メイン

お知らせ アーカイブ

2010年4月27日

普天間基地問題についての第二の声明

 混迷の様相をみせる普天間基地問題について、今年1月23日、宮本憲一さん(滋賀大名誉教授で環境経済学)を代表として学者たちの声明を出したが、その後も事態の雲行きがおかしく、第二の声明が必要だということになって、4月23日に第二の声明「海兵隊は撤収を!」を発表、同日、参議院議員会館で記者会見が行われた(わたしも呼びかけ人のひとりとして参加)。
 また、4月25日に沖縄読谷運動公園で県外移設を求める県民大会が開かれるのに呼応し、いくつもの市民団体の共催で、東京の明治公園他、全国数ヶ所で、「NO BASE OKINAWA」をキャンドル・ライトで訴えるという催しが行われた。もちろん、わたしも参加。「O」の字の右上あたりにいます。
 なお、このことをまともに報じたのは、例によって東京新聞と共同通信のみ。

nobase425%27.jpg

★この第二の声明は賛同者をネットで募っています。
フォームは以下のサイトにあります。アクセスして登録していただけると幸いです。
 http://form1.fc2.com/form/?id=501657

★また、23日記者会見のもようについては、以下のサイトに映像がアップされています。
 http://www.eizoudocument.com/0506seimei2nd.html

2010年5月11日

普天間、または日米安保(続き)

 先日のブログでも紹介した「普天間基地問題についての第二の声明」への賛同者は続々と増え、もう3000人に達すると、『世界』の岡本編集長から連絡がありました。政府案が固まったようですが、いまさら辺野古はもう無理でしょう。政権が「迷走」しようがどうしょうが、今このときにまともな要求を出してゆくしかありません。5月15日は「沖縄返還」の日ということになっていますが、沖縄ではこの日に絡めて16日(日)に普天間基地を「人間の鎖」で包囲するという行動が計画されています。それに呼応して、東京では14日(金)の夕方6時半から国会前をキャンドルで包囲する計画があります。第二議員会館前集合とのことです。わたしも参加する予定です。ここにアクセスしてください⇒http://nobase.org/

 世界史のパースペクティヴから見ると、沖縄と無縁ではないカリブ海のハイチは、今年1月に大地震に見舞われ、一時話題になったものの最近はめっきりニュースも少なくなりました。ここで何が起こっているのかほとんど見えませんが、たいへん啓発的なブログがあります。カナダはアルバータ大学名誉教授で科学者の藤永茂さん--と言えば例の『アメリカ・インディアン悲史』の著者ですが--「私の闇の奥」(http://huzi.blog.ocn.ne.jp/)と題するブログです。ハイチに関することだけでなく、いろいろ(細かくは言いませんが)勉強になること請け合いです。

2010年6月22日

ナント高等研究所(IEA-Nantes)

Nantes%201-2%27.jpg
エルデル川・ローワル川に面して立つナント高等研究所の建物(2009.02)

 わたしがよく世話になるフランスのナント高等研究所(Institut d’Études Avancées de Nantes)について紹介しておこう。
 この研究所は2006年のフランス教育省の指針にもとづいてパリ、リヨン、エクス=マルセイユとともに設置が決められた高等研究所(IEA)ネットワークの一環だが、その先陣をきって2009年1月に開設された。いまどきめずらしい人文・社会科学に特化した研究所で、ナントの場合は、毎年20人規模の滞在研究者を世界各地から受入れ、各自が応募時に提出した計画にしたがって10ヶ月間自由に研究させてくれる。
 わたしが滞在した開設1年目は、インド、ブルキナファソ、カメルーン、スイス、ドイツ、フランス、イタリア、アゼルバイジャン、アメリカ、ブラジルから、人類学者、歴史家、哲学者、法学者、経済学者、美学者など、それも老若男女とり混ぜた多彩な研究者が集まっていた。その研究者たちが、同じ建物に研究室を与えられ、数ヶ月間、日常的に交流しながら各自の研究をする。
 滞在期間の終りに研究報告書を出すほかはとり立てて義務はないが、週1回のゼミナールがあり、滞在中に1度は自分の研究について同僚たちの前で発表することになっている。それに、週3回研究所のサロンでいっしょに食事をとることになっている(2度の昼食と1度のディナー)。それがここではなかなかの意味をもつことになる。
 その他、研究所が招待する外部の学者たちの講演会が逐次あり(これが一般的にきわめて質が高い)、滞在研究者がワークショップやシンポジウムを組織することもできる。その場合、手配や費用は研究所がサポートしてくれる。
 滞在研究者には住居も支給されるし、家族で行く場合にはその配慮もしてくれる。若手研究者で収入のない者にはその援助もあるはずだ。ともかく、至れり尽くせりで、人文・社会系の研究が切り詰められ切り捨てられてゆく世界共通の風潮のなかにあって、その領域での創造的研究の場を作り出し、目先の成果は求めず未来に賭けようという、ほとんどドンキホーテ的と言ってもいい試みである。
 実は、IEAの企画はもともとはナントから出ている。ナントはかつて奴隷貿易で繁栄した街だが、その歴史の〝負〟の遺産を現在のグローバル世界のなかで〝陽性転化〟するとともに、中央に集中しがちな文化活動の地方移転を促進する役割も込めて、ナント市長がアイデアを求めたのに応じて、ナント大学のアラン・シュピオが出したアイデアが「南北先端研究所」というものだった。〝北〟から〝南〟への知の輸出や、〝北〟による〝南〟の育成といった〝援助〟でもなく、グローバル化のなかでそれぞれに起こる諸問題がここで対等に交差し照射しあうような知的活動の場を作って提供する、という趣旨だ。
 このプランに教育省が乗ってきて、全国に5か所に高等研究所(IEA)を作るという計画になったが、結局、順調に発足していま2年目の終りを迎えようとしているのはナントだけのようである。それは、発案者のアラン・シュピオが初代の所長を務めて、みごとな采配を振るっているからだろう。
 このような研究所を作る見識が日本にもあったら、日本に対する知的評価もあがると思うのだが、とりあえずは、時代に抗して船出したナント高等研究所の順調な運行と発展にいささかでも貢献したいと考えている。

★IEA-Nantesのウェブサイト:http://www.iea-nantes.fr/

2010年8月 9日

催しのお知らせ各種

 8月から9月にかけて各所で多くの催しがあります。そのうちのいくつかをご紹介しておきます。その背景となる現在の状況について、つぎのブログのエントリーをご参照ください。
 また、今年の2月以来久しぶりにわたしたちの次回催しも決定しました。詳細は準備中ですが、日取りと内容のみ最後に掲載しておきます。

★8月11日→8月23日 宜野湾市・佐喜真美術館
  「骨からの戦世--65年目の沖縄戦」 比嘉豊光写真展
  (15日14時からのシンポジウムにわたしも参加します リンク
tirasi01.jpg
  なお、東京では10月29日→11月5日に、明治大学で展示会が行われます。

★8月15日 13:30~ 日本教育会館
  市民文化フォーラム 第46回 8・15集会 「平和の条件を根底から考えなおす」
  講師 内海愛子/村井吉敬/南風島渉/小森陽一/小関彰一 (リンク

★9月4日(土)→19日(日) 明治大学駿河台校舎
  水俣・明治大学展 (水俣フォーラム、わたしも会員です リンク

★9月23日(秋分の日) 9:45-16:30 明治大学リバティホール
  沖縄フォーラムin東京「普天間は問いかける」
  発言 新崎盛暉/前泊博盛/屋良朝博/浦島悦子/長谷川均/桂敬一
  (ちょうどこの時期、わたしは沖縄国際大の集中講義のため沖縄です)

 *******************************************************************
  10月16日(土) 14時-17時 GSL科研企画
  宇沢弘文と語る
  --経済学から、日米安保、沖縄まで--

 
  戦後日本の知の〝人間国宝〟、あるいは〝歩く世界遺産〟宇沢弘文を迎えて、
  1960年代以降の日本の経済・社会の諸側面について、〝始まっている未来〟
  について、西谷/中山/土佐らの道案内で縦横に語っていただきます。
  於:東京外国語大学
 *******************************************************************

2010年9月16日

《宇沢弘文と語る》:秋季企画のお知らせ

 すでに予告したとおり10月16日(土)に、東京外大で宇沢弘文氏をお招きして、《宇沢弘文と語る--経済学から地球環境、日米安保・沖縄まで》と題した催しを行います。

 これは、われわれのグローバルスタディーズ・ラボラトリーがここ1,2年とり組んできた「〝経済〟を問い直す」というプロジェクトの一環で、09年2月の「ウォール・クラッシュのさなかに--金子勝を迎えて」(東京外大)、10年2月にフランスからMAUSS(社会科学における反功利主義運動)代表のアラン・カイエを迎えて行った「〝経済〟を審問する--MAUSSとともに」(東京日仏会館)に続く企画です。
 ホームページにもあげましたが、チラシが間に合わなかったので、とりあえずここにあげておきます。

%E5%AE%87%E6%B2%A2%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7%E8%A1%A8.jpg
(クリックすると拡大されます)

 宇沢先生は去年、内橋克人さんといっしょに『始まっている未来』(岩波書店)という本を出しました。最近の世界金融システムの破綻にいたるまでの、この半世紀の経済社会の諸問題を振り返り、それに対処するヴィジョンをお二人で語り合ったものです。

