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2012年7月 アーカイブ

2012年7月 1日

「決めさせない」ことだけを「決める」野田

 Ustream で原発ゲート前での抗議行動の映像が流されるなか、夜9時ごろ、福井県大飯原発の再稼働が始まった。地元の首長らは地元財政や雇用のために再稼働を求めたというが、この人たちは去年全国的に有名になった元敦賀市長高木孝一氏(1979年から4期16年務めた)の83年の講演にうなづいているということだ。

 「...えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか...。こいうふうに思っております。」で結ばれるあの有名な講演だ。(内橋克人『日本の原発、どこで間違えたのか』所収、抜粋⇒

*     *     *

 しばらく前から、野田佳彦の顔が岸信介の顔に重なってみえる。国会を取り囲む20万市民の抗議をよそに、「今日も後楽園は満員だ、声なき声がわたしを支持している」とうそぶいた(震えながらつぶやいた、という話もある)日米安保の岸信介だ(後楽園とはもちろん読売=巨人の本拠地だ)。

 今日はまた、あの泥をかぶってもケロリの厚顔で再稼働を決めた大飯原発が、全国から集まった人びとの抗議をよそに、機動隊に守られて動き出そうとしている。

 野田は30日の読売国際経済懇話会で、「英誌エコノミストが財政赤字削減などの難問を先送りする欧米諸国の政治状況を"日本化"とやゆする記事を載せたことが、社会保障・税一体改革に取り組む決意を新たにするきっかけになった」と明かしたそうだ。

 同誌は去年の7月号で富士山を背景に、着物を着たオバマとかんざしを挿したメルケルの風刺画を掲載し、決断できないEUの政治を"日本化"と形容した。野田は「この記事を見て(一体改革を)やり抜かなければいけないと改めて思い」、「"日本化する"などという言葉が世界から消えるような政治を作らなければ、この国は滅んでいく」と危機感を強めたそうだ(7月1日の読売による)。

 誰に吹き込まれたのか、これで野田は"新・自民党化"したわけである。だが、野田は根本的にはき違えている。メルケルやサルコジを揶揄して「決める」ように圧力をかけたのは、「民意」でも何でもなくいわゆる「市場」、つまりは投機先を求めて鵜の目タカの目になり、ダブつく資金を抱えて荒稼ぎを狙う投資ファンドである(あるいは彼らのコンピュータ・プログラムだ)。その圧力を受けてメル・コジはギリシアやイタリアに緊縮財政を強要する。そしてギリシアには国民投票をやらせない(去年のことだ)。「やらせない」、とはつまりその国の国民には「決めさせない」ということだ。

 ギリシアやスペインに言うことを聞かせるメル・コジのEUは、「市場」サマが要求することを「決める」と、「決断できた」と言って褒められる(そのことを、やはり太鼓もちになったメディアが「市場は歓迎している」と報道する)。いまや政治家は国民の意思決定の代表者ではなく、国の経済・財政政策をグローバルな「市場の要求」に従わせようとする「市場」の番頭に成り下がっている。それでは「市場」にかしづく決定しかでてこない。つまり「政治」はいまや「経済」の召使いになり下がった(そのことに気づいたフランスは、選挙でサルコジを退場させたのだ)。

 そんな政治家が「決める」といっても、要するに市場の番頭をつとめます、ということに過ぎない。「市場」はすでにテクノクラートの官僚(既得権と帳尻合わせしか考えにない)を抱き込んでいる。そんな「市場」の言いなりにならず、社会を立て直そうというのが実は「政治」の働きのはずだ。原発の要らないエネルギー確保をめざす、グローバル輸出に頼らない産業構造を作り出す、企業だけが巨大化し人びとの生活を逼迫させる経済の仕組みを変える、といったことに取り組むことこそが、とりわけ東日本大震災・福島原発事故を経験した日本で求められる「決定」である。

 そんな動きが大きくなりつつあるとき、ともかく国民には「決めさせない」とばかり、その動きや努力の前に立ちはだかって、経団連や霞が関そしてそこに圧力をかけている「国際世界」(要するにアメリカのことだ)のために、そうはさせじと消費税増税や原発再稼働をつぎつぎと「決める」、それが野田のいう「決める」政治だ。そしてアメリカが「決めた」オスプレイ配備は、ハイハイと言って配備下請けにまい進している。

