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2012年1月 アーカイブ

2012年1月 3日

一陽来復

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新年のご挨拶を申し上げます。
2012年が復興と前進の年になりますよう、希望と英知の年になりますよう、一陽来復を心より願っております。絶望の淵から這い上がろうとしている東日本の人々を想い、ずっとその痛みに寄り添っていきたいと思います。被災地が「龍」ならぬ「不死鳥」のように蘇ることを信じて。     沼野恭子


ふと1849年に逮捕されシベリアに送られることになったロシアの作家 Фёдор Достоевский フョードル・ドストエフスキー (1821-1881)が兄ミハイルに宛てて書いた手紙を思い出しました。この直前、ドストエフスキーは死刑を宣告され「特赦」で流刑に減刑されたのでした。

"Брат! Я не уныл и не упал духом. Жизнь везде жизнь, жизнь в нас самих, а не во внешнем. Подле меня будут люди, и быть человеком между людьми и остаться им навсегда, в каких бы то ни было несчастьях, не унывать и не пасть -- вот в чем жизнь, в чем задача ее"

「兄さん! ぼくはふさぎこんでもいないし力を落としてもいません。どこに行っても生きていくことに違いはありません。生はぼくたち自身の内にあるのであって、外側にあるのではありませんから。ぼくは人々とともに生きていきます。人々の中にあって人間でいること、いつまでも人間らしくあり続けること、どれほど不幸な目に遭っても気を落とさず斃れないでいること、それこそ人生の意義であり、人生の課題です」

2012年1月 7日

 『ロシア文化の方舟』

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昨年末に刊行された『ロシア文化の方舟――ソ連崩壊から二〇年』(東洋書店)は、野中進、三浦清美、ヴァレリー・グレチュコ、井上まどかという気鋭のロシア文学・文化研究者4人の編纂によるロシア文化ハンドブックだ。
野中進さんの「まえがき」によると、本書は「ロシア文化の厚さと深み」を歴史的な観点から描き出すことを目指して編まれたという。激しい変化のまっただ中にあるロシア。当然のことながらロシア文化へのアプローチも変化し多様化してきている。それを受けて本書は、ロシアの日常生活、文学、ドラマ、映画、アート、音楽、戦争、宗教、日本との関係などに見られるさまざまな現象を多角的な切り口で提示している。
タイトルが「方舟」なのも、ノアの方舟にいろいろな種類の動物を乗せた聖書の逸話に因んでいるのだろう。アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画 『エルミタージュ幻想』の原題「Русский ковчег ロシアの方舟」ともかけているのかもしれない。

とにかく興味深いこと満載である。

「リアリズム画家」とされるイリヤ・レーピンがアブラムツェヴォでの生活を「印象主義」の技法で描いていた(福間加容「ロシアの田園詩、ダーチャ」)。
近年ロシア正教会が巡礼を奨励しているため、人気観光スポット・ソロフキ島の修道院には巡礼の姿が目立つ(高橋沙奈美「旅から眺めるロシアの姿」)。
1990年代にロシア文学を席巻したのはポストモダニズムだったが、その代表的な作家ともいえるヴィクトル・ペレーヴィンとウラジーミル・ソローキンが再び「物語」を希求している(松下隆志「『物語』の解体と再生――ポストモダニズムを超えて」)。
少女たちがアルバムに手書きで学校を舞台にした恋愛小説(大部分は悲劇的な物語)を書き写すのが流行っている(越野剛「手書きの恋愛小説とアルバムの伝統――学校の少女文化」)。
エドゥアルド・バギーロフはベストセラー小説『ガストアルバイター(移民労働者)」で、非ロシア系の主人公の「サバイバル」を描いている(堀江広行「上京者の『理想』」)。
ロシア系作家だが英語で小説を書いて人気を博しているゲイリー・シュタインガート、ドイツ語で活躍しているヴラディーミル・カミーナー(秋草俊一郎「もうひとつの『ロシア文学』――ロシア系移民作家の現在」)。

他にもいろいろある。どの論考でも、興味深い文化現象の背景が紹介され、その現象が持つ意味が分析されている。全体として見事な「文化学」の手本になっていると言えるだろう。
どこから読んでも構わないし、自分の興味に合わせて拾い読みするだけでもいい。必ずや「知られざるロシア」の驚異と魅力に満ちた側面を見出すことができるにちがいない。

本書の出現は、ソ連崩壊20周年にあたる2011年の最後を飾るにふさわしい сюрприз (思いがけない贈り物)だった!

