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『ユートピアの声』

2013年のノーベル文学賞はカナダの作家アリス・マンローに決まったが、受賞の発表があった10月10日の数日前からベラルーシ出身のロシア語作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが有力候補として急浮上し、それにともない、彼女についての電話取材や記事の依頼がいくつかあった。


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おそらくノーベル文学賞発表間際にアレクシエーヴィチが有力視されたのは、この本『セカンドハンドの時代』(モスクワ: ヴレーミャ社、2013)のスウェーデン語訳がタイミングよく出版され高い評価を受けたからだろう。
これは、『赤い人間: ユートピアの声』 というタイトルでくくられる5部作の最後を飾る本。
残りの4冊は以下のように邦訳がある。

① 『戦争は女の顔をしていない』三浦みどり訳(群像社、2008)
② 『ボタン穴から見た戦争: 白ロシアの子供たちの証言』三浦みどり訳(群像社、2000)
③ 『アフガン帰還兵の証言: 封印された真実』三浦みどり訳(日本経済新聞社、1995)
④ 『チェルノブイリの祈り: 未来の物語』松本妙子訳(岩波文庫、2011)

アレクシエーヴィチによれば、「セカンドハンド」というのは、新しい環境に適応できずいまだにソヴィエト的メンタリティを引きずっている自分たち「ホモ・ソヴィエティクス」のメタファーだという。
彼女の手法は、インタビューで生々しい証言をとりなるべく手を加えずに読者に提示して、問題のありかを浮き彫りにするというもの。だからドキュメンタリー作家であると言える。
これまで第二次世界大戦、アフガン戦争、チェルノブイリ原発事故といった危機的な社会問題に鋭く切り込んできたアレクシエーヴィチだが、締めくくりの1冊である『セカンドハンドの時代』は、70年以上続いたソヴィエト体制下で生きざるを得なかった「小さき人々」に広く取材し、ソヴィエト共産主義体制とはいったい何だったのか、理想の未来が到来するという「ユートピアの声」のスローガンに慣らされたあげく人々のメンタリティはどうなったのかという大問題に真正面から向き合っている。

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2013年10月12日 01:58に投稿されたエントリーのページです。

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