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シンポジウム「ソヴィエト崩壊20年」

10月23日(日)東京国際大学で開かれたロシア・東欧学会とJSSEES(日本スラヴ東欧学会)の合同研究大会において、JSSEES主催のシンポジウム「ソヴィエト崩壊20年――生活の変化、思想の変容」がおこなわれた。三浦清美さんの司会のもと、この20年間のロシア文化とその変化について、本田晃子さん(建築)、神岡理恵子さん(アート)、岩本和久さん(文学)による非常に興味深く刺激的な報告がなされた。情報は多岐にわたるが、それぞれの報告から1点ずつ絞ってごく一部を紹介したい。
 
建築では、既存の建物(廃墟)をほとんどそのまま利用して新しい用途に役立てる「コンヴァージョン」の優れた例がいくつかあるという。代表的な「廃墟の建築家」は Александр Бродский アレクサンドル・ブロツキー(1955年生まれ)で、彼の手がけたものとしては、古いワイン工場を新しく甦らせたギャラリー・コンプレクス「ヴィンザヴォード」や、下のカフェ「アプシュー」など。
そう言えば、9月にモスクワで「ヴィンザヴォード」と「ガラージ」を訪れたが、両方とも今や現代アートの拠点となっているようだ。1926年にメーリニコフとシューホフが建てた構成主義風のバス専用ガレージが廃墟と化していたのを、最近になってアレクセイ・ヴォロンツォフがギャラリーとして甦らせたのが「ガラージ」である。
「ブロツキーは『建てる』ということへの批評的な姿勢を貫いている」「こうした建物は一種のオブジェとして前景化されている」という本田さんの指摘が印象的だった。


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アレクサンドル・ブロツキー『カフェ・アプシュー』


美術界ではアーティストと宗教の関係が先鋭化している。ソ連崩壊後ロシア正教のステータスが変化して「抵抗すべきイデオロギー」に成り果ててしまったと考えるアーティストたちがいるということだ。Александр Косолапов アレクサンドル・コソラポフ(1943年生まれ)はニューヨークからグローバリゼーションや宗教を題材にソッツアートの作品を発信している。
下は『Икона-икра イコン=キャヴィア』(1996)という作品。タイトルのふたつの言葉(イコーナとイクラー)は、и, к, а の3文字が共通で音遊びになっている! 聖像画(イコン)の聖母子像の金枠(オクラード)にキャヴィアが盛られたフォトモンタージュ。なお、神岡さんによると、同じタイトルの作品が2009年にも作られていて、それは実物の金枠に何かで固められたキャビアが盛られたミクストメディアだそうだ。
面白いのはコソラポフの解説。「これはアンディ・ウォーホルへの注釈なんです。アメリカでは大統領から貧しい人たちまでコカコーラを飲んでいるとウォーホルは言う。でも、ロシアでは大統領はキャヴィアを食べるけれどふつうの人は食べられない。つまり消費に関するロシアのコンセプトは階層的なんですよ、というね」。コソラポフは宗教を揶揄するつもりで制作したのではなかったかもしれないが、正教会側はこの作品を「冒涜的」と見なしている。
信仰の自由と表現の自由。神岡さんは、こうした宗教をめぐるアートの問題は今後も続くだろうと予想している。


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アレクサンドル・コソラポフ『イコン=キャヴィア』


文学界では、リアリズムの復活が大きなうねりになっている。たとえば、Роман Сенчин ロマン・センチン(1971年生まれ)という作家は、2008年ネット上に発表した「新たなリアリズムは新たな世紀の潮流」と題する評論で、「今日の作家たちは伝統的な言葉、伝統的なフォルム、伝統的で永遠のテーマや問題に戻っている」と論じている。
センチンは、シベリアの中央に位置するトゥヴァ共和国の首都クズル出身。
現代のリアリズムにふさわしい主題は戦争、「ちっぽけな人間」、辺境だろうとの岩本さんの指摘が興味深かった。辺境を描いた作品として、センチンの長編 『エルトゥイシェフ家』が挙げられていた。都会の家族が農村に移り住み大変な苦労をする物語のようなので、ソヴィエト時代の「農村派」作家と比べながら読んでみよう。

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2011年10月24日 20:05に投稿されたエントリーのページです。

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