 また、去年の政権交代を機に、沖縄の普天間基地移設をめぐって日米安保体制と沖縄の問題が、これまでになくクローズ・アプされました。宇沢先生は「普天間基地移転に関するアピール」の呼びかけ人に名を連ね、半世紀にわたって日本を従属させている日米安保と、その犠牲になっている沖縄の人びとに熱い視線を送っています。

 民主党代表選が終わり、対米関係の「改善」にまったく意欲のなさそうな菅首相の続投がきまりましたが、同じ時期、辺野古のある名護市の市議会議員選挙が行われ、基地反対派が圧勝しました。去年以来の沖縄の意思表示はますます確かなものになっています。

 前半は「経済から地球環境まで」、後半は「日米安保と沖縄」をめぐって、西谷を相手に大いに語っていただきます。

チラシ裏面
%E5%AE%87%E6%B2%A2%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7%E8%A3%8F.jpg
(クリックすると拡大されます)

[関連資料・サイト]
☆『始まっている未来』書評(西谷、東京新聞2009/11/01)
%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E6%9B%B8%E8%A9%95.jpg
☆「普天間基地移設計画についての声明」緊急記者会見(映像ドキュメント.com
☆「普天間基地問題についての第二の声明

----------------------------------------------------------------------------
 ついでに、民主党代表選についてはコメントする気にならないが、東京新聞の「本音のコラム」の斉藤学の短文を紹介しておきたい。
%E6%96%89%E8%97%A4%E5%AD%A6100915.jpg

2010年10月 5日

《宇沢弘文と語る》リマインダー

☆東京外大グローバルスタディーズ・ラボラトリー(GSL)の秋季企画の再告知です。

スペシャル・トーク
「宇沢弘文と語る:経済学から地球環境、日米安保・沖縄まで」
日時:2010年10月16日(土)14時―17時
場所:東京外国語大学研究講義棟226教室
ゲスト:宇沢弘文(東京大学名誉教授)
聞き手:西谷修(東京外国語大学)
司会:中山智香子(東京外国語大学)

 経済社会のあり方が根本的に問い直されているときに、日本ですでに40年来、経済の考え方を大きく変えるビジョンを提起しながら、学問的にも実際の政策提言等の活動においても重要な役割を果たし、破綻に向かうかに見える世界のなかで、〝未来〟への道を準備してきた偉大な〝経済学者〟宇沢弘文先生をお招きし、西谷・中山を聞き手として、大きな転換点にある世界と日本について、学生・市民の前で縦横に語っていただきます。
Uzawa.jpg
昨年11月、駒澤大学での宇沢先生 ©西谷

チラシが下の9月16日付の箇所にあります。
You Tube および U Streem で「金子先生、宇沢弘文先生を語る」(全7本)を放映しています。今回の企画のために、慶応大学の金子勝さんに、宇沢弘文先生への思いと、現代経済学の問題を語っていただきました。10月1日収録です。http://www.youtube.com/watch?v=cQcwOmemYZE


【趣旨説明】

 わたしたちの研究グループは、以前から、戦争・経済・メディアという三つの局面からグローバル世界秩序を批判的に検討する作業を続けてきましたが、2008年秋の世界金融危機以来、とりわけ〝経済〟にシフトした公開企画を行ってきました(2009年2月「ウォールクラッシュのさなかで、金子勝を招いて」、2010年2月「〝経済〟を審問する--MAUSSとともに」)。

 それは、グローバル化とともに〝経済〟の領域が前面化し、人間社会の活動が全面的に〝経済〟の場に落とし込まれる一方で、その〝経済〟をこの三〇年来牽引してきたアメリカの金融システムが破綻して、産業システムとともに形成展開してきた〝経済〟なるものが、根本的な再検討を迫られる段階にきていると考えるからです。

 この二つの企画を引き継いで今回は、この1968年から2008年にいたるこの40年間の世界と日本の変動を振り返りながら、この時代に早くから、新自由主義に向かう流れとは根本的に異なる社会的ヴィジョンを提起して、たしかな歩みでありうべき「未来」への道を示してきた異貌の経済学者、というより知の巨人、宇沢弘文氏と、現代世界そして日本の課題について語り合う機会を設けました。

 宇沢氏は1960年代のアメリカで最も先端的な経済学の業績をあげながら、70年前後の世界的変動(ベトナム戦争、公害問題の露呈、ドル危機、オイルショックなど)のなかで、産業経済を〝持続可能〟なシステムとするために従来の経済学をラジカルに組み替える〝社会的共通資本〟の思想を呈示し、それにもとづき、狭義の経済学の枠を超えて、地球環境問題から学校、医療の問題まで広範な社会問題に取り組み、いたるところにその考えを広めて、困難な課題の未来に向けた誘導に尽力されてきました。

 だからこそ、世界的行き詰まりのなかで人びとが立ちすくむとき、すでに「始まっている未来」(内橋克人との共著のタイトル、岩波書店、2009)を語ることができたのです。

 また、今年は日米安保50年の年であり、安保体制を象徴する沖縄の米軍基地をめぐって、昨年秋ごろからこの体制を問い直す機運も高まっています。宇沢氏はこの件についてもなみなみならぬ思いを語っており、この件もからめてお話いただく予定です。

 今回は西谷と中山がホストとして宇沢弘文氏から縦横の議論を引き出し、〝経済〟を問い直しつつ現代世界の諸課題を照らし出す企画にしたいと考えています。また、学生たちの協力で、U-Streem配信、Twitter(genshiken_tufsより配信)受付も行うことになりました。

 ぜひ東京外大にお運びいただきたくご案内させていただきます。

 

2010年10月18日

《宇沢弘文と語る》報告・盛況御礼!

 昨日(10月16日)無事、宇沢弘文先生を迎えてのイヴェントが終了しました。いつものわれわれの告知網に加えて、今回は毎日・朝日・日経・赤旗他の各紙が催物案内に掲載してくれたこともあり、予備椅子総出の大盛況で、250を超える方々に多磨の会場までお運びいただき、宇沢先生にも熱のこもったお話をしていただくことができました。
300_4147%2B.jpg

 東京外大には最近アゴラ・グローバルという催物会場ができましたが、歌の公演にも使えそうな高いステージのあるこのホールを避けて、私たちは催しをいつも教室でやることにしています。というのは、技術的に豪勢な施設を切り回すスタッフがまったくいないことと、高いステージからお話を拝聴するというのではなく、同じ床に立ってお互いの熱気を感じながら身近にお話いただく、というのが私たちの趣旨だからです。とはいっても、実際に議論を交わすのは難しいのですが、このように差し向かいの場にいることで、聴く方もその場でさまざまなことを受けとめ、それぞれに何かを持ち帰ることができると期待しています。

 宇沢先生の到着が少し遅れたため、冒頭で私がいい加減な説明をさせていただきましたが、後で確認したところ、当日の朝方、先生が多少体調を崩されたための遅延と分かりました。ここで、私の勝手な説明を訂正させていただきます。(ただし、先生は話の皮切りに、若い頃なじみのあった禅師の「役に立つ嘘はつけ」という名言を紹介されました。あれは私の即興のフォローだったのでしょうか?)
300_4302%2B.jpg

 予定では、前半に経済学から現在の〝経済〟をめぐる諸問題やそれと連動する社会問題について、後半は今年で改定50年になる日米安保条約と安保体制下の日本、そしてとりわけ沖縄について、お話いただくつもりでしたが、上記のような事情のため、必ずしもそのような流れになりませんでした。けれども、限られた時間のなかで、宇沢先生がいま私たちに伝えたいと思っておられることをお話いただけたことと思います。

 宇沢先生は昨年以来「普天間基地移転」問題をめぐって沸き起こってきた沖縄の自己表明に強く心を寄せられ、沖縄から米軍基地を撤去するという動きが高まるこのような時期に立ち会えることはたいへん幸運だ、とかねがね言っておられました。これは単に政治外交的問題というだけでなく、日本の社会の変化や世界の今後のあり方(とりわけアメリカ・システムの広がり)に関する広く深い先生の見方から発している関心だと私は考えております。今回は、あまり普天間の問題にふれることはできませんでしたが、お話が行き着く先にはこの問題へ眼差しがあったことと思われます。

 今回は、ゲンシケンという学生サークルの全面的な協力を得て、ユーストリームで実況を配信し、ツイッターで各地からのコメントを受けて、それを会場に流すという試みを行ってみました。このようなツールをどう使い、どう生かすことができるのか、今のところ摸索中ですが、今回協力してくれた学生諸君、それに、この企画に参加していただいた沖縄国際大桃原ゼミを始めとする全国各地の方々にお礼申し上げます。

 今回のお話の基調は「社会的共通資本」をめぐるものでしたが、この発想はいま危機的な情況にある現代社会の諸問題を考えるとき、まさに全世界にとってのバイブルのツボのようなものだと言えるでしょう。宇沢先生のお話を糸口に、ぜひ『始まっている未来』(内橋克人との共著、岩波書店、2009)『社会的共通資本』(岩波新書、2000)などをお読みいただき、われわれの生きる世界を考える糧にしていただけることを切望しております。
300_4311%2B.jpg
(写真撮影はフリー・ジャーナリストの牧良太さんでした。)

