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被災地へ 届け ロシアの声 (12)アレクサンドル・メシチェリャコフ

Дорогие друзья! Я родился в России, здесь живу и умру, но моя вторая жизнь и судьба связаны с Японией. Я люблю эту страну ≪второй любовью≫, которая бывает сильнее первой. Моя семья скорбит вместе со мною. Мы все вместе жили в Японии в 1999-2000 годах, наша младшая дочь Глаша научилась там говорить.
В последние дни мне пришлось дать много интервью по телевидению и радио, в газетах и журналах. И всюду я говорю одно и тоже: я верю в японский народ. В его истории было немало несчастий и катастроф, но каждый раз он находил силы, которые побеждают смерть.

 А.Н.Мещеряков

親愛なる皆さん! 私はロシアに生まれ、ここで生きてここで死ぬ人間ですが、第二の人生と運命は日本と結びついています。私は日本を「第二の愛」で愛しています。「第二の愛」が「第一の愛」より強いこともあります。家族も私とともに悲しんでいます。1999年から2000年にかけて家族みなで日本に住み、下の娘グラーシャは日本で話せるようになったのです。
この数日来、テレビやラジオ、新聞、雑誌でインタビューを受ける機会が何度もありましたが、私はどこでも同じことを言いました。それは、日本の人たちを信じている、ということです。日本の歴史を見ると、これまで何度も災害や震災がありましたが、そのたびに日本人は死に打ち勝つ力を見出してきたからです。

 アレクサンドル・メシチェリャコフ
 モスクワ

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ロシア国立人文大学のメシチェリャコフ教授(1951年生れ)はロシアを代表するジャパノロジスト。日本史が専門だが、歴史のみならず、広い意味での「日本文化」全般について数多くの著書や論文がある。

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最近の著作としては、明治天皇とロシアのピョートル大帝を比較した論考や、日本人が富士山をどのように受け止めてきたかその変遷をたどった『Гора Фудзи. Между землей и небом(フジ山――天と地の間)』(ナタリス社、2010)がある。
こよなく酒を愛し、詩や小説をものし、紫式部をロシア語に訳す文人であり、キノコ狩りの名人でもある。

About

2011年4月 9日 00:40に投稿されたエントリーのページです。

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