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2011年5月 アーカイブ

2011年5月 3日

今日、アメリカの偉大さが…

 「今日、アメリカの偉大さが示された」とオバマは誇らかに発表した。ブッシュ前政権が、地の果てまでも追いかけると宣言した〝テロリスト〟の首を、ついに挙げたのだ。9・11の10周年を目前に、「アメリカの正義は成し遂げられた」。

 パキスタンの首都イスラマバードに近いアボタバードの「100万ドル(約8100万円)の豪邸」を、2日未明に、ヘリコプター数機に分乗した米特殊作戦部隊が急襲し、銃撃戦で応戦したビンラーディンは頭部を撃ち抜かれて死亡したという。ほかに、3人の男も射殺され(米当局によれば、1人がビンラーディンの息子、2人は今回の作戦のために泳がされた連絡員の兄弟という)。また、数人の女性や子どももおり、別の女性2人が負傷した(ロイターによる)。米ABCテレビが放送した襲撃現場の映像では、寝室の床に血だまりがあり、ベッドの上に寝具が散乱していたという。いっしょに殺害された女性は「人間の盾」にされたのだそうだ。

 オバマは「今日はアメリカにとって良い日」であり、「ビンラーディンの死によって世界はより良く、安全になった」と語った。遠くで、アメリカインディアンの知恵に共鳴するナンシー・ウッドの小さな本のタイトル、「今日は死ぬのにもってこいの日」という言葉が響く。

 現代の巨大国家は、みずからに向けられた攻撃を、政治的・歴史的出来事としては捉えず、許しがたい犯罪と決めつけ、ろくな捜査もせず(9・11実行犯の素性がまったく間違っていたというのに訂正もされない)、ともかく〝犯人〟を名指し、問答無用で〝ホシ〟を挙げようとする。その際、生きて捕縛する必要はない。〝殺害〟すればよいのである。それは〝捜査〟でも〝裁判〟でもなく、〝報復〟なのだから。9・11の事件にビンラーディンはどう関わっていたのか、まったく明らかになっていないが、それでも〝報復〟はすることに意味がある。また、〝ホシ〟の〝首を取る〟(オバマの言葉だ!)ことで、事件はいっさい片付いたことになる。

 それだけではない。そのときから、国家はあらゆる権利を手にした。みずからに対する〝侵害〟があったとして、その「なぜ」を問うことなく、ともかく〝犯人〟を名指し、それを追求するためには、盗聴、予防拘束、拷問、殺害ばかりか、爆撃、占領と、あらゆる手段を行使し、そしてそれを「正義の遂行」と言いくるめる権限まで手に入れた。そのすべてを正当化するカテゴリーが〝テロリスト〟だ。敵を〝テロリスト〟と呼びさえすれば、国家はもはやいかなる法的・道義的拘束から解放され、あらゆることが可能になる。

 国家は人格化され、インディアン狩りの西部劇が世界の葛藤を描き出すナレーションのモデルになるのだ。敵の首を挙げよ。その首が吊るされた日は良い日だ。西部はより住みやすくなる。大統領選を翌年に控えたオバマは、そんな伝統に従って大保安官の役割をとくとくと演じている。
 昨日は、そんな「アメリカの偉大さが示され」て、多くのアメリカ人が歓呼の喝采にわいたという。
 
 それで、9・11の犠牲者は浮かばれるというのだろうか。彼らはそんなアメリカのための犠牲だったのだろうか。それにまた、だからといって今日からアメリカ人が枕を高くして眠れるというわけではない。というのは、9・11を呼び起した原因が解消されたわけではないからだ。それはビンラーディンを標的にすることで隠蔽・抹消されただけである。だからその〝演出された極悪人〟ひとりを殺害したところで、問題が解決したことにはならない。

 逆にこのやり方は、外交や戦争(国家の政治)を純然たる〝殺害〟に貶めることになった。戦争の目標とはいまでは、剥き出しの〝敵の殺害〟である。昨日の新聞の大見出しは「ビンラディン容疑者殺害」だ。「テロとの戦争」は戦争をそのように剥き出しの〝殺し〟にして還元した。その戦争の究極の手段が「核兵器」だということを、アフター・フクシマが思い出させる。なぜ国家は「〝核〟の平和利用」にこだわるのかの秘密がここにある。

