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2012年7月 アーカイブ

2012年7月 6日

数え歌 「霧の中から月が出た」

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いま大学院の授業で読んでいるのは、上の作品集に収められている Татьяна Толстая タチヤーナ・トルスタヤ(1951年生れ)の "Вышел месяц из тумана" という短編。
トルスタヤらしくこのタイトルは子供の数え歌からきており、実際、小説の中にも引用されている。

Вышел месяц из тумана,
Вынул ножик из кармана,
Буду резать, буду бить,
Все равно тебе водить!

この数え歌にはいろいろなヴァリエーションがあり、もっと長く続くものもあるが、上のは韻律がほぼ4脚ホレイ(「強・弱」を4回繰り返すパターン)に整えられていていてリズミカルだ。鬼ごっこの鬼を決めるとき、"Вышел месяц..." と言いながらひとりひとり指さしていき、最後にあたった人が鬼になる。
音遊びと踏韻に満ちた数え歌を日本語に訳してもあまり意味はないけれど、調子よさを出すためになるべく五・七調にして音遊びを試みてみる。

霧の中から月が出た
袖の中から剣が出た
切っちゃえ、ぶっちゃえ、
どうせお前が鬼になる!

授業には日本人の院生の他に、ロシア語ネイティヴの留学生が2人来ているので、細かいニュアンスを聞くことができる。有益なうえ楽しい。
トルスタヤのテクストは1語たりとも疎かにできないことをあらためて痛感する。


2012年7月 8日

【お知らせ】 ロシア留学ガイダンス

来る7月18日(水)17:30~19:00
東京外国語大学 研究講義棟 227教室においてロシア留学ガイダンスがおこなわれる。
主催は、日露関係を担う学生を応援する学生団体 "Яu‐start"。
ロシア留学を通して得た経験と、ロシア留学経験者へのアンケートをもとにしたデータを用いて、留学に役立つ実用的な情報を伝えるという。
ロシア留学を考えている人はどなたでも歓迎。こぞってご参加ください!

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問い合わせは、"Яu‐start" 代表 牧野寛
TEL: 080-3415-0993 (牧野個人用)
E-mail: ru.start2012@gmail.com

2012年7月 9日

翻訳中! ペトルシェフスカヤ作品集

Людмила Петрушевская リュドミラ・ペトルシェフスカヤ(1938年生れ)の幻想小説集を訳している。


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日本語オリジナル版になる予定。この本を底本としている。
にわかには信じられない夢のような体験、どちらが夢でどちらが現実かわからなくなる瞬間、異界を覗きこんだような感覚。現実と非現実が溶け合うペトルシェフスカヤの不思議ワールドは、まさに幻想小説の精髄だ。

ちなみに、ペトルシェフスカヤの英語オリジナル幻想小説集 "There Once Lived a Woman Who Tried to Kill Her Neighbor's Baby", Penguin Books, 2009. は2010年の世界幻想文学大賞を受賞している。
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2012年7月10日

「絵に描いた餅」は食べられない

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味の素食の文化センター発行の食文化誌 『Vesta ヴェスタ』 第87号は 「料理書を『料理』する」 と題する料理書特集。食文化史の専門家である東四柳祥子(ひがしよつやなぎしょうこ)さんの責任編集だ。

日本の料理書の発展も興味深いが、世界の料理書の歴史を簡単に概観した記事が並んでいるのがよい。フランスの洗練を極めた高級料理が料理書を通してしっかりたどれるというところに感心。さすがグルメ文化を誇るフランスだけある。
イタリアでは、19世紀末に刊行されたペッレグリーノ・アルトゥージの 『料理における
科学』 が今でも読み継がれているという。
韓国では、20世紀初頭に書かれた方信栄の 『朝鮮料理製法』 がレシピスタイルを用いた近代的料理書の嚆矢だそうだ。

私はロシアを担当し、19世紀半ばに書かれたエレーナ・モロホヴェツの 『若い主婦への贈り物』 と、20世紀になってソ連医学アカデミー栄養研究所が編纂した 『美味しくて健康によい食べ物の本』 を取り上げた。
慢性的な品不足で食材を手に入れることが難しかったソ連時代に夢のようなレシピを満載した後者は、まさに「絵に描いた餅」であった。もっとも、ロシアに「餅」はないけれど。

2012年7月17日

【お知らせ】 ワンダーキャンパス

来る8月14日(火)「丸の内キッズ・ジャンボリー2012」の一環として、子供たちのための「世界の言葉」ゼミナールをおこなう。


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「丸の内キッズ・ジャンボリー2012」とは、東京国際フォーラム(TIF)を会場に、生物学者・福岡伸一さん(青山学院大学教授)が校長先生を務める「センス・オブ・ワンダーを磨くキャンパス」、言ってみれば、子供たちのための体験型サマースクールである。
ワンダーキャンパス特別講義、ワンダーアートキャンパス、スタジオワンダー、理科実験室など何やらいろいろな企画が目白押しだが、私はその中のゼミナールを担当することになった。