☆ユーストリームは以下のアドレスで見られます。まだ未整理ですので火曜(19日)以降にご覧いただければ幸いです。
 宇沢弘文と語る(前編)http://www.ustream.tv/recorded/10231233
 宇沢弘文と語る(後編)http://www.ustream.tv/recorded/10233263
「普天間基地移設問題に関する声明」記者会見での宇沢発言は以下で見られます。
 http://www.youtube.com/watch?v=sI0WGuj4yuY&feature=related
☆また、以下の稲垣正浩さんのブログに、宇沢先生のお話の〝さわり〟がみごとに紹介されています。http://inamasa.blogspot.com/

2010年10月30日

『骨の戦世』刊行

 これまで何回か報告した比嘉豊光の写真集『骨の戦世--65年目の沖縄戦』が、岩波ブックレットの一冊として刊行された。『世界』9月号のグラビアで紹介され、この写真を論じたいくつかの論文(仲里効、北村毅、西谷修)も掲載されたが、今回はそれに新城和博、宮城晴美、小森陽一のエッセーが加わり、34枚の写真が収録されている。ブックレットとはいえ、ていねいな作りで、写真もよく再現されている。
%E9%AA%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%B8%96.jpg
 この刊行と合わせるようにして明治大学のアカデミーコモン展示スペースで写真展が開かれているが(11月5日まで)、10月30日に予定されていたシンポジウムは、残念ながら台風のため中止になってしまった。 
 

2010年12月16日

『普天間基地問題から…』刊行

 前の書き込みから半月も経ってしまった。この間、12月5日(土)の比嘉康雄展第2回シンポジウムで3日間沖縄に行き、12月8日の未明から大学の催しのためイタリア・ボローニャに出張、そのついでにフランス・ナント(IEA-Nantes)に寄り、15日夜に東京に帰ってきた。沖縄は日中は25度近く、東京は15度前後、そしてポローニャは5度と、数日の間に温度のグラデーションを味わったが、ナントとパリの夜は氷点下だった。

 ボローニャでは、外大とボローニャ大学との共同セッションに、ヨーロッパに留学して博士論文を書いている学生を集めてのシンポジウムが組み合わされ、参加した学生たちには実りの多い会合になったようだった。
 エトルリアの時代から町があったというボーロニャは、11世紀に〝最古の大学〟の生まれた町でもあり、そこでピエール・ルジャンドルが強調してやまない〝ローマ法とキリスト教との結婚〟が果たされたという歴史がある。そんなわけで、大学街や法学部の年季の入った建物などを訪れるよい機会になった。

 ナントでは、高等研究所の今年度の滞在研究者の何人かに会ったほか、所長のアラン・シュピオが来年計画している「現代の労働」をめぐる一連のシンポジウムの打合せをしてきた。もちろん、背景になっているのはグローバル経済のもとでの世界的な労働事情の変質であり、日本の労働事情にも関心が向けられ、日本からも何人かが招待されることになりそうだ。ちなみにシュピオは、ILOのもとになった1944年のフィラデルフィア宣言に立ち戻り、その精神とはまったくかけ離れてしまった現在の労働事情を批判する著作を今年初めに出している。(Alain Supiot, L'esprit de Philadelphie : La justice sociale face au marché total, Le Seuil, 2010 ⇒英語紹介仏語紹介)

 着いた日(11日)に、そのシュピオの家でいっしょに食事をしたのが、New Left Review の創設者のPerry Andersonと、これは話をしているうちに分かったのだが、わたしにはたいへん馴染み深い Karl Kerenyi の娘 Cornelia さんだった。彼女も年季の入った考古学者で、壷の絵画などに関する優れた研究をしているという。Kerenyi の Dionysos の話から Perry Anderson のきわめて歯切れのよいオバマ批判などもあって、なかなかに楽しく印象的な一夜だった。

* * *

 不在にしているうちに、秋口に準備していた『普天間基地問題から何が見えてきたか』が岩波書店から刊行された。これは、去年から今年にかけて揺れ動いた民主党政権の沖縄政策の「迷走」のなかで、経済学者の宮本憲一さんらを中心に「普天間基地移設問題に関するアピール」が二度にわたった出されたが、そのアピールの主旨をグズグズの政治状況の流れに呑み込まれるままにしてはならないという意図から、呼びかけ人の有志が現在の状況の中で考えるべきことをそれぞれにまとめた論文集である。
51ZP-MVGHVL._SL500_AA300_.jpg
 
 宮本さんは去年、川瀬光義さんらと、環境経済や財政学の観点から、沖縄が基地と引き換えの補助金漬けといういびつな財政状況から脱却し、環境保全の課題にも向き合いながら経済的自立を図るためにはどうすればよいのかといった問いを立てて、沖縄の経済と社会の改革のための画期的な提言をした『沖縄論』(岩波書店)を刊行しているが、その流れの上に立って「普天間基地移設に関するアピール」でもつねに先頭に立ってこられた。
 
 今度の論集にも、米軍基地があることによる沖縄の環境問題や歪んだ財政状況についてのコンパクトな報告もあり、また、現政権がいまや自民党時代の「自発的隷従」どころか、輪をかけた「なしくずしの盲従」に陥っている状況の中で、日米安保や東アジアとの関係をどう構想するのかといった展望について、きわめて啓発的な論も含まれている。

 民主党は菅を代表に選んで、ここ半年のうちに政権交代のあるべき内実をすっかりドブに流してしまった感がある。物議をかもした〝尖閣列島問題〟や〝北方領土〟や〝朝鮮半島有事〟に直面して、この政権はなすすべもなく日本をアメリカの狡猾な〝保護〟のもとに駆け込ませたが、この一連の出来事はいうまでもなく米軍基地と不可分の〝沖縄問題〟と直結している。だからこそ、〝沖縄問題〟は〝沖縄の問題〟なのではなく、〝日本の問題〟それも日本の政治が抱える枢要の問題なのである。それへの真剣な取り組みこそが日本の政治に将来への展望をもたらす、というのがこの本に一貫した構えである。

 諸般の事情からわたしも、宮本憲一さん、政治学者の遠藤誠治さんとともに本書の編者ということになっているが、わたしはやる気はあったものの、この間ほかにも沖縄関係の案件に関わっていて(フォトドキュメント『骨の戦世』など)、実質的にはほとんど貢献することができず、お二人と、とりまとめをされた『世界』編集長の岡本厚さんにすっかりおんぶする形になってしまった。この点では忸怩たるものがある。

2010年12月19日

もうひとつの比嘉康雄(本と展示会)

 去年、伊豆に開館した杉本博司設計のIZU PHOTO MUZEUMで、1月23日から5月8日まで「母たちの神--比嘉康雄展」が開かれる。スペースは狭いが、内容はいま那覇の沖縄県立美術館で行われているものと同じだとのことだ。この展示を本土で見る機会がえられるのはうれしい。4月10日には、那覇では実現しなかった阿満利麿さんの講演もある。以下参照⇒IZU PHOTO MUZEUM

 また、いま未来社から仲里効・倉石信乃監修で沖縄写真家シリーズ[琉球烈像](全9巻)が出されているが、その第3回配本で『比嘉康雄写真集・情民』が刊行された。
%E6%83%85%E6%B0%91.jpg

 比嘉さんはただ祭祀の写真家だったというわけではない。
 最初の写真集『生まれ島、沖縄』に始まるその活動が示しているように、まずは沖縄の日常を撮り、沖縄が日本に復帰すると今度はその日本とは何かをカメラで確かめようとし、その後にはアメリカ行きを企てていたという。だが、ふとしたきっかけから離島の祭祀(宮古島のウヤガン)にふれて震撼され魅了されて、それ以後島々の祭祀の撮影にのめりこんでいった。だが、基本は沖縄に人びとの〝生〟の実相を撮ることにあったといってよいだろう。祭祀はその人びとの生存の持続を支えてきた核心のようなものだった。

 比嘉さんは、それが失われつつあったからこそ急いだのだろう。
 しかしその傍ら、日常を生きている人びとの姿をも撮り続けた。それは沖縄の人びとだ。ということはつまり、過酷な戦争に翻弄され、凄惨な地獄を見、それを潜ってなお神々を祀って生存を支えながら、アメリカ世を、そしてヤマト世を生きてきた人びとだ。その表情を比嘉さんは一枚の写真に収める。それぞれ一枚の物言わぬ写真に、歴史と交錯した人生が凝縮されている。それが「情民」であって「常民」でないのは、「常」の無常に流してしまうには、この島に生きるということが、あまりに濃厚な思いをそれぞれの人のたたずまいに沈殿させているからだ。

 第1回配本の『大城弘明写真集・地図にない村』と同様に、この巻も仲里効が解説を書いている。そのとくに後半部分には、比嘉さんの筆舌に尽くせぬ過酷な〝戦争体験〟を踏まえて、この写真家が「情民」に託した、そしてまたかれを神々の世界におもむかせた、深くゆるぎないモチーフが明るみに出されている。もちろんそれは仲里による〝解読〟ではあるが、その解読をまって初めて、比嘉康雄の写真の〝写真を超えた〟意味を読者はあらためてかみしめ、この写真家の〝求道〟の深さを思いをはせることになる。

 ぜひ、この写真集も手に取り、仲里の解説を読みながら見てほしい。
 この間、折にふれ比嘉さんのことを考えてきたが、あらためて比嘉康雄という人の偉大さを思う。また、ここ数年の仲里効の仕事にも目覚ましいもものがあるが、沖縄の映像表現者たちはこのような稀有の〝見者〟をえて幸運だとも思う。