 ついでに指摘しておけば、「9・11」を「同時多発テロ」と呼ぶ日本のメディアは、欧米メディアがたた単に名前だけで表記する「ビンラーディン」に、ご丁寧にも「容疑者」を付している。そう、ビンラーディンは〝犯人〟ではなく〝容疑者〟なのだ(〝容疑者〟なら殺してはまずいだろう)。しかし、それを〝戦争〟をしてまで追求し〝殺害〟する権利をアメリカ国家は自分のものとしている。さらに言うなら、アメリカにおいて国家は〝民営化(私物化)〟されているのだが。

 そのすべてが遂行されたのが「アメリカの偉大さの証拠」なのだ。

[追記 05.07]その後のパキスタン側からの情報で、ビンラーディンは応戦しておらず、一方的に射殺されたと伝えられた。この襲撃が国際法違反であることは言うまでもないが、「テロとの戦争」はもともと国際法を失効させるための用語なのだ。ビンラーディンの暗号名は「ジェロニモ」だったと言う。アメリカは未だにインディアン殲滅を「正義」だったと思っているのだ! ともかく、敵は「ジェロニモ」、どんな手を使っても始末する。それも政治的にもっとも効果のある時期に「役立って」死んでもらう。これがアメリカのやり方だ。

曇る五月の原発ツアー (浜岡編)

 ニュースというのは新しく起こったことだ。新しくなければニュースにならない。それでも日々、原発関連では新たな事態が生じ、あるいは過去の情報が掘り出され、その後景になった福島第一では、日々現れる困難に遭遇しつつ、今日も始末におえない原子炉をなんとかなだめすかす作業が続いている。
 この連休のはじめに、田舎の両親を訪ねるついでに、思い立って原発ツアーをやってみた。田舎は三河の吉田だから(生まれは北設楽郡だ)、今その動向が焦点になっている御前崎の浜岡原発まで70キロ、北は若狭湾の海岸に14機の原発が点在する「原発銀座」までは160~70キロの位置だ。
 
 東京からの途中に掛川で降りてまず浜岡原発に向かう。ここは静岡県御前崎の西側、予想される東海地震の震源域のほぼ真上にあり、そのうえこれまで事故も少なくなく、世界で「最も危ない原発」と言われている。5機の原子炉のうち2つはすでに稼動を終えている(巨大でやっかいな廃棄物になろうとしているということだ)。MOX燃料(プルトニウム・ウラン混合)を使うプルサーマル発電を4号機で去年からやろうとしたが、安全性の保障ができず、この計画はいま中断している。3号機は定期点検中で、3月から再稼動する予定だったが、福島第一原発の事故のため延期になり、中電はつい先日7月からの再開を発表したが、これが物議をかもしている。
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 いまどき原発を見にくる人などいないだろうと思っていたが、連休初日の土曜、それでも親子連れやカップルがここを原子力館を訪れていた。発電所には入らせてもらえない。理由は「アメリカ同時多発テロ以降、テロ対策のため立入りをお断りしている」そうである。以前は近づけたのに、「テロ対策」は見せたくないものから人を遠ざける口実に役立っている。だから訪問者はPR館で満足することになる。
 
 なかなか立派なPR館で(それでないとPRにならないが)、実物大の原子炉内部の威容や、稼動の仕組みを示すイリュミネーション付きの模型があったりして、原発の仕組みはよく分かる。あとは、原子力発電がいかに強力かつクリーンで安全か、資源の少ない日本に必要か、放射能は管理すればぜんぜん怖くない…、といったベンキョウができるようになっている。なるほど、とながめながら納得するのは、これだけのPR館をあちこちに作って、子供用のアミューズメント館まで用意し、人びとをてなづけないと維持できないのが原発なのだなということだ。
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 浜岡は中部電力唯一の原発である。だからどんなに危なくても、中部電力はこれをやめられない。というのは、原子力発電を推進するのは国の方針であり、「夢のリサイクル」であるフルサーマル発電をやるのも国の方針だから(だったから)、9の国策電力会社のひとつである中部電力も落ちこぼれるわけにはいかないのだ。あちこちで断られ、他に立地の候補もない。だからここに新たな増設計画も作ったが、今となってはもはや難しいだろう。
 