題して「自分語もつくれる? 世界のいろいろなコトバを体験しよう!」

『ドラえもん』を世界のいろいろな言葉の吹き替えで見て多言語状況を体感したり、地域や文化によって異なる身振りやしぐさを体験したり、ロシア未来派詩人の「超意味言語ザーウミ」にならって世界にひとつだけの「自分コトバ」を作ったりする予定。

日時: 8月14日(火)14:00~15:30
講師: 沼野恭子
会場: ホールD7
対象: 小学5年生~中学生
定員: 50名
参加: 要申込み
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http://www.t-i-forum.co.jp/kids/wondercampus/detail_04.html

2012年7月18日

サクリファイス

夏休みになったら3年ゼミ生たちと東北に合宿に行く。
宮城県立美術館でワシーリイ・カンディンスキーの絵画を見て、仙台ハリストス正教会を訪れるほか、被災地にも足を運び現状を確認してきたい。

宿では読書会と映画上映会を予定している。Андрей Тарковский アンドレイ・タルコフスキー の作品をみなで見たいと思うのだが、『 Сталкер ストーカー 』 にしようか 『 Жертвоприношение サクリファイス 』 にしようか迷っている。


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『サクリファイス』はタルコフスキーが1985年にスウェーデンで撮影を開始し翌年完成させ遺作となった作品だが、東日本大震災が起こったとき岩手県の陸前高田に「奇跡の一本松」がぽつんと生き残りかろうじて未来への希望を繋ぎ止めてくれたことを知って、この映画を、タルコフスキーが日本のために残した「遺書」だったのではないかと驚愕しながら思い出したのはおそらく私ひとりではなかっただろう。
『サクリファイス』は、「生命の木」を植えたその日、世界が黙示録的な大破壊を蒙ったというテレビニュースを見て、自己犠牲により何とか世界を救いたいと考え、無謀と見える方法でそれを実行する男アレクサンデルの物語である。その「生命の木」が「一本松」にあまりにも酷似しているのだ。
しかも映画の最後のほうでアレクサンデルの木は「日本の木」と呼ばれている!

   
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   陸前高田の一本松


映画の冒頭、アレクサンデルは枯れた松の木を植えながら、「枯れ木に毎日欠かさず3年間水をやり続けてついに木が蘇った」という伝説を幼い息子に話して聞かせる。これこそ荒廃と瓦礫と失意に苛まれる人々へのメッセージではなかったか。偶然にしても、かぎりなく奇跡に近い偶然。

息子は喉の手術をしたばかりで言葉を発することができなかった。しかし、父アレクサンデルが自己犠牲として「言葉を発しない」という沈黙の誓いをたて自分の家を自ら焼き払って精神病院に連れて行かれるちょうどそのとき、息子が言葉を取り戻す。それも「はじめに言葉ありき」という言葉を。
つまり父から息子へ言葉が受け継がれたのだ。
「言葉」を「生命」と置き換えてもいいかもしれない。
父から子へ生命の火が譲り渡されたのである。

こうしてみると、『サクリファイス』の完成した年にチェルノブイリ原発事故が起こったのももはや偶然とは思えない。
天才にしか許されない叡智と動物的な勘によってタルコフスキーは黙示録的な破壊の光景をはっきり予知していたのである。


2012年7月20日

ロシア留学情報

ロシアに留学したいのだけれど、どこの町のどの大学にしたらいいか、どんな準備をしておけばいいのか、到着した直後の複雑そうな手続きはうまくこなせるだろうか(不安)、どうしたら効率的にロシア語を上達させられるか etc.etc.

ロシア留学に関する同じような質問を毎年受ける。毎年たくさんの学生が留学しているのに、後輩たちに情報が伝わっていないのだ。貴重な情報が共有されていないのはもったいない! 後輩たちのために「留学案内書」あるいは「体験集」のようなものを作ってはどうか。
そんな話をゼミ生の牧野寛くんにしたのは2年ほど前だっただろうか。

牧野くんはモスクワ大学国際教育センター(通称 ЦМО)に留学しているときからじつにアクティヴだったが、現在、日本とロシアの学生交流を支援する活動を積極的に展開している。
彼の立ち上げた団体が 7月18日(水)に東京外国語大学でおこなったロシア留学ガイダンスについては、スライドやレジュメやアンケート結果等を随時facebookにアップしていくという。興味のある人はぜひ活用してください。
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https://www.facebook.com/Ru.start2012

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2012年7月22日

グルジアの生んだ世界の舞姫

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7月21日(土)東京文化会館でニーナ・アナニアシヴィリとグルジア国立バレエによるガラ公演を観た。