2012年1月10日

特集「はじまりの酒」

その昔、人は身近にある果物や穀物で酒造りをはじめた。ブドウ、バナナ、蜂蜜、米、麦、サトウキビ、トウモロコシ。
何世紀もの間、昔ながらの方法で丹念に作られてきた酒――それを「はじまりの酒」と呼ぶなら、「はじまりの酒」はいったいいつ、どこで、どのように作られ、どのように飲まれ、社会の中でどのような機能を果してきたのだろうか。
「はじまりの酒」は太古への郷愁を漂わせているだけではない。急速に進むグローバリゼーションへのアンチテーゼでもあり得る。


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味の素 食の文化センターが発行している食文化季刊誌『ヴェスタ』第85号で「はじまりの酒」の特集を組んだ。内容は以下のとおり。

☆伝統的酒造法の類型と分布(石毛直道)
☆蜜酒は髪をつたわって流れてしまい――ロシア文化における蜜酒と馬乳酒(沼野恭子)
☆ブラジルの国民酒カシャサとインディオの口嚼酒カウインの製造法(田所清克)
☆アフリカの森の酒カシキシの魅力(山極寿一)
☆ワインのふるさとから(児島康博・児島メデア)
☆マルコポーロが飲んだヤシ酒(濱屋悦次)
☆今日も飲まれている「はじまりのビール」(田村功)
☆四杯のマッコリ――韓国の濁酒の味わい方(太田心平)
☆酒造り集団「杜氏」(小泉武夫)
☆本格焼酎の楽しみ(江口まゆみ)
☆海を渡った「はじまりの酒」――アメリカにおける日本酒の今(鈴木基子)

世界にはこんなにいろいろな酒があり、こんなに愛されているのである!
ゆでたマンディオカを容器に吐き出し唾液のアミラーゼ酵素で発酵させるインディオの口嚼酒(くちがみしゅ)「カウイン」。熟れたバナナを発酵させてつくるアフリカのバナナ酒「カシキシ」。麦汁を野生酵母で自然発酵させるベルギーのビール「ランビック」。
どれも飲んでみたい。

ご寄稿いただきました皆様、ありがとうございました。

2012年1月17日

【お知らせ】卒論発表会

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来る1月26日(木)、2月2日(木)、沼野恭子ゼミの卒論発表会をおこなう。
両日とも場所は223教室、16:00-17:30。参加自由。
発表はひとり20分、質疑応答5分を予定している。

なお、上のポスターは4年ゼミ生 井木優里さんの力作だ。

2012年1月24日

旅立つ人への挨拶

昨年暮れに出版されたばかりの 八島雅彦編著 『ロシア語名言・名句・ことわざ辞典』(東洋書店、2011年)は、たいへん便利で役に立つ辞典である。
1174点に及ぶロシア語の名言・名句・ことわざがアルファベット順に並べられ、意味が紹介されているだけでなく、名言(крылатые слова)の出典が詳述されているのが嬉しい。プーシキンの作品から生まれた名言が多いのは当然として、以前ご紹介したグリボエードフ『知恵の悲しみ』のセリフやクルイロフの寓話からもたくさんの名言が拾われている。

日本語のことわざをロシア語で言いたいときは巻末の索引を見ればいい。
たとえば「あばたもえくぼ」は Не по хорошу мил, а по милу хорош.(いい男だから愛しいのではなく、愛しいからこそいい男)、「十人十色」は Сколько голов, столько и умов.(頭の数だけ考えもある)などとすぐ引くことができる。

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先日ウリツカヤの小説の翻訳を脱稿したが、最後のほうで Скатертью дорога. という表現に出会った。これはふつうの露和辞典にも慣用表現として載っているし、上記、八島さんの辞典にも収録されている。
元来 Чтобы дорога белой скатертью стелилась.(道が白いテーブルクロスをかけたように広がりますように)と旅に出る人の無事を祈る挨拶の表現だったが、いつのまにか「どこへでもさっさと好きなところへ行ってしまえ」「おまえなんかいなくてもやっていける」といったアイロニカルなニュアンスで用いられるようになった。文脈から考えて翻訳は「羽を伸ばしておいで」とやさしい感じにしてみたが、どうだろうか......。

2012年1月26日

ルムーク

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先日開かれた東京外国語大学ロシア語科同窓会「ロシア会」の懇親会で、毎年恒例の「ルムーク」のミニコンサートがおこなわれた。
ルムークは、ロシア民謡をロシア語で歌うサークルだ(私は顧問をしている)。
美しい歌声と民族衣装、バラライカの伴奏でおおいに会を盛りあげてくれた。
ルムークのみんな、ありがとう!

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