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「超個人的ガイド to ロシア(文責:工藤なお)」 (4)

★「ペテルブルグ演劇案内④」
小劇場篇②(後半)

3、マステルスカヤ劇場 Театр ≪Мастерская≫
演目:『やさしい女』(10/20)

ドストエフスキーの短篇に思わずグッと来てしまうのは、何よりも主人公のダメさがぼく自身のダメさだからです。そういう意味で主人公とのシンクロ率が抜群で高いのは、特に『地下室の手記』『白夜』『やさしい女』だと言えます。
そのうちの『やさしい女』の演劇。男女2人というミニマルな舞台ですが、何を付け加えることがありましょうか。これ以上はないというくらいの感動を得てしまいました。演劇は見終わったあとメトロの中、あるいはベッドに入ってから「あ、よかったなー」と思うこともしょっちゅうなのですが、これは速く効きました(翌日即座に原作を買ってしまったほど)。

マステルスカヤ劇場は、マルイシツキー劇場と同様マスタークラスを卒業した若手によって2010年に出来たばかりの劇場です。中心部からかなり外れたところにあり行きにくいのに加え、周辺も結構錆びれた感じなので頻繁には行けないと思いますが、お気に入りの演目を見つけてしまえば通いたくなるはずです。

http://www.vteatrekozlov.net/

マステルスカヤ劇場外観(10/20)。川のすぐ側にあります。
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4、ボリショイ人形劇場 Большой театр кукол
演目:『ロミオとジュリエット』(10/15)、『ポトゥダニ川』(11/30)

ここはマルイシツキー小劇場から近いので、ぜひ一度。この劇場はまず、施設そのものが良い。そもそも子ども向けの劇場なので、客席の背もたれからデフォルトで子ども用シートが出るようになっていたり、こちらではなかなか見ないバリアフリー設計(車いす用エレベーター)などがあり、ちょっと感動しました。

「人形劇場」ですが、この『ロミオとジュリエット』は人形を用いない演劇です。演出は、開幕前のギリシア劇を思わせる静かな洗い場の情景から始まり、水(と、広く"液体")とその音響を非常に効果的に使っていました。前半は、やかましい現代的な「若者の」ロミジュリから始まったので、あーこんなもんかーなどと思ってしまいましたが、一回休憩を挟んで始まる後半では、俳優の実力が剥き出しになり、まさに火花が散るような気迫で迫ってきます。演技のうまさは言うまでもなく、前述したように水を用いた演出がかなり巧みで、舞台全体が引き締まってきます。
芝居の進行としては「死」のメタファーとも言えるだろう黒い衣装の女性が芝居回しの役を受け持つのですが、出過ぎてしまえば過剰・引っ込みすぎても足りない、この人物の難しい役どころをうまく演じていました。ロミオとジュリエットのベッドシーンは、やはりその「液体」が重要であり、かなり衝撃的な用い方がなされるのですが、大変エロティックなのでぜひ生で目撃してほしい。

『ポトゥダニ川』(プラトーノフ原作)は、ポトゥダニ劇団による小ホールでの人形劇です。ただしこれを「人形劇」と言い切ってしまうことには抵抗を感じます。確かに人形を用いた劇であり、物語は人形によって進行されるのですが、人形が動くにつれ、また物語が進行するにつれ、次第に露わになってゆくものは、人間の身体の生々しさなのです。それは劇の最初と最後で、人間の手だけが舞台に現れ絡み合うシーンに最も効果的に現れています。
人形劇はなるほど、人間の手(と手が動かす人形)だけが主要な役割を果たす演劇の形態ですが、そうであるからこそ、その「手」にすべてを凝縮させて作られねばなりません。それがうまくいったときには、あるいは一般的な演劇を超えた表現を獲得できてしまうのかもしれません。この舞台は、確かにそういった領域に達しているようです。
戦争から帰還した青年ニキータが痛みと苦しみをもって父や恋人リューバとの新しい関係を模索する物語が、人形と(黒子である)俳優の協働、照明の用い方、幻想的な夢のシーンを通して切実に迫ってきます。そして何より物語のシンボルである「ポトゥダニ川」の鮮烈な現れ方。無駄がなく緊密で、人形劇という形態でしか表現しようの無い、まったく独特な舞台になっています。1時間に満たない小さな劇ですが、実際の時間感覚をはるかに凌駕するものが心に残されます。

劇場は、マルイシツキー劇場近くです。たまに運がいいと、チケットが半額になります(劇場カッサ限定)。

http://puppets.ru/

『ポトゥダニ川』終幕後の舞台装置の様子
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5、プリユート・コメヂアンタ劇場 Приют комедианта
演目:『Proトゥーランドット』(10/14)

前述『ペテルブルグ舞台芸術の魅力』にも紹介されていた、奇才アンドレイ・マグーチーによるコメディです。
メタのメタというか、ポストのポストというか、そういう方向を、3人の主人公による過剰な発話でもって塗りつぶしていくことで目指して行こうという試みだと言えると思います。一般的に言って「メタ的なるもの」「ポスト的なるもの」が「ネイティヴ的なるもの」を標的としているように思われる以上、逆説的ながら、当然ロシア語の「ネイティヴ的なるもの」が必要とされているわけですので、いまの段階でついて行くのには無理がありました。おもしろいところはおもしろいのですが。ロシア語力に自信があれば、絶対楽しめるのでおすすめです。

劇場はセンナヤ広場の近くなので、観劇の際は十分気をつけて。

http://www.pkteatr.ru/

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2013年12月13日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

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