もちろん一番の見どころはグルジアの生んだ世界の舞姫アナニアシヴィリ主演の『マルグリットとアルマン』(上の写真)。よくぞここまで心理が表せると驚嘆するほど繊細な身体表現、華麗にしてエレガントな身体表情。
「美しい」という言葉はアナニアシヴィリのために存在しているのではないかと思う。美しいのは容姿ばかりではない。生きる姿勢も美しく感じられる。2004年にグルジア国立バレエの芸術監督に就任して以来、バレエ団のレパートリーを増やし、意識的にグルジア色を濃くすることでグルジア文化のレベルの高さを世界に示してきた。

21日の特別プログラムもそんなアナニアシヴィリの「民族の誇り」が強く感じられた。
冒頭の演目『サガロベリ』。このタイトルはグルジア語で「聖歌」を意味するそうだが、音楽もグルジア民謡を採り入れ、チャンギという民族楽器が奏でられていた。
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アンコールもまた「カルトゥーリ」というエキゾティックな衣裳による素敵なグルジア民族舞踊だった。
つまり最初と最後をグルジアの踊りで飾っていたわけである。
そして、何回目かのカーテンコールでアナニアシヴィリは大きなグルジアの国旗を両手に掲げて登場した。アナニアシヴィリはただのバレリーナではなくグルジア文化の象徴なのである。

他にも、私は『デュオ・コンチェルタント』が気に入った。ストラヴィンスキー作曲の「協奏的二重奏曲」をヴァイオリン(レラ・ムチェドリシヴィリ)とピアノ(タマル・マチャヴァリアニ)が演奏するのにしばらく耳を傾けていたふたりのダンサーがやがて踊りだし、最後には愛の場面を描き出す。まるで音楽から踊りが生まれ、踊りから愛が生まれたかのように。エカ・スルマワの可憐な表情と動きが魅力的だった。

『Falling Angels』という8人の女性ダンサーによるコンテンポラリーダンスもよかった。黒のレオタード、手足はゴールドに輝いて見え、打楽器の演奏に合わせて幾何学的な模様が刻々と変化していくさまはいつまでも見ていたいと思わせる面白さと迫力だった。

総じてクラシック、コンテンポラリー、民族舞踊とバラエティに富む素晴らしいプログラムであった。

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2012年7月29日

ロシア文化ゼミ 「奥の細道」を行く

3年ゼミ生たちと合宿に行く。仙台から松島、石巻、一関と、まるで芭蕉の『奥の細道』をたどるような旅程だった。

仙台で牛タンを堪能し、宮城県美術館でカンディンスキーの作品を4点鑑賞。ゼミで勉強したことを復習するかのように、最初期のリアリズム作品『水門』から民話風の作品『商人たちの到着』、そしていかにもカンディンスキーらしい鮮やかな色彩の抽象画『カーニバル・冬』、やがて音楽をモチーフにした五線譜にさまざまな可愛らしい幾何学模様が組み合わさった後期の『活気ある安定』へと画風の変化を追うことができた。


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 『カーニバル・冬』 (宮城県美術館所蔵)


松島では遊覧船「仁王丸」でクルージング。みんなはカモメと戯れていたが、猛暑でバテ気味の私はひとり船内で涼を取っていた。「私はカモメ」?


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石巻では車を借りて海岸と漁港を見に行き、山と積まれた自動車のスクラップが延々と続いているさまに圧倒され胸を痛める。復興にはまだ相当の時間と資金と忍耐力が必要だということを痛感する。
「『国破れて山河あり、城春にして草青みたり』と、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ。
  夏草や兵どもが夢の跡」

宿では、各自「お勧め」の本を1冊ずつ紹介するという趣旨の読書会をした。ほぼ全員がレジュメを作って人数分コピーを用意してきてくれたので感心! イーブリン・ウォー『回想のブライズヘッド』、ジェローム・サリンジャー『フラニーとゾーイー』、夏目漱石『夢十夜』、吉本ばなな『うたかた』、長野まゆみ『月の船でゆく』等々、バラエティに富んだ作品紹介になった。
90分の授業では見られない長い映画を観ようということでタルコフスキー『ストーカー』の鑑賞会もおこなう。

今回、瑞巌寺、中尊寺、毛越寺(いずれも円仁の開いた天台宗の寺)のお寺を3つ、仙台、石巻、一関のハリストス正教会を3つ訪れた。仏教とロシア正教、いずれも荘厳の中に華麗な風情がある点では共通しているが、3次元の仏像と2次元のイコンの違いが醸し出す印象の違いは著しい。


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これは一関ハリストス正教会。ここには、イコン画家だった山下りん(1857-1939)の作品が日本で最も多く残っている。聖堂の中も見せていただき、貴重なお話を伺うことができた。
山下は1881年ロシアに渡り、サンクトペテルブルグの女子修道院でイコンの描き方を学んだ。エルミタージュ美術館に通い、遠近法のある、つまり3次元的なイタリア絵画の模写に熱中したが、やがて体調を崩し5年予定していた留学を2年に切り上げて帰国。
りんは2次元的なイコンでは飽き足らなかったのかもしれない。


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  山下りんのイコン(一関ハリストス正教会)

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