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「超個人的ガイド to ロシア(文責:工藤なお)」 (2)

★「ペテルブルグ演劇案内②」
定番篇②「マールイ・ドラマ劇場」Малый драматический театр
演目:『悪霊』(9/22)、『人生と運命』(11/17)

もう一人のビッグネーム、レフ・ドーヂンによる驚異の9時間演劇『悪霊』(ドストエフスキー原作)です。
客層もやはりペテルブルグでも相当な演劇好きが多い感じ、しかし若者も結構いて驚きました。しかも脱落者はほとんどいません。
アレクサンドリンスキー劇場のフォーキンがより前衛的な演出方法による一方、ドーヂンの演出はよりクラシックな演出だと言えるでしょう。

『悪霊』の演出もオーソドックスな感じで、淡々と進んで行きます。9時間ともなると、俳優の側には「化けの皮がはがれる」ことのない正確で粘り強い実力が要求される、恐らくそのためもあると思いますが、配役はベテランが占めており、『悪霊』固有のあの「若気の至り」感には若干欠ける印象がありました。あとスタヴローギンの告白のところも、淡々としていてちょっとあっさり過ぎるかな、と思いました。こういった欠点を、しかし補って余りある力、のようなものは確かに存在するので、一生に一度の演劇としての価値は確実にあります。腰に問題を抱えていなければ、ぜひ。

また、『人生と運命』(グロスマン原作)を観て思ったのは、フォーキンによる演出が、人間の動きをカリカチュア化し「脱臼」させたような動きを志向するのに対し、ドーヂンは、例えば劇中で登場人物が「本当に食事をする」ように、人間の「生々しさ」のようなものに焦点を当てている、と言えそうです。それを支えているのは、俳優一人一人の確かな演技力でしょう。
『人生』のほうも舞台装置は、主にステージを二分する柵と家財道具だけ、というかなりミニマルな舞台です。

ドーヂンの演出は、余計なものを出来るだけ排除し、俳優を際立たせることに力点を置いているように思います。それは、「非言語的なことば」に多くを負うフォーキンの演出に比べ、わたしのような悪い観客(ことばをよく解さない観客)にとっては少しハードルが高いかもしれません。しかしそれを考慮に入れてみたとしても、やはり終劇後に否応無く襲ってくる強い感情が存在します。ぜひ一度訪れることをお勧めします。

http://www.mdt-dodin.ru/

『悪霊』休憩中(9/22)。上演中セットの大きな変更は無く、前部に机と椅子、後ろには空間を分ける(ギロチンを模したと思われる)可動式の壁があります。
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定番篇③「バルチースキー・ドム(バルトの家)劇場」Балтийский дом
演目:『巨匠とマルガリータ』(9/6)、『罪と罰』(9/24)、『スペードの女王』(10/25) など

バルチースキー・ドム(バルトの家)劇場は、自前の劇団はもちろんですが、演劇祭や客演、小ホールでの若手の公演にも力を入れています。
ロシアで最初に見た演劇は、ここでの『巨匠とマルガリータ』(ブルガーコフ原作)だったので、忘れようにも忘れられません。

『巨匠とマルガリータ』というさんざん演じられてきた演目、「ポスト的なるもの」と「ナチュラル」の間にあるような原作の性格から言って、「いま」「ここで」演劇にするにあたっては、誠実な演出家ならば、かなりの重圧に苦しむことになるでしょう。バルチースキー・ドム版の『マルガリータ』は、この重圧を真っ正面から受け止めている印象がありました(全部聞き取れたわけはもちろんありませんが)。何しろすごくよかったのです。他の劇場のヴァージョンも見てみなければ、と思います。

小ホールでの若手の公演、と言いましたが、いままでで唯一見たものが「ボリショイじゃない」劇団による『罪と罰』(ドストエフスキー原作)です。これは『罪と罰』をコメディにして笑い飛ばしてしまうという希有な劇で、わたしのような原作愛好者からすると最低!でした。それにしてもロシア人観客が一人も席を立たなかったのは一体どういうことなのか、理解に苦しみます。

モスクワのマールイ劇場による『スペードの女王』(プーシキン原作)は忘れがたい客演でした。2012年の新しい演出ですが、これぞ!というようなクラシックな感じ、俳優は安定の実力があり、もはや何の文句も出ませんでした。

劇場は、大きい公園の中に建っていて、夜遅くても劇場-メトロ間を歩くのに心配は要らないと思います。

http://baltic-house.ru/

バルチースキー・ドム国際演劇祭期間中の劇場の外観(10/8)
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2013年12月 1日 13:48に投稿されたエントリーのページです。

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