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不条理で魅惑的なハルムスの世界

担当している講義「ロシア文学概論」のレポートを採点中(全部で130本くらいあるだろうか)。
課題は「20-21世紀に書かれたロシア文学の作品を分析すること」である。
前期の授業で紹介したベールイ、マヤコフスキー、アフマートワ、ツヴェターエワ、パステルナーク、ザミャーチンの作品を選んだ学生もいれば、後期で扱う予定のナボコフやソルジェニーツィンの小説を「先取り」した学生もいる。

そうした中で Даниил Хармс ダニイル・ハルムス (1905-1942) について書いている人がけっこういるというのが嬉しい。何しろハルムスは、一般的な「ロシア文学」のイメージを根底から覆すほどの破天荒なアウトサイダーなのだ。

掌編をひとつ訳してみよう。

 Одна старуха от чрезмерного любопытства вывалилась из окна, упала и разбилась.
 Из окна высунулась другая старуха и стала смотреть вниз на разбившуюся, но от чрезмерного любопытства тоже вывалилась из окна, упала и разбилась.
 Потом из окна вывалилась третья старуха, потом четвертая, потом пятая.
 Когда вывалилась шестая старуха, мне надоело смотреть на них, и я пошел на Мальцевский рынок, где, говорят, одному слепому подарили вязаную шаль.

 ひとりの老婆が度外れな好奇心のため窓からころげ、落下してお陀仏となった。
 別の老婆が窓から顔を出し、お陀仏になった老婆を見おろしたが、度外れな好奇心のためやはり窓からころげ、落下してお陀仏となった。
 それから3人目の老婆が窓からころげ、それから4人目が、それから5人目がころげ落ちた。
 6人目の老婆がころげ落ちたとき、私は見ているのにうんざりし、マルツェフスキー市場に出かけることにした。市場で盲人が手編みのショールをもらったという話だからだ。

これがかの有名な「 Вываливающиеся старухи 落下する老婆たち 」(全編)である。
ハルムスの作品は、たいていこんなふうにシュールで不気味かつ不思議にキュートだ。ハルムスの醍醐味を味わいたいなら、ダニイル・ハルムス『ハルムスの世界』増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳(モンキーブックス、2010)を読むといいだろう。本を開いた瞬間から目の前に不条理で魅惑的な世界が広がるはずだ。


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2011年7月29日 00:18に投稿されたエントリーのページです。

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