 浜岡周辺には風力発電機がいくつも立っている。中電は風力もやっていますよということだろうが、遠州灘の長い海岸はそっちの方に向いているのかもしれない。原発から外に向かう巨大な送電線の塔の間に、どういうわけか朱塗りの大鳥居が立っている。科学の粋を集めた原発も、とりわけ地震の多い日本では(そして浜岡では)、神のご加護にすがるほかないということだろうか。
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 近くには戦国時代に武田と徳川の抗争の前線となった山城、高天神城の跡がある。さして高くはないが城を建てるには険しい山をそのまま使って築いた城の跡だ。追手門になっていた杉の巨木が今でも残っている。だが、原発は廃用になってもけっしてこのような自然の景勝を残すことはないだろう。浜岡から5キロも離れていないこの城跡が、人の立ち入れない〝ゾーン〟にならないことを祈るばかりである。

★浜岡原発のサイトは: http://www.chuden.co.jp/energy/hamaoka/index.html
★内藤新吾さんによる案内「浜岡原発の危険を語る」 (1~5)がYouTubeにあります。よくわかる浜岡。

曇る五月の原発ツアー (敦賀編)

 2日目は米原で若い友人2人と合流し、北陸本線で敦賀に向かった。駅で画家の宇佐美圭司さん夫妻と待合わせだ。宇佐美さんは20年ばかり前、越前町の日本海に向かう絶壁の上に引っ越したら、向かいに遠く例のもんじゅが見えるのだという。原発地域から20キロ圏内に住んで、「大洪水」や「アフター・ヒロシマ」の大作を描き続けている。『世界』5月号に寄稿した「制動・大洪水のこと」には、そんな作品を支えて広がる想念が語られている。

 昼とはいえ、食うものも食いあえず(? ともかく蕎麦が食べたかった)、さっそく敦賀半島の先にある日本原電の敦賀発電所に向かう。「原発銀座」と呼ばれるここ若狭湾に置かれた14機の原発すべてを回る余裕はないので、ともかく敦賀半島の三つの原発を訪ねることにしたのだ。

 それでもここには、日本で最初の商用運転を始めた敦賀発電所と、加圧式軽水炉を始めた美浜原発、そしていま炉の中に部品を落としてしまって〝瀕死〟の状態のにある高速増殖炉もんじゅがある。いわば老舗の原発地帯で、稼動し始めたのは70年から71年頃だ。
 トラブル歴にも事欠かず、美浜もそうだが、敦賀は「事故隠し」で名を上げている。また、美浜では2004年にタービン建屋内の配管から高温蒸気が漏れ出て、5人の作業員が亡くなるという大事故があった(このときは被曝ではなく全身やけど)。

 半島は奥に入る道が両側に1本づつあるが、それぞれが敦賀発電所と美浜原発に通じており、その間を横断道がつなげている。道はそれで全部。小さな漁村があるほかは、まさに原発の半島だ。

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 まず敦賀発電所に行く。ここには2つの原子炉と廃炉になったふげんがある。70年稼動の1号機は2009年末に廃炉になるはずだったが、予定した3号機、4号機の設置が遅れているため、運転期間の延長申請をした。しかし、老朽化しているうえに、溶接部分の点検が一度もなされていないことが判明するなど、不安材料が目立って現在も停止中だ。ちょうどわれわれが訪問したころ、2号機にまた新たな問題が生じて(核燃料の被覆管の損傷?)停止することになり、これで敦賀は休眠状態に入ってしまった。

 ここも原発には近づけず、付属の原子力館からながめる。ここには、これだけ揺れても大丈夫という「地震体験くん」なるアトラクションがあったが、何に気を遣ってかこれも「休止中」と掲示があり、試してみることはできなかった。
 
 さて、美浜はじつはお目当てだった。というのは、ここがRCサクセションの「サマータイム・ブルース」に歌われた海水浴場から見える原発のモデルだという話があるだけでなく、森崎東監督が沖縄流れの原発ジプシーをネタにして作った映画『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』(倍賞美津子、原田芳雄主演、1985年)の舞台になっているからだ。
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 掘江邦夫の『原発ジプシー』(現代書館、講談社文庫版が最近復活した)が出たのが79年、森崎は70年のコザ暴動での手配を逃れて密航し、福井に流れ着いて「原発銀座」周辺の闇を潜って生き死にする沖縄の元若者たちの運命を、多少荒っぽい手つきで秀逸なドタバタ悲喜劇に仕立ている。

