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 『ロシア文化の方舟』

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昨年末に刊行された『ロシア文化の方舟――ソ連崩壊から二〇年』(東洋書店)は、野中進、三浦清美、ヴァレリー・グレチュコ、井上まどかという気鋭のロシア文学・文化研究者4人の編纂によるロシア文化ハンドブックだ。
野中進さんの「まえがき」によると、本書は「ロシア文化の厚さと深み」を歴史的な観点から描き出すことを目指して編まれたという。激しい変化のまっただ中にあるロシア。当然のことながらロシア文化へのアプローチも変化し多様化してきている。それを受けて本書は、ロシアの日常生活、文学、ドラマ、映画、アート、音楽、戦争、宗教、日本との関係などに見られるさまざまな現象を多角的な切り口で提示している。
タイトルが「方舟」なのも、ノアの方舟にいろいろな種類の動物を乗せた聖書の逸話に因んでいるのだろう。アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画 『エルミタージュ幻想』の原題「Русский ковчег ロシアの方舟」ともかけているのかもしれない。

とにかく興味深いこと満載である。

「リアリズム画家」とされるイリヤ・レーピンがアブラムツェヴォでの生活を「印象主義」の技法で描いていた(福間加容「ロシアの田園詩、ダーチャ」)。
近年ロシア正教会が巡礼を奨励しているため、人気観光スポット・ソロフキ島の修道院には巡礼の姿が目立つ(高橋沙奈美「旅から眺めるロシアの姿」)。
1990年代にロシア文学を席巻したのはポストモダニズムだったが、その代表的な作家ともいえるヴィクトル・ペレーヴィンとウラジーミル・ソローキンが再び「物語」を希求している(松下隆志「『物語』の解体と再生――ポストモダニズムを超えて」)。
少女たちがアルバムに手書きで学校を舞台にした恋愛小説(大部分は悲劇的な物語)を書き写すのが流行っている(越野剛「手書きの恋愛小説とアルバムの伝統――学校の少女文化」)。
エドゥアルド・バギーロフはベストセラー小説『ガストアルバイター(移民労働者)」で、非ロシア系の主人公の「サバイバル」を描いている(堀江広行「上京者の『理想』」)。
ロシア系作家だが英語で小説を書いて人気を博しているゲイリー・シュタインガート、ドイツ語で活躍しているヴラディーミル・カミーナー(秋草俊一郎「もうひとつの『ロシア文学』――ロシア系移民作家の現在」)。

他にもいろいろある。どの論考でも、興味深い文化現象の背景が紹介され、その現象が持つ意味が分析されている。全体として見事な「文化学」の手本になっていると言えるだろう。
どこから読んでも構わないし、自分の興味に合わせて拾い読みするだけでもいい。必ずや「知られざるロシア」の驚異と魅力に満ちた側面を見出すことができるにちがいない。

本書の出現は、ソ連崩壊20周年にあたる2011年の最後を飾るにふさわしい сюрприз (思いがけない贈り物)だった!

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2012年1月 7日 15:24に投稿されたエントリーのページです。

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