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ナボコフ 『カメラ・オブスクーラ』 

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昨年、光文社古典新訳文庫より貝澤哉さんの訳による Владимир Набоков ウラジーミル・ナボコフの『Камера обскура カメラ・オブスクーラ』が刊行された。
これは3つの点で快挙だったと言える。
第1に、『カメラ・オブスクーラ』は元々がロシア語で書かれたものでロシア語から翻訳されるべき作品だという点。第2に「読みやすさ」をモットーとする古典新訳文庫シリーズに「難解」で知られるナボコフのテクストが加わった点(もちろんナボコフの作品群の中では平易なほうだが)。第3に、その相矛盾するような課題を貝澤さんがアクロバティックなまでに見事にこなしたという点である。
Ура!(バンザーイ!)

この作品には、たしかにかの『ロリータ』と共通するモチーフがいくつもあるが、単に『ロリータ』の「原型」と言ってしまうのはもったいない気がする。小悪魔のような16歳のマグダに魅惑され、マグダとその愛人に欺かれ、とことんまで愚弄されたあげく彼女を銃で射殺しようとする男の物語は、絶妙のスピード感と緊張感をもって展開していき、読者を飽きさせることがない。

『カメラ・オブスクーラ』は1932年に書かれたが、1916年に書かれた Иван Бунин イワン・ブーニンの「Легкое дыхание 軽やかな息」という短編ともいろいろ共通点があって面白い。こちらは、16歳の「跳ねっかえり」のオーリャが、56歳の男と肉体関係を持つが、彼への嫌悪感を日記に書き記していたため当の男に射殺されるという物語だ。

ちなみに、現代ロシアの作家 Виктор Пелевин ヴィクトル・ペレーヴィンの「Ника ニカ」という短編は、ブーニンの「軽やかな息」を文字どおり引き継いでいる。ブーニンの作品の最後の1行が、ペレーヴィンの作品の最初の1行に、まるでしりとりのようにそのまま用いられているのだ。
だから「ニカ」の読者は、読み始めたとたんにブーニンの物語を、年の離れた男女の悲劇を思い出し、ペレーヴィンの仕掛けた文学的「罠」にはまってしまうのである。

どんな「罠」なのかは「ニカ」を最後まで読めばわかる。
ヴィクトル・ペレーヴィン『寝台特急 黄色い矢』中村唯史/岩本和久訳(群像社、2010)に収められている。

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2012年4月12日 00:04に投稿されたエントリーのページです。

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