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2014年1月 アーカイブ

2014年1月 2日

おめでたいとはまだ言えないが...

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(セルゲイ・パラジャーノフ「火の馬」? あるいは奔馬の舞う年?)

おめでたいとはまだ言えないが、 年始のご挨拶をさせていただきます。

 あの大震災と原発事故の後でなお、金がすべて(マネータリズム)と札刷りまくり、「復興」するのは企業と原発、働く者は使い潰され、「降るアメリカに袖を濡らして」TPP、隣国敵視で「秘密」は保護し、あげくは、嘘とフランス芸者のオモテナシ、腐れ委員を抱き込んで、東京五輪の目くらまし、「ニッポンがんばれ」とか? 年末には空手形と円札でまたまた沖縄を叩き買い。
 国民をコケにしきった亡国内閣が、支持率5割を超えるこの国の怪、改憲の正面突破は引っ込めても、搦め手攻めは十重二十重、数を頼んでやりたい放題、日本を奈落に向かって走らせる。皇国あられ播磨屋さんの怒り(「朝敵は必滅ぞ安倍石破!」)もむべなるかな。
 だが年の瀬、得意で参拝の「死なせて靖国」にまたも「降るアメリカ」、袖を濡らすか濡らさぬか、沖縄からは奔馬のいななき!今年空飛ぶ天馬のゆくえが、崖っぷちを飛び越えて彼方に広がる瑞穂の国だと念じつつ、

謹賀新年 2014年1月1日

2014年1月 3日

年末ラウンドテーブル補遺(写真)

 すでにやったことには立ち止まらない性質(タチ)ですが、年末の12月21日に東京外大で行ったラウンドテーブル「自発的隷従を撃つ」は(ぜんぜんラウンドではなく、スクエアなテーブルでしたが)、その後のさまざまな方々から反応をいただき、琉球新報社説でも引用していただきました。そこで、この企画をやりっぱなしに止めず、議論を広く活用していただくために記録誌を作成することにいたしました。

 それを待つ間(というわけではありませんが)、当日会場で撮影した写真の一部(ごく一部)を掲載させていただきます。撮影はこの春から某新聞社の写真部に勤務することになっている中山ゼミ4年の淡島健人君。

★ラウンドテーブル「自発的隷従を撃つ」
 2013年12月21日(土)、於:東京外国語大学(多磨キャンパス)115教室

1)第一部:『自発的隷従論』を読む
 冒頭説明と会場の様子:檀上は中山智香子、真島一郎、土佐弘之、西谷修1.jpg

2)第二部:「自発的隷従」と日本の現在
 発言者:七沢潔さん、仲里効さん、小森陽一さん2.jpg

3)談話を交えて詩を朗読する川満信一さん3.jpg

★なお、12月1日の「お知らせ」に掲載した今回のポスター、作製は元GSLスタッフで現在は筑波大学大学院博士課程の菅崎香乃さんでした。菅崎さんには「グローバル化と奈落の夢」以来ここ何回かのポスター・チラシを作ってもらっています。
 菅崎さん、淡島くん、その他、企画実施に協力してもらった学生諸君に感謝します。

2014年1月12日

J=P・デュピュイ『聖なるものの刻印』近刊

 沖縄の名護市長選が告示され、23日には東京都知事選が告示される。沖縄では仲井真知事リコールの運動も始まり、日本の民主主義の熱い錬成場になっているが、東京はどうか? この件についてのコメントはしばらくおき、今日は他の話題を――。

エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』(ちくま文庫)に続いて、ジャン=ピエール・デュピュイ『聖なるものの刻印、科学的合理性はなぜ盲目なのか』(以文社)が刊行される。

『自発的隷従論』は幸か不幸か、現下の日本の危うい政治状況もあって、少なからぬ人びとの目に留まり、あちこちで言及されている。『琉球新報』の仲井真知事会見批判の社説は「自発的隷従」という表現を用いていたし(12月26日)、福島住民訴訟団の弁護士で、特別秘密保護法の件でも精力的な働きをしている海渡雄一さんは、『世界』2月号の寄稿を「もう隷従はしないと決意せよ―秘密保護法の課題と展望」と題し、ラ・ボエシの一節を冒頭に引用している。

自分が関係した本が取り上げられてうれしいといった話ではない。そもそもこの本は、いまの日本で読まれるべきだと考えたから出版に尽力したのだ。それも、この古い本が現代の日本に届くようなかたちで。すると確実に反応してくれる人たちがいる。それはこの本の提示する概念(表現)が、人びとの思いに形を与えてくれるからだ。それが言葉の力であり、思想の力だ。

聖なるものの刻印.jpg ジャン=ピエール・デュピュイの本もまた別の意味合いで、いまの日本でぜひ読んでほしい本である。日本の社会が直面している問題は日本の具体的なコンテクストのなかにあるが、それは世界化した文明の現段階のうちにも位置している。そういう視野から、日本でわれわれが当面する状況を広くかつ深く捉えてみることも必要である。デュピュイのこの本はそのために大いに役立つことだろう。

