« 『女が嘘をつくとき』 | メイン | 【お知らせ】 ロシア文学会関東支部研究発表会 »

犬の心臓、人間の脳

Михаил Булгаков ミハイル・ブルガーコフ (1891-1940)と言えば、ロシアで最も愛されている古典のひとつ 『巨匠とマルガリータ』 の作者だが、この奇想天外な物語にひけをとらない傑作だと思うのが 『 Собачье сердце 犬の心臓』 である。
1925年に書かれたこの作品の面白さは尋常でない。

舞台は1920年代のモスクワ。若返りの方法を模索している外科医のプレオブラジェンスキー教授が、助手のボルメンターリとともに、野良犬のシャリクに、飲んだくれて死んだ男の脳下垂体と精嚢を移植する。するとシャリクは次第に人間のような姿になって言葉を話しだし、自らシャリコフと名のっていろいろ不愉快な振舞いをするようになる。やがてプレオブラジェンスキーは、シャリコフのあまりに野卑な言動や、教条的な革命陣営への露骨な接近に耐えられなくなる......。
新旧の階層の対立という構図、物語展開の心地よいテンポ、語りと視点のユニークさ、人間になった犬という変身譚の抜群のアイディア。何度読んでも面白い。

いつもダニエル・キイスの『アルジャノンに花束を』(1966)を思い出すのは、主人公が脳外科の手術を受けて知能が上がり、話し方が変化するが、やがてもとに戻ってしまう(戻される)というSFとしての物語の進展が似ているからだろう。


sabach'e.jpg

 ↑
ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓』水野忠夫訳(河出書房新社、2012)の表紙。1971年に刊行されたものの復刻版である。

原作はブルガーコフの生前には活字にされず、ソ連時代はサミズダート(地下出版)で出まわっていた。ようやく日の目を見たのはペレストロイカの進められた1987年だが、翌年にはウラジーミル・ボルトコ監督によりテレビ映画化されている。
 ↓

film.jpg

About

2012年5月29日 18:05に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「 『女が嘘をつくとき』」です。

次の投稿は「【お知らせ】 ロシア文学会関東支部研究発表会」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。