 その中で、宮里(原田)が入るのが美浜原発の建屋であり、バーバラ(賠償)が水商売の少女たちと遊ぶのが、原発が向うに見える白浜の海水浴場だ。たしかに、丹生大橋を隔てた対岸には、水晶浜とか、ダイヤ浜とかいう、風光明媚な砂浜が広がっている。砂の上を歩いてふと目を上げると原発が見える。そしてその手前には、ここにもまた安全祈願の鳥居が立っている。

 美浜でも、原発敷地に通じる丹生大橋は渡らせてくれなかった。だから、敷地内にある「根上りの松」というここの名物も、今では近づけない(パンフレットの表紙になっているのだが)。例によってPR館で満足するしかない。ただし、ここのPR館は軽水炉ということもあって奮っており、核反応する原子炉の中にいる気分にさせてくれる。アトラクションもキョウイク的なばかりでなく、中性子をうまく一個に制御して連鎖反応を抑制するゲームとか、α線とβ線、γ線をそれぞれ紙や金属で遮って被曝を避けるゲームとか(いずれにしても失敗すると大変なことになる!)で楽しませてくれるが、考えてみれば、熱中しても笑えない不気味にリアルなゲームである。
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 美浜から一本しかない道をさらに進むと、その先の奥の院のようなところにもんじゅがある。もちろん構内の入り口で締め出され、脇の浜からその姿を見る。今は喉にやっかいな骨がひっかかり、身動きできないからしゃっくりも抑えこまなければなければならない。じっと我慢の不動のもんじゅ。

 いかめしい鎧を着たもんじゅは孤独そうだ。本当なら優等生として作られたはずだ。だが、フランケンシュタインのように人目を避け、半島の奥の森影に一機寂しくたたずんでいる。そう、人間の野心によって作られながら、人間たちの嫌悪と憎悪の的となり、泣きながら北極の雪原に消えていったあの不幸な人造人間のように。
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(写真はすべてクリックすると拡大します。© nishitani)
 
★美浜原発のHPはこちら:http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/film/morisakidata/di001330.htm
★森崎東監督の『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』については、以下のサイトを参照:森崎東アーカイブズ
 原発の周囲にできる日本社会の闇に蛍火のように浮かぶ、沖縄と原発の隠れた繋がりを題材にした先駆的作品だ。この作品、お蔵入りは惜しい。何とかDVDにならないものかと思う。2008年7月にGSLが東京外国語大学で行ったラウンド・テーブル「核と現代」の初めにこの作品をビデオ上映した。そのときには人を介して監督本人の許可をいただいたが、制作会社がすでに消滅しているため権利関係は不明なままだ。
★いま『東京新聞』の「こちら特報部」では、「新日本〝原発〟紀行」というシリーズを掲載している。各地の原発の状況、地域の〝原発中毒化〟の事情などが取材されている。新聞は『東京』か『毎日』にかぎる。『産経』もおもしろいが。『朝日』などというのは東電と同じようなものだ。〝消費者〟なら商品を選ばなければならない(わたしは〝消費者〟などではないが)。

2011年5月 5日

いつもけなしている「朝日」が…

 いつもケナシている「朝日」を昨日はコンビニに行って買った。4日付けの朝刊が、ウィキリークスの公開した日米関係の公電を調査して、沖縄・普天間がらみの日米政府の「裏取引」を伝えているからだ。
 「朝日」がダメなのは、90年代に報道の軸足を見失ってもう久しいのに、内容をなくしたケンイ体質だけは抜けずにいるからだが、取材力やコメント力のなさを補うためか、あるいは独「シュピーゲル」や英「ガーディアン」の仲間だと虚勢を張るためか、ウィキリークスに頼った。遅いわ!といいたいが、悪くない。

 小泉時代、在日米軍グアム移転費用の日本側負担率を少なめに見せるために、不要な道路の建設費を計上したり、在沖米軍の員数を水増ししたりしていたこと(これは「日本国内向け」つまり国民をだまして日米合意を受け入れられやすくするためだ)、また、民主党鳩山政権が「対米関係見直し」を言い出したり、「東アジア共同体」構想を打ち出したりしたとき、当時のキャンベル国務次官補が脅しまがいの対応をし、外務省幹部が民主党政権をこきおろしたりしたこと、などが含まれている。

 だからその後、アメリカのジャパン・ハンドが鳩山・小沢をはずし、管・岡田と接触しろと韓国外務部に伝えていたことなどは、すでに「東京新聞」が伝えていた(1月22日づけの当ブログ「とうとうウィキリークスが…」を見られたい)。

 奇妙なことに、他のメディアはこのニュースをフォローしようとしていない(共同通信をのぞいて)。昨日TBSは伝えたようだが、ネット上では、新聞テレビのニュースをピックアプするグーグルもヤフーも、この朝日の記事はまったく取り上げていない。どういうわけなのだ?