 こうして野田ドジョウ首相の下、日本は世界に新たな範を示すというチャンスを失って、やっぱり日本は経済も外交もアメリカの小判ザメ、と言われる状況から抜け出せない。その状況を打破することこそが政治の「決める」べきことなのに、野田は日本を3・11以前に戻すことのためにのみ、後先見ずに「決めて」いる。これでは「この国は滅んでゆく」。

2012年7月 2日

沖縄「復帰」40年シンポジウム(GSL)のご案内

 世の中の腹立たしい状況には、いっかな好転の兆しが見えませんが、それでも皆さまにはご健勝のことと推察いたしております。さて、この度、私たち東京外国語大学大学院グローバル・スタディーズ・ラボラトリー(GSL)では、以下の要領で「沖縄"復帰"40年」を考えるシンポジウムを開催することといたしました。皆さまに関心を共有していただき、ともにお考えいただきたく、ご案内させていただきます。

ポスター'.jpg[趣旨]
 私たちが本格的に取り組んだ『沖縄・暴力論』からはや5年、その間にアメリカでも日本でも「政権交代」があり、普天間基地移設問題をめぐって沖縄は一時クローズアプされました。けれども、昨年春東北地方を襲った大災害とともに沖縄案件は棚上げされ、福島第一の原発事故と同じように、何ら実質的で有効な対処がなされないまま「再稼働」(自衛隊展開とオスプレイ配備)だけが急がれています。そのため、沖縄は本土政府に対しいまや公然と「差別」を語り、日本への「統合」に見切りをつけてグローバル世界における地域的な「自立」を展望しようとしているようにみえます。東北や福島の被災者に対し最も早く手厚い援助の手を差し伸べたのは沖縄でしたが、沖縄に対する「本土」の姿勢は変わらず、日米安保体制の矛盾はあからさまになっています。いま沖縄の地熱は高まっています。一方でまた、日本ばかりか世界で政治がなしくずしに経済の下僕と化しおり、この世界的な地殻の変動期に、いま一度「沖縄と日本」の接合と分離の40年を問い直し、とりわけそこに浮上する「自立」の意味を考えてみたいと思います。

[シンポジウム概要]
日時:2012年7月14日(土)14:00-17:30(開場13:30、開演14:00)
場所:東京外国語大学(府中キャンパス) 研究講義棟226 教室(予約不要・入場無料)

13:30 プレリュード
 『コンディションデルタ・オキナワ』上映(約30分)
14:00 〈第一部〉「復帰」40年を考える
提題   西谷 修「擬制の終焉」
基調講演 仲里 効「自立の思想的拠点」
15:30 〈第二部〉『悲しき亜言語帯』*と「自立」をめぐって
    討論者 土佐 弘之(国際政治社会学、神戸大学)
    崎山 政毅(ラテンアメリカ、立命館大学)
    中村 隆之(クレオール文化、明治学院大学)
    中山 智香子(社会思想、東京外国語大学)
    真島 一郎(文化人類学、東京外国語大学)
    米谷 匡史(東アジア、東京外国語大学)
    *仲里さんの最新刊(未来社)で、沖縄表現批評三部作のまとめとの位置を占めるものです。

主催:東京外国語大学大学院グローバルスタディーズ・ラボラトリー(GSL)
問い合わせ:東京外国語大学大学院GSL(gsl506@hotmail.co.jp)

2012年7月19日

"熱い夏"に向けての沖縄シンポ、盛況御礼

「沖縄"復帰"40年」シンポジウムは、梅雨明け気配の酷暑のなか、多くの方々の参加をえて無事終了しました。
 
120630-3.jpg 前日は毎週金曜の首相官邸包囲10万人デモ、翌々日は代々木公園で17万人を集めた「原発ゼロ」集会と、福島原発事故以来口を開き動き始めた人びとが、そういうかたちで「民意」を表明する、熱い夏の気配を感じながらのシンポでした。
 
196006protest.jpg 最近の首相官邸周辺デモは、やり方や担い手はまったく様変わりしていますが、半世紀前に20万人の群衆が国会議事堂に押し寄せた60年安保闘争の光景を思い出させずにはいません。政府の動きと「民意」との乖離は、それほど明確になってきています。そしてこれは単なる偶然ではないでしょう。原発(核政策)でも沖縄でも、浮上しているのは日米安保体制です。

