先日、イラン・デュラン=コーエン監督の映画『サルトルとボーヴォワール 哲学と愛』を観にいった。言わずと知れた「世紀の恋人」ジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ボーヴォワールという実存主義哲学者ふたりの愛の軌跡を描いた作品だ。
ボーヴォワールに扮したアナ・ムグラリスの気品ある美しさは、ニコール・キッドマンを思わせる。アナはヤン・クーネン監督の『シャネル&ストラヴィンスキー』ではココ・シャネルを演じていた。「知的な女性芸術家」がはまり役なのだろう。
サルトルとボーヴォワールは1929年に出会い、「自由」を何よりも優先させた事実婚を実践する。
興味深いのは、映画にも描かれているとおり、1930年代の数年間、ロシアからの移民オリガ・コザケーヴィチといわゆる三角関係にあったことだ。クローディーヌ・セール=モンテーユの『世紀の恋人 ボーヴォワールとサルトル』(門田眞知子・南知子訳、藤原書店、2005)によると、オリガは「極めて風変わりな少女」で「夢想することだけが好きな彼女は働くという考えすら軽蔑していた」という。
1920~30年代のパリと言えば、亡命ロシア文化の拠点のひとつで、イワン・ブーニン、ボリス・ザイツェフ、イワン・シメリョフ、ウラジーミル・ナボコフらが活躍していた。ちなみに、当時の亡命ロシア文化人たちについては、ニーナ・ベルベーロワが『Курсив мой 強調は筆者』というタイトルの優れた回想録を残している
1900年に出会い、それ以来公私にわたって支えあったロシア・アヴャンギャルド芸術家カップルであるナターリヤ・ゴンチャローワとミハイル・ラリオーノフもパリに住んだ。1915年にセルゲイ・ディアギレフに請われて「バレエ・リュス」の舞台美術を担当するためパリに行って以来、ふたりはついにロシアに戻ることがなかった。
「世紀の恋人」という形容は、じつはこのふたりにこそふさわしいと私はひそかに思っているのだが。