ソ連崩壊直後の1992年、Вагриус ワグリウスという文芸出版社が設立された。
1990年に АСТ アスト、1991年に ЭКСМО エクスモという出版社が現れ、市場原理にもとづき人目を引く派手な装丁で内外の推理小説や大衆小説を次々に売りだして急成長をとげたのに対して、いわゆる純文学作品の出版に照準を定め、新しいロシア文学の育つ場を提供し続けたのがワグリウスである。規模は小さかったが、質の高さは群を抜いていた。
「ワグリウス」の名は、評論家で翻訳家の Васильев ワシリエフ、ジャーナリストで出版・放送・マスコミ副大臣を務めた Григорьев グリゴリエフ、編集者の Успенский ウスペンスキーという創業者3人の苗字冒頭をつないだもの。
会社のロゴはロバのシルエットで、粘り強さと勤勉のシンボルだという。
1990年代の経済危機を乗り越え、驚異的な粘り強さで、アンドレイ・ビートフ、ワシーリイ・アクショーノフ、リュドミラ・ペトルシェフスカヤ、リュドミラ・ウリツカヤ、ヴィクトル・ペレーヴィン、エヴゲーニイ・ポポフ、エドゥアルド・リモーノフその他さまざまな作家の小説を数多く世に送り出し、文字通り孤軍奮闘でロシア文学を引っぱった。だから私は、現代ロシア文学が活気を取り戻したのは、賢いロバのおかげだと思っている。
ワグリウスが15年間の成果として上梓したのがこの本『主要文学賞受賞者』である。 Лауреаты ведущих литературных премий/ О.Славникова, Д.Быков, А.Кабаков, М.Шишкин. М.: Вагриус, 2007. 「常連」作家4人(オリガ・スラヴニコワ、ドミートリイ・ブィコフ、アレクサンドル・カバコフ、ミハイル・シーシキン)の短編が収められたアンソロジーだが、4人ともロシアの主要な文学賞を受賞しているのである。優れた作家たちを発掘して育ててきたワグリウスの功績の大きさを端的に象徴するものではないだろうか。
そのワグリウスが2008年末から財政難に陥り、売却されることになったようだという噂があるのは残念でならない。内部分裂が原因で編集者や作家が離れていったという。
どうやらロシアでも(日本でも?)良心的な文芸出版を続けることはとても難しいらしい。