2011年1月 7日

アラン・カイエ『功利的理性批判』

 去年の2月、わたしたちの科研グループが日仏開館の協力で開催した企画『〝経済〟を審問する--MAUSSとともに』にフランスから招聘したアラン・カイエの仕事の初の翻訳ができあがり、もうすぐ書店に並ぶようだ。
%E5%8A%9F%E5%88%A9%E7%9A%84%E7%90%86%E6%80%A7%E6%89%B9%E5%88%A4.jpg

 カイエは現在パリ第10大学(ナンテール校)の社会学教授だが、フランスですでに四半世紀以上の活動歴をもつ「社会科学における反功利主義運動」(MAUSS-Mouvement Ant-Utilitalistes en Sciences Sociales)の代表として知られている。この運動は1980年代の初め、ヨーロッパではすでに浸透著しかった社会科学一般における経済学モデルの席巻に対抗して組織され、社会科学を人類学的基礎の上に置き直そうとするもので、現在も続いている。

 経済学モデルの背後には、近代以来人間の活動を功利性によって価値づけようとする一般的傾向があり、功利性評価は利益換算に還元される傾向をもつ。社会的事象を経済学モデルで語るという現代の傾向は、結局、この功利主義に根ざしているということだ。

 だがフランス社会学には、マルセル・モースという巨匠がいた。モースの最大の貢献は商品経済とはまったく違って、富の流通や分配が贈与を基礎とした「与える・受け取る・返す」という三重の義務によって成立つ社会関係があるということを明らかにした点にあった(『贈与論』)。そこでは、役立つことや利益追求は社会の動力ではない。誰の提案だったかはもうわからなくなったとカイエは言うが、彼らの始めた知的運動の略称は、奇しくもこのモースの名の語呂合わせになっている。

 今回、翻訳の出る『功利的理性批判』は、功利主義的社会の考え方の批判的分析によってその限界を示すという趣旨だが、1989年に最初の版が出て、2003年に改訂版が出ているこの本は、カイエの基本的考えを呈示したものというだけでなく、約20年にわたるMAUSSの活動の集約にもなっている。

 去年作品社から出て評判になったセルジュ・ラトゥーシュの『経済成長なき社会発展は可能か、〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学』(中野佳裕訳)があるが、ラトゥーシュもMAUSSの主要メンバーである。ラトゥーシュの主張は直截で、ヨーロッパのオルタナティヴ運動のひとつの理論的軸にもなっている。

 カイエの仕事はラトゥーシュほど直截ではないし、彼は〈脱成長〉とすっきり言い切ることには批判的である。そこには民主主義の問題が絡んでくるからだ(これは簡単には要約しにくい)。去年の企画でも、フランスからどちらを呼ぼうかと迷った末、まずはカイエを呼んで議論を深めてから、ということにしたが、幸いにして夏には日仏開館の招きでラトゥーシュも来日した。

 ヨーロッパの現代思想を考えるとき、MAUSSの仕事は重要だと思うのだが、日本ではこれまでほとんど言及されてこなかった。ただ、経済思想の領域でラトゥーシュの訳者の中野佳裕がその仕事をフォローしていた。わたしも現代フランス経済思想の系譜をたどるのに、中野の論文を参照させてもらった。

 わたしが昔からなじんでいるジョルジュ・バタイユは、はやくから「功利性(有用性)」を問題にし、30年代初めに論文「消費の概念」を書いてから20年の歳月をかけて『呪われた部分』(1948年)を書いた。その別ヴァージョンの草稿もいまでは『有用性の限界』(ちくま文庫)として翻訳が出ている。カイエの仕事は、そのバタイユが核心をわしづかみにして考えたことと響きあいながら、現代の社会科学の根幹に導きいれようとするものだとも言える。

『功利的理性批判-民主主義・贈与・共同体』(藤岡俊博訳、以文社刊)。本が書店に並ぶのは1月15日前後とのこと。

2011年1月14日

イヴェント記録集+次回企画

★昨年、一昨年の科研イヴェントの記録集『クローバル・クライシスと〝経済〟の審問』は、好評のため残部が無くなっていましたが、新たな要望があったため、PDF化して西谷のホームページからダウンロードできるようにしました。
 今回、PDFファイル化したのはグローバル・スタディーズ・ラボラトリー編の以下の二件です。
1)『クローバル・クライシスと〝経済〟の審問』(2010年刊)-単一ファイル
2)『沖縄・暴力論 2007』(2008年刊)-3つの分割ファイル
 2)は未来社刊の『沖縄・暴力論』(仲里効・西谷修編 2008年)とかなり重複しますが、刊行本では割愛した資料なども含まれています。
 なお、1)も主要部分を単行本として遠からず刊行予定です。
 以下のサイトで入手できます-→〈西谷修Web〉

[ただいま、ホームページへのアクセスに支障が出ているようです。回復するまでしばらくお待ちください。--1月17日追記]


★また、これらの企画の延長線上に、2011年3月6日(日)に新しいイヴェントを準備しています。
 2008年秋のアメリカ発世界金融恐慌でほとんど〝国家破綻〟に陥ったアイスランドのドキュメンタリー映画を素材に、再度グローバル経済秩序について考えてみようというものです。
 この極北の火山とオーロラの国は、2000年代初頭の金融資本主義全盛の時期に〝金融立国〟をめざして--ひと頃、日本でもそんな掛け声が聞かれました--夢を見、あえなく破綻して国を売るほどの負債を抱える羽目になりました。
 その一方で、人口30万余の北大西洋の孤島であるため、遺伝子研究に格好の環境だということで、国民の遺伝子を〝資源〟として英米のバイオ産業に〝売る〟といった試みまで生じています。しかし、そんな先物投資に火山の怒りが爆発し、噴き上げる火山灰でヨーロッパの航空網が麻痺したことは、まだ記憶に新しいでしょう。
 グローバル経済と大国(米英)の恣意に翻弄されたこの国は、しかし今、その経験を肝に銘じ、グローバル世界秩序の内幕を暴いて物議をかもす情報サイト、ウィキリークスに拠点を提供しています。
 〝極北のナヌーク〟ならぬ小国であるがゆえに、グローバル世界の諸現象を身をもって一点に集約的にあぶりだしてしまったアイスランド、その〝破綻〟の経験と〝さ迷い〟を映像化したグンナル監督を招いて、グローバル世界秩序について考える企画です。

 題して〝君はオーロラを見たか--グローバル化の光と闇〟(???) 
Eldgos2.jpg

 なお、この企画は、夏にヨーロッパ異端派経済学会に参加した科研メンバーの中山さんが問題の映画を発見、監督とも会ったことから始まったもので、映画の字幕付けが終わり、現在、鋭意準備中です。詳細は確定ししだいまたお知らせします。


 

2011年2月11日

GSL2011企画「君はオーロラを見たか」のお知らせ

《君はオーロラを見たか--アイスランドの天国と地獄》
Iceland%2012%27.jpg

 かつてバイキングが住み着いたといわれる最果ての島、氷河に覆われた火山とオーロラの国アイスランド--この国は90~00年代のグローバル化と金融自由化の流れの中で、新自由主義の処方箋に従って〝金融立国〟を目指し、国ごと投機に投げ込んで一場の夢に酔ったあげく、2008年秋の世界金融恐慌であえなく〝国家破産〟してしまいました。
 それだけでなく、孤島ゆえに遺伝子サンプルの貯蔵庫とみなされ、住民の遺伝子まで〝資源〟としてバイオ産業に売り渡そうとしたのです。
 漁業権から遺伝子まで、自然の恵みと歴史の産物を、丸ごと市場の濁流に投げ込もうとする天をも恐れぬこの振る舞いに、島の神々の怒りが爆発したのか、去年は氷河火山の吹き上げる噴煙がヨーロッパの上空を広く覆って航空網を麻痺させました。
 M・フリードマンの口車に乗り、グローバル経済と大国(英米)の恣意に翻弄されたこの国は、しかし今、その破綻の経験を肝に銘じ、バイキング崩れの男たちに代わって政権に就いた女性首相のもと、世界秩序の内幕を暴いて物議を醸す情報サイト、ウィキリークスに拠点を提供しています。

 極北の小国であるがゆえに、グローバル世界の病理を凝縮するように身をもってあぶり出してしまったアイスランド、その〝破綻〟と〝さ迷い〟を映像化したグンナル監督を招き、その作品『溶けてしまった氷の国は…』を観ながら、経済の金融化から、生命の資源化、情報の民主化まで、グローバル世界の熱いトピックについて、メディア・情報の現場で活躍する方々を迎えて議論します。
 
 一昨年の「ウォールクラッシュのさなかに-金子勝を迎えて」、昨年春の「〝経済〟を審問する-MAUSSとともに」、秋の「宇沢弘文と語る-始まっている未来」に続く企画です。

 ご来場をお待ちしております。
 
日時:2011年3月6日(日)12:30-17:30
場所:東京外国語大学、研究講義棟1F 115教室

第1部 映画『溶けてしまった氷の国は…』上映+トーク 12:30-15:00
    Gunnar Sigurdsson 監督
    桜井均(元NHKプロデューサー、映像ドキュメント.com代表)
    中山智香子(東京外国語大学)

第2部 シンポジウム 15:15-17:30
    伊藤盡(信州大学、日本アイスランド学会員)
    中野真紀子(デモクラシー・ナウ!ジャパン代表)
    西谷修(東京外国語大学)
    某金融経済専門家(サプライズです!)
 司会:中山智香子