 いま、米軍のオスプレイ強硬配備(23日に岩国搬入と言われる)が行われようとしていますが、アメリカの軍産複合体が生産を推し進め、後戻りできない状況にあるオスプレイ配備を、日本が拒否できないという状況は、日米安保条約をもう一度根本から問い直させるものです。事故や故障が頻発し、アメリカ国内での訓練ができなくなったため、日本にもってきて山あり海ありのこの環境で、米海兵隊は日本列島をまたにかけて縦横に訓練を展開するというのです。安保条約があるかぎり、日本は(沖縄のみならず)米軍が「自由」に使用できる軍事基地なのです。

 誰もが確認するように、この40年は沖縄の日本への「再統合」が進められると同時に、その統合圧力が逆に沖縄の「違い」をしだいに際立たせ、沖縄を離反させさまざまな意味で「自立」へと押しやるような歳月でした。

 そのプロセスはとりわけここ10数年で顕著になり、東日本大震災と福島原発事故以降の日本の統治機構そのものの「メルトダウン」によって決定的なものとなりました。

 沖縄では、普天間基地撤去を求め辺野古の新設基地建設を拒否する姿勢が鮮明になっていますが、日本政府(野田政権)は新基地建設を進めるという実現性のない政策を空しく維持し、配備方針を変えないアメリカの言うままに、オスプレイ配備をすすめざるをえない立場にあります。

 沖縄と対話することもできず、アメリカと交渉する意思も胆力もないのが日本政府の実情であり、もはや当事者能力を失っていると言ってよいでしょう。だから沖縄は、この閉塞をみずから切り開いてゆかざるをえない状況に置かれています。本土との統合一体化を推進しようとする勢力も少なくない沖縄ですが(仲井真県知事ももとはといえばその流れを代表している)、このような状況の中でいやでも「自立」を模索せざるをえず、追いやっているのは日本政府だということです。

 そういう問題をいっきょに押し潰そうというのが、尖閣列島の「領土問題」化です。この問題を先鋭化し「中国の脅威」を煽ることで、沖縄は一挙に日本の「国防最前線」に立たされ、ここが日米同盟の軍事拠点になるのはあたりまえ、といった図式ができあがります。そうなると、この間、本土と沖縄とを対立させてきた歴史的トラウマである「沖縄戦」さえ正当化されることになります。というより、沖縄は再び「前線」に立たされるのです。

 尖閣問題を焦点化して日中関係に緊張を作り出す。そのことを日中両政府は望んではいないでしょう。「沖縄返還」に際して尖閣領有問題を故意にあいまいにし、日中間の火種を仕組んでおいたアメリカはほくそえんでいるかもしれません。日中が対立しているかぎり日本を安保条約で従属的立場に縛りつけておくことができるから。

 石原東京都知事が、行政的には何の妥当性もないはずの尖閣諸島を購入するとぶちあげて、中国・台湾を刺激しここに緊張を作り出したのは、かつて関東軍が政府の制止も聞かず柳条湖事件を起こして満州占領に突っ走り、日中15年戦争に引きずり込んだことを想起させる振る舞いです。東京都知事がこうして国際関係をかき乱す。いまの日本は、そういうことができる状況になっているということです。

 日本の為政者のなかには、かつて日本が西洋列強に伍しかつ対抗するためにアジア諸国を踏み台にした歴史とその発想に固着し、日本がアジア大陸の周辺に位置する列島だという事実より、環太平洋でアメリカ圏(つまり西洋)に属しているという思い込みにしがみつき、アジアを敵視する癖から抜け出られない連中が多くいます。そこにはかつてのアジアに対する罪科の裏返しともいうべき反応もあるでしょう。

 けれども、わずかここ150年(どんなに多く見積もっても400年)に過ぎない西洋制覇の歴史を超えて広い世界史的視野に立てば、西洋的な世界統治が完全に破たんしつつあるいま、過去150年の世界状況が強いてきて枠組みから抜け出ることなしに、日本の(そして世界の)未来はあり得ないでしょう。「破局」のための条件はあらゆる意味で整っているのですから。

 今回の沖縄シンポは大げさに言えばそんな展望のもとで行われました。その成果は今年中には公開したいと考えていますが、まずは8月5日に予定されている沖縄県民大会の行方に注目したいと思っています。

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