性の高さは、日本で言えば「マームとジプシー」ほど(だが緊密さの点でそれ以上だと個人的には思っています)。
やたら走るししょっちゅうアクロバティックな動きがありますが、その下敷きには確かな肉体的鍛錬と緊密な設計があり、非常に無駄がなく、安心してみていられます。笑いどころのタイミングも考え抜かれています。

とりあえず見に行くなら、今年10月に初演があった『魔法使い』(ハルムス原作)がおすすめです。なにしろ先ほど挙げた劇団の性格が特徴的に表れています。笑いどころを正確に捉えた登場シーンから音楽を「作り」始め、その高揚感のなか本筋になだれ込む、という感じで、最初から持って行かれます。
この劇の中で一番ゾクッとするのは、ソ連時代のパンを求める「行列」のシーン。ここで劇団は、いかにも自然に、いかにも軽々と、「地場を逆転する」という荒技に出ます。これがすごい。ぜひ目撃してください。
どの作品も、最後にソワッと感動できるのが、何よりすばらしい。

チケットは劇場で予約出来ず、事前購入は街の黄色い「劇場カッサ」で、または取り置きが電話でできます。が、だいたい直前に行っても席は空いています。直接買うと学割あり。劇場の周りは、夜になると人通りが少ないので、速やかにメトロに向かうのが吉。公演日は開演30分前くらいから、劇場のショーウィンドウや路上でパフォーマンスをやっているので、劇場を探すのに苦労はしないはずです。

www.vmtheatre.ru/

『フトゥリズム・ズリムФутуризмЗрим』開演前の劇場ロビーの様子(9/15)
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2、ドストエフスキーの家博物館附設演劇ホール Театральный зал музея Ф.М.Достоевского
演目:『13番目の使徒』(9/14;タコイ劇団によるマヤコフスキー『ズボンをはいた雲』が原作のモノローグ劇)、『「やって来た人々」がやって来て』(11/24;ソコロフ『馬鹿たちの学校』を原作とするモノローグ劇)

昼は観光客向けの「ドストエフスキーの家博物館」、夜は附設の演劇ホールで演劇公演、という希有な博物館です。
演劇公演は、タコイ劇団のようなゲストを招聘するほか、自前の劇団(ФМД劇団)もあるようです。博物館内で定期的にやっている展覧会(例えば11月現在現行の『出来事とモノ―ダニイル・ハルムスとその周辺』展)も含め、キュレーター的な人がいるのか、センスはかなり高いです。

このタコイ劇団も相当能力は高いと思われます。ぼくの観た『13番目の使徒』は、奇しくも「自由芸術家工房」劇団による『フトゥリズムズリム』と同じユーリイ・ワシリエフ演出になるモノローグ劇だったのですが、これも緻密に考え抜かれています。ぼくなどは涙を流してしまうほど。これについては別のところで詳しくエッセイを書いたので、そちらに目を通していただく機会があれば、ぜひお読みください。

今年の11月末にはそのワシリエフが10つのモノローグ劇を演出する「一人芝居の空間」という演劇祭が、同博物館で開かれました。そこでは先に述べた『13番目の使徒』をはじめハルムスやナボコフの短篇、ジョイスの『ユリシーズ』などを原作とした一人芝居が連日上演されたのですが、わたしはその中で『「やって来た人々」がやって来て』という、サーシャ・ソコロフの『馬鹿たちの学校』を原作とする劇を見に行きました。
劇はひとりの知的なハンディキャップを負った少年が発することばによって進行するのですが、そのことばは時にあまりに過剰で論理に欠けるため、物語は錯乱し炸裂し分裂し、しかしその度におもしろさは倍に倍になり、観客の笑いを誘います。ことばの怪物とも言えるような作品を、よくここまで忠実に --しかも一人劇という手法で-- 造り上げたものだと思います。そのおもしろさは驚異的です。次の回で述べるプリユート・コメディアンタ劇場の『Proトゥーランドット』と同じ、「ことばの演劇」と言えるでしょう。

どちらともすばらしかったのですが、どちらも同じ演出家の手になる演劇であり、「タコイ劇団」の力量を定めるにはもう少し別なのを観る必要があると思っています。が、この2つの演劇、さらにマルイシツキー劇場での作品から判断するに、ユーリイ・ワシリエフという演出家はとんでもなく力のある演出家だ、ということが断言できそうです。

http://www.takoy-teatr.ru/

ドストエフスキー博物館外観(9/14)
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2013年12月 5日 22:22に投稿されたエントリーのページです。

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