 入場無料、予約不要
 
問合せ:東京外国語大学大学院共同研究室506(Global Studies Laboratory)
Tel&Fax: 042-330-5439 Mail: gsl506@hotmail.com
★以下のチラシ(表・裏)はクリックで拡大します。
Iceland%2012.jpg

2011年3月 3日

もう3月、週末の催しへのお誘い

 常套句ほどのつきなみな真実はない、と思いつつ、あっという間に3月になりました。大学教員にとっては年度末の成績評価や一回目の入試が終わって(まだ後期日程というのがある)一息つくところですが、今年は勤務先大学の事情があって、多くの人はこの時とばかり駆け込みの業務に追われています。わたしはいくつかの原稿他の処理案件が滞り、ブログの更新もままなりませんでした(この間、世の中も、いろいろな方面で大わらわのようです)。

 さて、3月6日(日)のイヴェント「君はオーロラを見たか? アイスランドの天国と地獄」が近づきました。明日は到着するグンナル監督との最初の会合です。

 グローバル経済、金融破綻、ウィクリークスなどにご関心をお持ちの方はぜひご来場ください。お待ちしております。今発売中の雑誌『現代思想』2001年3月号に、今回の企画の立案者でシンポジウムの司会を務める中山智香子さんの論文「レントで暮らすヴァイキング? アイスランドの破産が示すもの」が掲載されています。ご参照いただければ幸いです。また、日本にも紹介された永瀬正敏主演の映画『コールド・フィーバー』を観ると、アイスランドの雰囲気がよく出ていて興が乗るかもしれません。なかなか美しく振るった作品です(フリドリック・トール・フリドリクソン監督、永瀬正敏主演、86分、2003年)。
 
 この時期はいろいろと催しもあり、わたしも掛持ちしたいところですがそうはいきません。ただ、わたしが行けないとしても、行きたいところをいくつた挙げておきます。

●3月3日(木)13:00~17:00 「映画美学校」新校舎内覧会
渋谷ユーロスペースのあるビルがシネマ・マルチプレックス「KINOHAUS」としてリニューアルOPENするそうです。これからの映画文化の拠点となりそうです。アテネ・フランセ文化センターの松本正道さんから案内がありました。映画美学校は⇒こちら

●3月4日(金)19:00~21:00 渋谷区女性センターアイリス
映像とトーク:〝標本〟にされた先住民女性~サラ・バートルマンの生涯と〝帰還〟
200年前、見世物のようにしてヨーロッパに連れてゆかれ、死後は解剖され、脳と女性器はホルマリン漬けで保存されて、骨格標本などとともにパリの博物館で1970年代まで展示されていたサラ・バートルマンの遺骸が2002年故郷に戻されて埋葬された、その逸話を南アフリカのゾラ・マセコが映像化したもの。去年12月に外大AA研で一度上映されたのですが、その折に観られなかった映画。AA研アフリカ研究の永原陽子さんが解説してくれます。

●3月5日(土)13:30~17:30 京都大学吉田南キャンパス
京都大学大学院 人間・環境学研究科で行われるロベルト・エスポジト(イタリア国立人文科学研究所副所長)の講演会「〝装置〟としてのペルソナ--人格の脱構築と三人称の哲学」。これはイタリア美術や現代思想に造詣の深い岡田温司さんの企画で、岡田さんの紹介によればイタリア思想はいまとてもおいしそうで、できれば顔を出したいところです(日程的に無理ですが)。

2011年3月17日

この時期に、馬鹿げた選挙をやめさせよう!

 昨日から、町のあちこちに統一地方選のポスター掲示板が置かれ始めた。被災地域の選挙を延期することは決定されたようだが、被災地だけ延期して、あとの地方は選挙にうつつを抜かしていいというのだろうか。この判断(あるいは判断のなさ)には開いた口がふさがらない。
 
 被災地では、ライフラインの復旧が求められ、道路輸送をしなければならないが、ガソリンもなく、物資が届かない。舞い戻った冬のような気候の中で支援を待つ人々が50万近くいる。

 その一方で、福島第二原発ではすでに三機が水素爆発を起こしており、14日からメルトダウンも始まっているというニュースもある(原子力情報資料室)。最悪の事態に備えなければならないのに、政府総務省はいったい何のつもりでいるのか。
 
 いまやるべきことは、この事態に万全の備えをすることと(万全といっても、たぶん退避するしかないが)、国を挙げて被災者の救済支援にあたることである。誰が選挙に身を入れられるというのか。この〝国難〟を忘れて選挙をするというのだろうか。

 12日の中越に続いて、昨日、糸魚川静岡構造線のほぼ真上で震度6の地震が起きた。東北太平洋の大地震を起こしたプレート境界のちょうど反対側だ。そして多くの人が気づいているように、この構造線のすぐ近くに浜岡原発がある。これもすぐに止めるべきだろう。構造線が活性化しているからだ。中部地方の〝計画停電〟も仕方がない。福島についで浜岡も、となったら、ほんとうに日本は壊滅しかねない。この断を下せるかどうかで、政府に対する信頼はまったく変わる。それをしようともせず、統一地方選を予定通り実施するとは、この状況下で批判はしたくないが、最低限の判断はやってほしい。

2011年5月28日

『"経済"を審問する』刊行

 長らく手間どっていた『"経済"を審問する--人間社会は"経済的"なのか?』(せりか書房)がようやく刊行の運びとなりました。書店に並ぶのは6月1日過ぎのようです。
%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%95%8F%2001.jpg

 帯には、「2008年秋の世界金融恐慌とは何だったのか。アメリカの軍事・経済両面における覇権の崩壊は世界をどう変えるのか。2世紀にわたって世界を席巻した産業技術経済システムの命運を検証しながら、折から襲った大災厄の後に、ありうべき社会の〝復興〟の原理を問う」と記しました。
 この数年間、〝経済〟とはどういうものかを問いただしながら、協力者たちと続けてきた活動の記録と批判のビジョンをまとめたものです。巻頭に、『現代思想』2009年8月号に発表した「経済学の倒錯」を大幅に加筆修正した「経済学は何をしてきたのか--経済・産業技術システムの興隆と破綻」を収録しました。
 今度の大災害は、それが原発事故を引き起こしたこともあった、「もはや日本は以前のようではありえない」と多くの人びとに思わせましたが、ささやかながらこの本が、「これから」の日本と世界を考えるよすがになれば、と期待しています。よろしかったら手にとって見てください。

---------------------------------
 以前このブログで二度にわたってコメントしたNHK広島制作の番組『封印された原爆報告書』が、2011年度の科学ジャーナリスト大賞に選ばれました。日本科学技術ジャーナリスト会議が出している賞で、受賞理由は「原爆被災者に対して日本自らがおこなった医学的調査の報告書を、密かに米国に渡して核戦略に利用されていたという驚くべき事実を掘り起こし、スクープ・ドキュメンタリーしてまとめあげた見事な作品」となっています。
 現在の原発事故の状況とも切り離して考えられない番組で、この機会に再放送がまたれます。
 ★番組ホームページ
 ★〝自発的隷従〟原爆編(1)(2)

2011年6月23日

シンポジウム《核と未来》のお知らせ 7/16(土)

 東京外国語大学グローバルスタディーズ・ラボラトリー(GSL)では、以下の要領で《核と未来》をテーマとするシンポジウムを開催することになりました。今回の福島第一原発の事故だけでなくチェルノブイリでも取材をリードしてきたフォトジャーナリストで『Days Japan』編集長の広河隆一さん、若い世代で独自の思想的批判を展開する萱野稔人さんをお招きし、われわれの側からは国際政治学の土佐弘之、経済思想の中山智香子、そしてわたし(西谷)が討議に参加します。関心をおもちの方はぜひお運びいただけると幸いです。

日時:2011年7月16日(土) 15:00~18:00
場所:東京外国語大学 研究講義棟226教室
ゲスト:広河隆一(Days Japan 編集長)
     萱野稔人(津田塾大学)
討論者:土佐弘之(神戸大学)
     西谷 修(東京外国語大学)
     中山智香子(〃)
*全体を二つのセッションに分け、前半は広河さんの報告を軸に、後半は萱野さんの報告を軸に議論を行います。
*ustream配信、twitter(genshiken_tufs)
%E6%A0%B8%E3%81%A8%E6%9C%AA%E6%9D%A5%200.jpg

[趣旨]

〈核〉技術は人間に無限の可能性をもたらすと言われてきました。けれども、この技術の出現によって人間の世界はどう変わったのか、その生々しい現実を私たちはいま目の当たりにしています。

 活断層を制御できないように、自然の猛威を避けることはできません。それは現代の人間社会に組み込まれた〈核〉施設をも巻き込みます。にもかかわらず、日本の社会は、後先顧みず、〈安全〉のキャンペーンに漬かり、この「エネルギーの打出の小槌」を振ってきました。

 しかし問うべきでしょう。〈核〉とは人間にとって何なのか。無限の可能性なのか、それとも出口のない災厄なのか。そして、何が、あるいは誰が、〈核〉を必要としてきたのか。

 これまで私たちの前に透明に開かれていた〈未来〉は、いまやあらかじめ汚染され、不透明に覆いかぶさってきます。そのなかで人間は、御しがたく、限界を超えるものを、限界内に収めるべく日々の努力を続けてゆかねばなりません。

 いったん作り出してしまった放射性物質が人類よりも長い寿命をもつ以上、われわれの未来はいずれにしても「核との未来」です。では、どうしたら〈明るさ〉を取戻すことができるのか。光を産むのは強烈な破壊のエネルギーだけなのか。目を晦ませ人を盲目にするまばゆい光のほかに、明るみをもたらす道はないのか。〈未来〉をいかにして生きうるものにするのか、それがいま問われている文明的課題です。

