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冷たいスープ、赤いスープ、白いスープ

夏バテを予防する食べ物といえば、ロシア人ならたいてい окрошка オクローシカというスープを思い浮かべるだろう。
キュウリやタマネギ、ジャガイモ、ハムなどを小さく切って混ぜあわせ、それに квас クワスというライ麦を発酵させた微炭酸飲料をかけるだけで出来上がり。普段クワスは冷たく冷やしてそのまま飲むから、日本の「麦茶」のようなものと思っていただけばいいだろう。
そう、オクローシカは火を使わずに作れる、ロシア料理の中でも「冷たいスープ」の代表だ。
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「熱いスープ」の代表には「赤いスープ」の борщ ボルシチと「白いスープ」のщи シチーがある。

ビーツの持つ鮮やかな赤紫色が特徴のスープ、それがボルシチである。もともとは18世紀末か19世紀初めからウクライナで作られていたものだが、ロシアの南部や中央部に広まった。
地域によってヴァリエーションがあるが、主な違いは肉や野菜の種類。たとえば、「キエフ風」なら牛肉でブイヨンをとってマトンを加え、「ポルタワ風」なら鶏やカモでブイヨンを作り、「モスクワ風」なら牛肉のほかにハムやソーセージを入れる。そうした差を越え、ボルシチをボルシチたらしめている不可欠な食材がビーツで、ビーツの他に共通して用いられる野菜はニンジン、キャベツ、ジャガイモ、タマネギ、トマト。ヴァリエーションを添える素材としてはインゲンマメ、リンゴ、カブ、ズッキーニなどがあげられる。

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いっぽう、シチーに用いられるのは、主に発酵させてすっぱくしたキャベツで(生のキャベツを加えてもよい)、独特の酸味はここから出る。野菜やキノコを冬の保存食として漬け物にしておくのは、昔ながらのロシア人の知恵だ。基本的にシチーは、保存用に作っておいたキャベツの漬け物を、肉やキノコで作ったブイヨンに入れてことこと煮込めばいい。食卓で сметана スメタナと呼ばれるサワークリームをたっぷりかけてシチーを「白く」する。
この簡単な調理法、毎日食べても飽きのこない素朴な味わい、すっぱいものは体にいいという庶民の信念――これらがあいまって、シチーは長くロシアの国民的なスープとして不動の地位を占めてきたのである。


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ちょっと宣伝させていただくと。
こうしたロシアのさまざまな料理がロシア文学の作品の中でどのように描かれ、どのような役割を担っているかということを、拙著『ロシア文学の食卓』(NHK出版、2009)で紹介している。
工夫したのは、目次をロシア料理レストランで出されるようなメニュー仕立てにしたところ。
ロシア料理とロシア文学を二重に味わいたいという方、そもそもロシア文学にグルメ小説なんてあったっけという方、『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフが何を食べていたのか知りたいという方、よかったら手に取ってみてください。

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【はじめに】
ペリメニ・スープ суп с пельменями 谷崎純一郎『細雪』
【前菜】
ピロシキ пирожки ゴーゴリ『死せる魂』
ブリヌィ блины チェーホフ『おろかなフランス人』
牡蠣 устрицы レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
【スープ】
シチー щи ドストエフスキー『罪と罰』
ボルシチ борщ イリフ&ペトロフ『十二の椅子』
ボトヴィーニヤ ботвинья ブーニン『日射病』
【メイン料理】
ハクチョウの丸焼き лебедь アレクセイ・К・トルストイ『セレブリャヌィ公』
シャシルィク шашлык ギリャロフスキー『帝政末期のモスクワ』
カワカマス щука バーベリ『オデッサ物語』
チョウザメとキャビア белуга и икра ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』
【サイドディッシュ】
ピローク пирог ゴンチャロフ『オブローモフ』
ソーセージ колбаса オレーシャ『羨望』
ジャガイモ картошка ソルジェニーツィン『マトリョーナの家』
カーシャ каша トルスタヤ『鳥に会ったとき』
【デザート】
ワレーニエ варенье アクサーコフ『家族の記録』
プリャーニク пряник シメリョフ『神の一年』
コンポート компот ウリツカヤ『ソーネチカ』
【飲み物】
クワス квас プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』
ワイン вино レールモントフ『現代の英雄』
紅茶 чай トゥルゲーネフ『猟人日記』


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ロシア料理を作ってみたいという方はこちらをどうぞ。
料理研究家・荻野恭子さんのレシピは、本当に家庭で美味しく、しかも簡単に作れるよう工夫してある。
荻野恭子(料理)、沼野恭子(エッセイ)『家庭で作れるロシア料理 ダーチャの菜園の恵みがいっぱい!』 (河出書房新社、2006)


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2011年8月14日 15:21に投稿されたエントリーのページです。

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