 『聖なるのもの刻印』というタイトルは、それだけでは切迫したアクチュアリティを感じさせない。むしろ古ぼけた印象さえある。「聖なるもの」と出てくることで宗教現象やルネ・ジラールを想起させるけれども、それを含みつつ、一歩大きく突き進んでいる。この本は、あらゆるものが単位化され数値化されて、その合理的計算がすべてを解決するといった、科学技術や経済学に共通の「合理性」が、じつは盲目の信仰に支えられているという事態を説明し、人間の社会とはどのようにできていて、それが存続するとはどういうことなのかを、もう一度考えさせるたぐいのものなのだ。

 それが喫緊の課題であるのは、科学技術にせよ経済事象にせよ政治的事象(たとえば選挙)にせよ、そこに埋め込まれた盲目性が人間の世界を破局に追いつめていることが、いまや明らかだからだ。そんな袋小路のなかで、個々の事象がそれぞれの地域的偏差を伴いながら起こっている。

 だから、元のタイトルに加えて「科学的合理性はなぜ盲目なのか」という副題を付けた。核技術・ナノ・バイオ・情報テクノロジーと市場理論と効率追求、現代の諸社会の組織原理となり、技術・産業・経済システムを動かしている根本教義(ドグマ!)たる科学的合理性の没理を問う、というわけだ。そして帯には「未来のない効率信仰よりも、カタストロフィへの目覚めを!」と記した。

 わたしの広くない知見によれば、デュピュイのこの本やセルジュ・ラトゥーシュの『〈脱成長〉は世界を変えられるか? 贈与・幸福・自律の新たな社会へ』といった本が、いま最も読まれるべきもの、現代の世界で何が重要な課題なのかを明確に示してくれるものだと思われる。

 そういう本を読める形で提供したい。だから今回は若い仲間の手を借りて自分で訳してみた。翻訳をやるのは久しぶりだ。思想書の翻訳は体力が必要で、かつ時間をとる。おまけに、いずれにしても人のための報われることの少ない仕事だ。だから、もうルジャンドルのもの以外は手を付けないつもりでいたが(ルジャンドルは誰もやろうとしないから、これはやらざるをえなかったが、強力な若手が現れたのでもう任せられる)、この本は読める形で提供しておきたかった。

 発売は1月20日過ぎになると思うが、ぜひ手にとってみてほしい。


2014年1月20日

「自発的隷従」、『DAYS』、名護市長選


『自発的隷従論』の反響

 『自発的隷従論』がいろいろな人の目にふれ、あちこちで反響を見ている。この本を現在の日本の状況を考えるためにぜひ読んでもらいたいと思った編者(本では監修となっている)の願いは着実に受けとめられているようだ。

 すでにふれたように、年末12月26日の『琉球新報』社説がこの語を援用し、『世界』2月号で秘密保護法廃止を訴える弁護士の海渡雄一さんがその論文を「もう隷従はしないと決意せよ」と題して、冒頭にド・ラ・ボエシの一節を掲げたが、『週刊朝日』1月24日号では斉藤美奈子さんが「今週の名言奇言」で「自発的隷従の第一の原因は習慣である」と銘打って取り上げ、先週の『日刊ゲンダイ』でも金曜連載コラム「生き残るために読む本」で、五野井郁夫さんが「ネズミ講のごとき"隷従"の連鎖が支える支配体制」という見出しでこの本を紹介している。

 そして昨日届いた『DAYS JAPAN』は、昨年末から「編集長を一般公募し、読者に選ばせる」という大胆な試みの結果を発表していて、それが関心を引くが、編集後記で広河隆一さんが12月21日の東京外大でのシンポジウム「自発的隷従を撃つ」に言及し、次号予告のトピックに「『自発的隷従』を読み解く」と掲げている。

『DAYS JAPAN』のリレー

 シンポジウムにはいろいろな方々が足を運んでくれたが、広河さんはお見かけしなかったように思う(例のキャップを被った姿は遠くからでもすぐわかる)。ただ、そのとき『DAYS』のスタッフだという丸井春さんという女性からご挨拶いただいた。きっと彼女からの報告があったのだろう。ところがなんと、その丸井さんが応募していて、次期編集長に決定したというのだ! 選考のプロセスについてはこの号(2月号)に詳しい報告がある。これは楽しみ!と思わせる。

 『DAYS JAPAN』は何といっても広河さんの強い思いと編集方針に貫かれた雑誌だ。その広河さんが創刊10年を機に決断した。イラク戦争さなかの創刊時に、この雑誌が10年続くことを誰も想定していなかっただろう。それが続いたのは、実際的にはもちろん「持続する志」と読者の支えとがあったからだろうが、続けざるをえなかったのは、「必ず来る」と謳われた「人々の意志が戦争を止める日が」ぜんぜん来ないどころか、ますます状況は悪くなってゆくからだ。まるで、作られたひどい料理が片づけることもできないまま腐っていくように。