 私たちは三年前、《核と現代》を討議する機会をもちましたが、それを継承しつつ、いまあらためて《核と未来》を論じようと思います。

-------------------------------------------------------
*「核技術のゆくえ」(2)以下は追って掲載します。

2011年7月13日

16日シンポ《核と未来》の準備進む

 土曜のシンポジウムの準備のために、先週金曜の夜、キエフ出張帰りの中山さんとともに、都内某所で萱野稔人さんと打合せをし、そのときYouTube担当の学生がビデオ収録したものが、YouTubeに上がっています。舞台裏のヨタ話ではありますが、どうぞご覧下さい。
 ★YouTube「萱野稔人×西谷修、―「核と未来」に臨んで―」です。

 また、昨日火曜の夜、Days Japan 編集部近くのカフェで広河隆一さんとも打合せをしました。Days Japan の人事案件や毎号の編集作業を抱えながら、そのうえ校了間際の本のゲラを抱えた広河さんは、さすがにお疲れの様子でもありました。しかし、あれほど警告してきた「大惨事」が現実のものになってしまい、チェルノブイリを知り尽くして「フクシマ以後」が、つまり「われわれの未来」が見えてしまうだけに、無念さと怒りを秘めて、馬車馬のように活動しておられる様子がうかがわれます。
 16日のシンポジウムが終わったら、すぐその足で福島に入り、17日に予定されている「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」による「こども福島情報センター/市民放射能測定所」の設立講演に備える、とのことです。
 広河さんは「チェルノブイリこども基金」を設立し、チェルノブイリの子供たちや母親たちの支援活動に尽力してこられましたが、今回、その経験を生かし、国によって放置されている福島の子供たちを守るための活動にもイニシアチヴを発揮しておられます。

 また、5月末に小学館から出版された『暴走する原発』は、「チェルノブイリから福島へ、これから起こる本当のこと」をテーマとした必読の本です。この本の版権はすべて上記の「こども福島情報センター・市民放射能測定所」のために使われるそうです。
 義捐金が日赤に集まってもろくな使われ方はしません。まだ配布も進まないし、最後は余って記念物でも作って終わりです。篤志は身のある使い方をしてもらいましょう。

 以下に、いくつかの関連サイトをあげておきます。

 ★ Days Japan
 ★こども福島情報センター・市民放射能測定所
 ★こどもたちを放射能から守る福島ネットワーク・イヴェント情報
 ★チェルノブイリこども基金

2011年7月18日

《核と未来》盛況御礼(+追加)

 7月16日(土)のGSLシンポジウム《核と未来》は、折からの酷暑の日でしたが、いつものように調布や三鷹など近隣の市民の方々、それにGSL企画にいつも関心をもってお運びいただける方々、そして学生や卒業生諸君などの参加をえて、226教室がいっぱいになる盛況のうちに実施することができました。

 お忙しいなか、お時間を割いて講演をいただいた広河隆一さん、萱野稔人さん、それにわれわれのメンバーではありますが、神戸から日帰りで参加し的確なコメントをいただいた土佐弘之さんに、あらためてお礼申し上げます。

 《核》はそこに人間の《未来》がかかるほど全面的な問題であるため、これを取り上げて論じようとするときわめて多角的なアプローチが必要になります。けれども今回は、むしろそのことを強調して、われわれが直面する課題をまずわしづかみにするために、現在の福島原発事故の実際の《核汚染》状況を、チェルノブイリの経験をベースに取材し、もっとも危険にさらされるこどもたちの支援のための活動にもいち早く取り組んでおられる広河さんの報告をいただき、もう一方で“脱原発”論議が起こるなかで、“核発電”の社会構造的な意味を批判的に検証し、将来の展望を提起する萱野さんの報告をいただきました。そして、その課題の広がりをさまざまな角度から、土佐、中山、西谷が繋ぎながら広げてゆく(埋めてゆく)というかたちで議論を行いました。
 
 また、5月15日ごろ放映されて大きな話題になったNHK・ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」の制作スタッフの七沢潔さんも来場され、取材した汚染地域の状況や情報コントロールの問題などについて、会場から発言していただきました。なお、七沢さんは『世界』8月号にたいへん興味深い取材ノートを寄稿しておられます。また、今週の土曜に、この番組をめぐって七沢さんと木村真三さんのトークが明治大学であるようです。

 [22日追加]シンポの様子はこんな具合でした。
300_7314%27-2.jpg

300_7340%27-2.jpg

300_7371%27-2.jpg
(撮影はフリージャーナリストの牧良太さん)

 約220名の皆さまのご参加をいただきましたが、パレスチナやチェルノブイリでも「こども基金」作って支援にあたってこられた広河さんが、福島のこどもネットなどと協力して市民放射線測定所を作るという趣旨に賛同し、会場出口で篤志を募ったところ、約15万円の寄付が集まりました。この募金は22日(金)にわたしたちがDays Japanの事務所に広河さんを訪ねて直接手渡ししてきました。ご協力たいへんありがとうございました。

 今回のシンポジウムも、遅くならないうちに記録を制作する予定でおります。

2011年9月13日

『世界』10月号とナオミ・クライン

 『世界』10月号の「覇権国家アメリカの凋落--〈9・11〉10年後の現実」特集に、「〝自由〟の劇薬がもたらす破壊と荒廃」という文章を寄せました。岩波書店から刊行されたナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン--惨事便乗型資本主義の正体を暴く』の紹介をかねて、「アメリカの戦争」の10年を総括したものです。ご参照いただけたら幸いです。『ショック・ドクトリン』は上下2巻の大部の本ですが、カナダの若い女性ジャーナリストの手になる圧巻の現代史のサーヴェイです。
%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3.jpg

 『世界』ホームページに以下の「著者のことば」(西谷)と梗概が掲載されています。

 9.11から10年、アメリカは「テロとの戦争」に失敗して、アフガニスタンやイラクに暴力的な混迷を作り出した。ニューヨークでどんなセレモ ニーを行おうと、「アメリカの戦争」のために命を落とし運命を翻弄されたアジアの何十万何百万の人びとは、何の慰めを受けることもないだろう。
 ところがこの戦争の「失敗」にもかかわらず「成功」したこともある。それは「ショック・ドクトリン」の適用であり、「衝撃と破壊」に便乗して 「規制」を撤廃し、国富を「自由化」された市場に流して吸い取る、社会的資産の「民営化」である。アメリカが政治的に失敗しても、この国家を操縦 する企業家たちはみずからの目的を果たしている。それを暴き出したのがナオミ・クラインの本だ。
 ミルトン・フリードマンの広めた新自由主義は、市場の「自由」を実現するために、戦争や体制崩壊や災害による社会の崩壊に便乗する。「破壊」は 社会調整のためのあらゆる規制や慣習を一掃し、市場の「自由」を実現する好機なのだ。けれども、そこで利益を得るのは、心をもたず利己的な収益だけを求めて活動する市場のプレーヤーとしての企業である。
 日本の震災後の「復興」も、外部資本の跳梁する「自由化」の機会にさせてはならないだろう。それは被災地の人びとをさらにもうひとつの「被災」 にさらすことになる。

2011年9月26日

ムスタファ・サイッド福島に奏でる

 諸般の事情から、お知らせが間際になりましたが、ムスタファ・サイッド ボランティア・コンサート「福島に奏でる」のお知らせをさせていただきます。

20110922044128.jpg

 レバノンの大学で教えるエジプト人のウード奏者でムスタファ・サイッドという人がいます。両親がかつてイスラエル軍の攻撃で(73年の第4次中東戦争)劣化ウラン弾を浴びたため、兄弟ともに盲目で生まれ、ムスタファは音楽家になりました。

この春のエジプト民衆蜂起のときには、祖国の変動にいてもたってもいられず、タハリール広場に駆けつけて後に革命歌となる曲を演奏、それがBBCアラビックでも放送されました。

 その障害にもかかわらず、というよりおそらく視界の開く距離にとらわれないがために、かれはみずから動き、人びとの息吹の満ち溢れるその場所に身を置いて音楽を奏でます。

そのかれが、福島の原発被曝の悲劇を聞き、どうしても福島に自分の音楽を届けたいという思いを抱いて自費来日を決めました(去年、トリオで来日しています)。そして福島と東京での非公式ボランティア演奏会が、友人の音楽家(サックス奏者)仲野麻紀さんの奔走と、立命館大学の渡辺公三さんの尽力で実現することになりました。

 最近『贈与論』のマルセル・モースの読み直しに力を入れている人類学者の渡辺さんは、『“経済”を審問する』でも協力いただいたわたしたちの研究仲間です。

 サイッドさんは昨日来日し、28日、29日に福島で、そして30日には東京でコンサートを行います。日程は以下の通りです。みなさま、ぜひお運びの上ご鑑賞ください。すべて入場無料です。
 
1) 9月28日(水) 福島市飯野町、天台宗東聖山醫王寺 五大院、11時および13時
2) 9月29日(木) 南相馬市原町区本町 銘醸館 18時開場、18時半開演
3) 9月30日(金) 東京都、門前仲町、 門仲天井ホール 18時半開場、19時開演
 なお、30日には演奏後、アラビア文学の山本薫さんを司会に、西谷とのトークがあります。
 
 PDFのチラシを添付しますので、詳細はそちらをごらんください。
 ファイルをダウンロード

★BBCアラビックでの放送をyoutubeでも見ることができます 
 http://www.youtube.com/watch?v=Wg0vw1Tpz6c&NR=1
 その他のライブも http://www.youtube.com/watch?v=lksAB0EirVE

2012年3月 1日

BBCによる原発事故"最初の一週間"

 友人から、BBCの放送した福島ドキュメンターがYoutubeに上がっていることを教えてもらった。
 "BBC This World 2012, Inside the Meltdown"だ。59分の枠に、3月11日以来一週間余の福島第一原発の出来事とその波紋を、エッセンスを押さえてじつにコンパクトにまとめている。さまざまな意図のせめぎあいのなかで、過剰とは言わないが溢れるように作られる国内メディアの番組に対し、距離をとったところから冷静に作られたいかにもBBCらしいこのドキュメンタリーは、情報とイメージの断片の錯綜を大筋から整理するうえでも、一見に値すると思われる。誰かが必要なところだけ字幕をつけてくれるとありがたいだろうが。
 以下で見られる⇒http://www.youtube.com/watch?v=IwBELPtVUCA

2012年5月16日

ETV特集「テレビが見つめた沖縄...」

 5月13日(日)の夜、NHK教育テレビで「ETV特集、テレビが見つめた沖縄・アーカイヴ映像からたどる本土復帰40年」が放映された。

 4月25日にアップした「40年後、若い世代の"I'm Okinawan"」は、じつはこの番組の収録過程での所感である。実際にそう言ったのは、この番組でわたしと共にナビゲーターを務めた知花くららさんだった。できあがった番組では終りの方、辺野古での場面にこの発言が出てくる。

 自分も出演した番組で、事前に告知するのは気が引けたが、この番組の制作スタッフの重ねた労と工夫、出来上がった番組の内実を見ると、やはり多くの人に見てほしいと思う。ダイレクトに「復帰40年」を扱ったドキュメンタリーではない。半ば眠っているテレビ・アーカイブを掘り起こして、テレビは沖縄をどう伝えてきたかを振り返りながら、「復帰40年」を問い直すという作りだ。

 NHK放送文化研究所の『放送メディア研究』第8号(2011年3月)に発表された七沢潔論文「記録された沖縄の"本土復帰"―「同化」と「異化」のはざまで―」がベースになっており、同じ号に「現代史ドキュメンタリーの展開―「戦争責任」をめぐる番組の分析から―」を発表している東野真も製作スタッフに加わっている。その意味で放送文化研究所発の番組だといってよい。

 だから、40年にわたる「復帰後」の出来事をじかにたどるというのではなく、テレビ・メディアについての自己批評が入っている。番組が沖縄報道の草分けともいうべき森口豁さんのインタヴューに始まり、最後も森口さんのコメントで終わるのも、その反映だといえる。当初のプランはそうではなかったが、まとめあげてゆく結果そうなったということだ。番組では『沖縄の18歳』が使われたが、「復帰」ということで言えば、『激突死』というきわめつけの作品もある(これについては仲里効『オキナワ、イメージの縁』未来社刊に詳しい)。

 わたしも外大での授業の収録から始まって、森口さんへのインタヴュー、5日間にわたる沖縄ロケ、最後にナレーションの収録と、製作過程につきあった。那覇では、40年前の「沖縄返還」をめぐる番組で平和通りの街頭討論に参加していた二人の人物に、40年ぶりに同じ場所に来てもらいその感想を聞くという場面も収録した。この場面は40年の時をダイレクトに凝集してたいへん興味深いものがあったが、この二人が共に、来月に予定されている沖縄県議選に関係していることがわかり、公正さに配慮して残念ながら使えないということになった。

 使われなかった部分を言えば、かつてコンディション・グリーンというハードなロック・バンドで鳴らした「オキナワン原人」カッチャンと、コザの夜の街をヤンキーを振り向かせながら大声で歌って歩いた幻のシーンは、個人的には忘れがたい。

 ともかく、扱うドキュメンタリーも精選し、収録した場面も厳しく取捨選択し、長い会話や座談もポイントを拾って、すべてを1時間半にまとめあげる。4、5人の製作スタッフが連休返上で1秒1秒のカットを入れ替え差し替えしながら凝縮したものである。そこにあらゆるたぐいの目配りと繊細な配慮が込められている。

 5月20日の日曜日、午前0時50分(つまり土曜の夜中過ぎ)から再放送がある。
 番組ホームページはこちら

[追記]
 昨日の「復帰40年」の記念式典には、元県知事の太田昌秀さんたちは欠席したという。元沖縄開発庁長官の上原康介さんは式典でこの日の雨を「悔し涙」と言ったそうだ。『沖縄返還』という72年のドキュメンタリーは、元全軍労委員長で当時沖縄選出の国会議員だった上原さんが、5月15日、降りしきる雨の中で「復帰」の欺瞞を訴える怒りの演説で始まるが、昨日も沖縄は雨。そんな思いがたぎるなかで、もはや「本土」にどんな期待も幻想ももたない世代が育っているように見える。

2012年7月 2日

沖縄「復帰」40年シンポジウム(GSL)のご案内

 世の中の腹立たしい状況には、いっかな好転の兆しが見えませんが、それでも皆さまにはご健勝のことと推察いたしております。さて、この度、私たち東京外国語大学大学院グローバル・スタディーズ・ラボラトリー(GSL)では、以下の要領で「沖縄"復帰"40年」を考えるシンポジウムを開催することといたしました。皆さまに関心を共有していただき、ともにお考えいただきたく、ご案内させていただきます。

ポスター'.jpg[趣旨]
 私たちが本格的に取り組んだ『沖縄・暴力論』からはや5年、その間にアメリカでも日本でも「政権交代」があり、普天間基地移設問題をめぐって沖縄は一時クローズアプされました。けれども、昨年春東北地方を襲った大災害とともに沖縄案件は棚上げされ、福島第一の原発事故と同じように、何ら実質的で有効な対処がなされないまま「再稼働」(自衛隊展開とオスプレイ配備)だけが急がれています。そのため、沖縄は本土政府に対しいまや公然と「差別」を語り、日本への「統合」に見切りをつけてグローバル世界における地域的な「自立」を展望しようとしているようにみえます。東北や福島の被災者に対し最も早く手厚い援助の手を差し伸べたのは沖縄でしたが、沖縄に対する「本土」の姿勢は変わらず、日米安保体制の矛盾はあからさまになっています。いま沖縄の地熱は高まっています。一方でまた、日本ばかりか世界で政治がなしくずしに経済の下僕と化しおり、この世界的な地殻の変動期に、いま一度「沖縄と日本」の接合と分離の40年を問い直し、とりわけそこに浮上する「自立」の意味を考えてみたいと思います。

[シンポジウム概要]
日時:2012年7月14日(土)14:00-17:30(開場13:30、開演14:00)
場所:東京外国語大学(府中キャンパス) 研究講義棟226 教室(予約不要・入場無料)

13:30 プレリュード
 『コンディションデルタ・オキナワ』上映(約30分)
14:00 〈第一部〉「復帰」40年を考える
提題   西谷 修「擬制の終焉」
基調講演 仲里 効「自立の思想的拠点」
15:30 〈第二部〉『悲しき亜言語帯』*と「自立」をめぐって
    討論者 土佐 弘之(国際政治社会学、神戸大学)
    崎山 政毅(ラテンアメリカ、立命館大学)
    中村 隆之(クレオール文化、明治学院大学)
    中山 智香子(社会思想、東京外国語大学)
    真島 一郎(文化人類学、東京外国語大学)
    米谷 匡史(東アジア、東京外国語大学)
    *仲里さんの最新刊(未来社)で、沖縄表現批評三部作のまとめとの位置を占めるものです。

主催:東京外国語大学大学院グローバルスタディーズ・ラボラトリー(GSL)
問い合わせ:東京外国語大学大学院GSL(gsl506@hotmail.co.jp)

2014年4月 7日

沖縄をめぐる講演会のお知らせ

 日々「解釈改憲」の動きが止まりませんが、沖縄の辺野古新基地建設の動きも進んでいます。北部高江のヘリパッド工事も進み、日々オスプレイ他の訓練飛行も常態化しているようです。
 沖縄では日々闘いが続いていますが、それに呼応して東京で4月26日(土)に講演会が開かれます。以下に概要を示したチラシを転載します。ぜひご来場ください。また、1月17日に記者会見で発表したアピールの賛同者も募っています。こちらもぜひよろしくお願いいたします。

    *    *    *   *

「沖縄の問いにどう応えるか――北東アジアの平和と普天間・辺野古問題」
   主催:普天間・辺野古問題を考える会(代表・宮本憲一)
   共催:法政大学沖縄文化研究所

 安倍政権の発足以来、沖縄の民意を無視して、普天間基地を北部辺野古沿岸に移設(実は新基地の建設)しようとする動きが顕著です。昨年末には、辺野古県内移設に反対していた自民党議員を無理やり賛成に転向させ、県知事の「埋め立て承認」を引き出しました。こうした動きに対して、今年1月、海外の識者29人が、「辺野古の海兵隊基地建設反対」の声明を出しました。この声明は、現在、世界各地で1万人を超える支持を得ています。 
いま、問われているのは、本土(日本)の私たちです。日本の安全を確保するという名目で、いまも74%もの基地を押し付けている沖縄に、さらに新基地建設が強行されようとしているのを、黙認していいのでしょうか。
3人の講演を中心に、いま、沖縄と本土(日本)の問題を考えます。マコ―マック氏は海外声明の発起人のお一人です。
 