 そしてこの10年の間、雑誌そのものも生をえて生き続けてきた。だから止められない。そこで広河さんの一大決心、雑誌を次世代に渡して、創刊当初とは変化した状況のなかでもう一度生れ直してもらう、ということだ。一号分まるまるの試作品を作るという高いハードルを越えた応募者のなかから、去年から『DAYS』のスタッフに加わったという丸井さんが選ばれた。丸井さんは『DAYS』がまったく変わってしまうのがいやだったという。広河さんの意志を継ぎながら、違う世代の違う視点を持ち込んで雑誌を更新する、そういう意図がはっきりしている。それに、女性に舵取りを任せるというのはとてもいいことだと思う。いま『世界』の編集長も清宮美稚子さんだ。

 と、『DAYS』の話に流れたが、本題は『自発的隷従論』。

『自発的隷従論』をどう読むか?

 この本はどうやは二つの面から読まれるようだ。ひとつは、「支配秩序は強権によってというよりも、支配される側の隷従によって支えられている。だから、隷従するのをやめてしまえば支配は維持できずに崩れてしまう」というところに目をつける。近いところではジーン・シャープがその走りだ。そこから「市民的不服従」の政治運動が始まる。

 そしてもうひとつの眼目は、「支配秩序は、喜んで上の者に取り入って隷属し、自分がその代官として権力を振いかつ利益をうる、そういう者たちの末広がりの連鎖によって支えられている」ということだ。五野井さん言うところの、隷属で得る利権の「ネズミ講」だ。

 この後者の構造は、習慣によって事実化され、いつの間にか多くの人はそれを「自然」の状態と思ってしまう。「長いものには巻かれろ」という言葉もある。そこで違った行動をとろうとするとたちまち周りからの圧力で潰される。隷従するのがカシコイのだ、と言われる。だが人間はそんなデクノボウなのか? イヤなものはイヤだ!と言うとき、人は前者の機制に気がつく。そう気づかれるのを「支配秩序」の側は嫌うのだ。

 そんなことを全部教えたから、ラ・ボエシの本は友達がどんなに隠しても、「目覚ましの鐘」としていつの間にか流布し、立ち上がる人びとを勇気づけた。

 だからこの本は、「あらゆる隷従は自発的だ」などということを言いたいのではない(訳者の山上さん、ごめんなさい)。少なくとも、そんなところに力点はない。たしかに「自発的隷従」が秩序を支えている。だが、それがおかしい、人間は「自由」に生まれついている、と思った人々は「隷従」をやめようとする。すると、そこに強力に「秩序への回収」の圧力が働く。それを働かすのは「自発的隷従」の秩序をみずからの足場として利権を得ている連中だ。そこにはっきりした対立が生れる。隷従の秩序を拒否する者たちと、自分たちのためにそれを維持しようとする者たちの対立だ。後者は、何とかして隷従を拒む人びとを押し潰そうとする。

 ラ・ボエシはその点を強調してはいないが、権力をめぐる対立の相というのを彼はこのように描き出したのである。

もう隷従はしない! 名護市で稲嶺市長再選

 普天間基地を撤去し、その代替地は「最低でも県外」と鳩山元首相が言うと、「宇宙人」とか言われて貶められ、「アメリカが怒っている」「日米関係が危ない」と政・官・メディアの総攻撃を受けて、四面楚歌で退陣させられる。(ついでに言えば、いま原発をめぐって同じことが繰り返されている。「脱原発」というと「殿ご乱心」とか、「...の野望」とか、貶めようとする。そうして話を原発から逸らして忘れさせる。沖縄密約スクープのとき、西山記者を標的にして、まんまと密約を通したのと同じような手口だ。)

 沖縄の仲井真知事も、オスプレイ強硬配備では「事故でもあったら全基地閉鎖だ」とまで言ったのに、クリスマスに何をもらったのか一転、「正月のおいしいモチ」の空手形を引き受けて安倍政権にヨイショする。ケビン・メアとかいうアメリカ種の沖縄寄生虫が「沖縄の人間は狡い、ゴネるだけゴネて金だけ取ろうとする」と発言して問題になったが、仲井真知事は彼の「正しさ」を証明してしまった。

 日本政府(それ自体が日米安保体制でアメリカという強者に「自発的隷従」をしているのだが)の意向に従い、代わりに援助金を引き出すことを中間管理職のような知事の努めとし、すぐに消えてしまう餅代を地域にばらまいて、住民を分断し、反対者には沈黙を強いる、。だが、そんな「自発的隷従」政策にはもはや甘んじない、という沖縄市民たちの強い姿勢が昨日はっきりと表明された。沖縄はいま長い「自発的隷従」の鎖を絶とうとしている。
 
 
 

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