   日時:4月26日(土) 午後1時半開場、2時開会
   場所:法政大学市ヶ谷キャンパスさったホール
   資料代:500円

<講演>大江健三郎(作家) 
<講演>我部政明(琉球大学教授)
<講演>ガバン・マコーマック(オーストラリア国立大学名誉教授)

<発言>(予定)
佐藤学(沖縄国際大学教授)、川瀬光義(京都府立大学教授)、古関彰一(獨協大学教授)、西谷修(立教大学教授)、宮本憲一(元滋賀大学学長)ほか

☆チラシは140426シンポジウム.pdfです。

[追伸]
いま沖縄(旧コザ)市長選の真っ最中です。基地反対派と容認派の一騎打ちで、この秋に予定されている県知事選の前哨戦との位置づけられ、自民党は本腰で支援に取り組んでいるようです。その投票日の前日、東京から強力なアピールを送ることになるかと思います。ぜひ、周知のほどよろしくお願いいたします。

2014年4月21日

「立憲デモクラシーの会」発足のお知らせ

 また少し遅れてしまいましたが、「立憲デモクラシーの会」設立参加のお知らせをさせていただきます。(写真は東京新聞4月19日朝刊3面)

 ご存知のように、まず日銀総裁の首をすげ替えた安倍政権は、円札垂れ流しで円安を誘い、輸出企業を潤して「景気回復」の気配を作り出し、その反面で、燃料・原料は高騰するから結局巨大な貿易赤字、それを原発停止のせいにして再稼働を既定路線化、無責任利権集団「原子力ムラ」を復活させ、また一方で内閣法制局長官も追い出して子飼いを据え、「集団的自衛権」を容認させる準備、そしてNHKにもお友達連を送り込んで乗っ取り、メディアを「アンダー・コントロール」(籾井・百田・長谷川らお友達はコントロールのきかない恥さらし発言を連発、それでも辞めない)。そうして国の機構の要所をすべて私物化し、「戦後レジーム脱却」路線――つまりは憲法廃棄、改憲路線を突っ走っています。

 去年の暮れに国家安全保障会議(NSC)法と秘密保護法案を強行採決し、今度は「集団的自衛権容認」を閣議決定で押し通そうとしています。ほんとうは憲法改正(九条廃棄)をしたいところだけれど、どうも難しいというので、まず改正手続きを簡単にするために96条改正を持ち出したところ、「裏口入学」と批判されてこれはいつの間にか引っ込めて、今度は「集団的自衛権」などという胡乱な議論を持ち出して、憲法には手をつけないまま、閣議決定だけで自衛隊の海外での戦闘(もちろん米軍の手勢として)を可能にしようというわけです。

 この内閣は、戦争がしたくて「積極的平和主義」を唱え("攻撃は最大の防御"、"平和は戦争で確保する"!)、戦争拡大に手を貸さないという「武器輸出三原則」も、「防衛装備移転三原則」と言い換えて武器輸出を可能にしようともしています(儲けるのは戦前と同じく三菱)。すべて口先でごまかしてこれまでの大原則を反故にしてしまおうというのです。その手を憲法に関してもやろうというのがいまの「集団的自衛権」をめぐる論議です。

 それを「国際協力」の名の下に正当化しようとするのですが、その「国際協力」とはもちろん世界に向かって広くではなく、ひたすらアメリカへの協力のことです(「日米同盟」)。たしかにアメリカは長らく、日本に軍事的な支援(物理的だけでなく人的にも)をさせようとしてきました。しかし、そのアメリカも今は安倍政権に対する警戒を隠しません(23日に来日するオバマ大統領も安倍首相と会いたくないらしい)。それは、安倍政権の目指すものが、アメリカの意向を超えてその意図を逆なでするものだからです。

 いくつものシグナルにも関わらず安倍首相は昨年末靖国神社を参拝しました。それはアメリカ(連合軍=国連)が打倒したはずの古い日本国家への固執を示すものです。世界の「戦後秩序(戦後レジーム)」は古い日本の崩壊の上にできています。その「古い日本」とは中国や朝鮮(韓国)を踏みつけにしてアジアに覇を唱える日本です。その「古い日本」の復興は東アジアの関係を混乱させます。じっさい安倍政権はアジア外交をすることができません。そのために「日米同盟」を強調しますが、当のアメリカは東アジアの不安定化を歓迎していません。だから安倍政権の擦り寄りは迷惑なのです。

 ついでに言うなら、安倍自民党の抱えている憲法改正草案は、九条の戦争放棄条項を削るだけでなく、基本的人権に関わるあらゆる条項を書き換え、国民に国家への献身を要求するような性格を明確にしています。国民を護りその権利を保障する憲法ではなく、国家への従属を要求する憲法で、これは近代国家や政治の理念に逆行するものです。外務省は近年、「西洋諸国との価値の共有」を強調していますが、これはこの看板に背反していて、むしろアメリカに対する抑圧された「敵意」さえ感じさせるものです(たしかに、アメリカが押し付けた憲法が日本をダメにした、というのは改憲がまず言うことです)。

 日本の「敗戦」が何だったかも考えず、その後の世界秩序がどんなものかも考えず、ただその視野狭窄による倒錯(視野を狭く切り取ると、ものごとが逆に見える)を、短いキャッチフレーズで言い換えて、まともな見方は排除して、要所をコントロール下に置き、自分たちの倒錯を押し通して日本を改造しようとししいるのが今の安倍政権です。それに手を貸す学者たちもおり、諮問会議などでお墨付きを出しています。

 安倍自民党は、政権交代後の民主党の迷走と東日本大震災+原発事故処理のさまざまな混乱に乗じ、それをすべて民主党のせいにして、経済復興を掲げて政権を取り戻しましたが、その選挙に勝ったからといって、「復興」はそっちのけで、「アンダー・コントロール」の嘘で買ったオリッピックを煙幕に、「改憲・軍事化路線」をあらゆる民主社会の枠組みを突き崩して推し進めることは許されません。
 わたしたちは以前、憲法学者の樋口陽一先生を代表とする「96条の会」を作りましたが、憲法改正手続きからの「裏口改憲」を阻止するというこの会は一定の役割を果たしました。この会は存続させたまま、上記のような状況に危機感を抱き、まっとうな見解を発信してゆく学者たちの集まりが必要なのではないかということで、新たに「立憲デモクラシーの会」を発足させることにしました。代表は、憲法学の重鎮奥平康弘さんと、この春北大から法政大学に移った政治学者の山口二郎さんです。

 この会は何らかの政治理念や指針を提示しようとする会ではありません。あくまで、いま無視されようとしている政治の基本的あり方、憲法にもとづくデモクラシーを擁護し顕揚してゆくというグループです。4月18日(金)に衆議院議員会館で発足の記者発表を行いましたが、さすがに今回はNHK、TBS、朝日、東京ほか、IWJはじめインディペンデント系のメディアが会場にあふれるほど来てくれました。また、日本弁護士連合会や明日の日本を考える若手弁護士の会からもメッセージが届けられました。

 「96条の会」に関わった学者たち約50人で発足しましたが、今後広く賛同者を募り、人びとの抗議の声が集まり発信される大きな会にしてゆきたいと考えています。さし当りは4月25日(金)に法政大学で発足シンポジウムを行うほか、この会を広げて全国で講演会・シンポジウムなどを展開してゆきたいと思っています。ホームページを開設しました。「趣旨」詳細についてはこちらをご参照のうえ、ぜひご賛同の登録をお願いいたします。現在の政治状況を変えるため、あらゆるかたちで声を上げてゆきましょう!

 

2014年5月 2日

ブログ移行のお知らせ

 すでにお知らせしたように、この3月で東京外大を辞して、4月から立教大学に勤めることになりました。所属は大学院文学研究科・比較文明学専攻です。わたしは担当しませんが、その下の学部組織は文学部・文学科・文芸/思想専修となっています。

 これに伴い、東京外大のサーバーの提供するこのブログも4月をもって打ち切り、新たに「アサブロ」に「Fushino_hito Labo.」を開設することにいたしました。リンクが張ってありますが、URLは http://fushinohito.asablo.jp/blog/ となります。アサブロに適当な図柄がなかったので、いたって淡白な見かけですが、今後とも事情の許すかぎり、発言(といっても自分自身の頭の整理と覚書きのようなものですが)を続けてゆきたいと思っております。公開する以上は、多少とも読んでいただく方々のお役にたてればと念じております。

 「Fushino_hito」というタイトルは、もちろん『不死のワンダーランド』に因んだものですが、死線を越えると死はなくなる、つまり不死の冥府に入るというわけで、もう終わりはない!というみずからに対する戒め(?)でもあります。
 最近(2月末)、山形孝夫さんと共著で出した『3・11以後 この絶望の国で、死者の語りの地平から』(ぷねうま舎)の表紙に、編集の中川和夫さんが、古いグノーシス派の「冥府を渡る舟」の図版を見つけ出してあしらってくれました。ちょうどこの舟が、今後のわたしの乗り物になるかのように感じております。

 新しいブログをよろしくお願いいたします。
                   2014年5月1日  西谷 修

About お知らせ

ブログ「西谷修-Global Studies Laboratory」のカテゴリ「お知らせ」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

次のカテゴリはノートです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。