 日本の原発政策が対米関係と不可分であることは言うまでもないが(原爆、冷戦、「核アレルギー」除去の「平和利用」、対米従属自民党の55年体制とともに始まる日本の原発政策、正力・中曽根、アメリカGEの原子炉導入、東海村・福島・敦賀…)、こういうところに、日本の統治が誰によってどのようになされているのかが露呈している。

 日本の場合は、顔を見せない官僚システムの中核と一部政治家がアメリカの日本担当者と結び、そこに経済界中枢がかんで利権分配ネットを組みながら、「経済成長・繁栄」神話で国民を抱え込んで統治が行われている。その神話がここ10年でとうとうボロボロになり(経済成長が社会の豊かさを生むどころか、グローバル競争のなかで社会を崩壊させてゆくことが露になった)、この構図が変わることを、多くの有権者は「政権交代」に託したはずだった。だが結局、民主党は日本の政治構造を50年振りに組み替えるというその歴史的役割を捨て去って、とりわけ管とその支持者たちは、与党になり政権を握ったことだけに居直るという醜い仕儀にいたっている。この時期に、まことに〝国難〟である。

 ついでにひとこと、アメリカの場合は? アメリカのケースはちょうど「ビンラーディンを殺害して喝采する」という出来事に端的に表れた。アメリカ政府は国民にわかりやすく単純化された物語を供給する。アメリカが攻撃された。敵はどいつだ? ビンラーディンという男だ!地の果てまでも追いかけて血祭りにしろ!それがアメリカの正義だ!あとはすべての政策を、この単純なカウボーイ物の筋立てに沿わせて潤色する。ビンラーディンの暗号名はジェロニモだったという(ジェロニモになんと失礼な!)。すると国民はついてくる(アメリカではいまだに、先住民殲滅の歴史が〝よいこと〟だった、あれは〝正義〟だったと思われているのだ)。

 それをアメリカ政府は、自覚的・方法的に行っている。今は知らないが、ブッシュ政権のときには政府部内に、ロラン・バルトを研究した物語論者や心理学者が雇われていたという。どういう物語が受けるか、大衆動員に効果があるか、といったことをアンケート等で調査し提言するのだ。そんなスタッフがいなくても、それを専門とするPR会社がある。PR会社が消費者の欲望と幻想を作り出す。その上に立つのがアメリカの「民主主義」だということだ。
  
 
 

2011年5月 6日

いつもけなしている菅首相が…

 いつもけなしている菅首相が、浜岡原発のすべての原子炉の運転停止を中部電力に要請した。川勝平太静岡県知事はただちに「英断に敬意を表する」とコメントを発表した。御前崎市長は怒っているという。これで中電がじっさいに原発を止めるまでには表でも裏でも死闘が演じられるだろうが、震災後、菅内閣が示したほとんど初めての画期的な政治決断であり、日本政府から出た初めての朗報である。

 昨日は、危機感を抱いた自民党の原発推進派の議員たち(元経産相の甘利、通産官僚上がりの細田、東電顧問の嘉納etc. )が「原子力を守る」政策会議を発足させたばかりだ(「朝日」5日付)。 また、このニュースを伝えたNHK夜9時のキャスターは、「唐突な発表」であり、配慮に欠けるとんでもないことだと言わんばかりの紹介のしかただった。そこにもすでに、こういう決断にどれだけの抵抗があるのかが透けて見える。ニュースを伝えコメントする彼らの頭がすでに「原発化」しており、その原発化を推し進めた政・官・財・学・メディアの「5つの防壁」がある。それが直ちに抵抗を示すのだ。しかしこここそ政治生命をかけてやり抜くべき場面だ。NHKニュースがどんな「街の声」を拾って紹介しようと、浜岡原発について少しでも知っている者なら、この決断こそ今なされるべきものと思うだろう。

 東海地震はいつ来るかわからない。わからないから運転を続けていていいのか。実際に来たら後の祭りである。原発の「安全対策」なるものがいかにずさんだったかは、福島第一の事故の後つぎつぎに明らかになっている。それにもともと、「原発の安全性」というものは、「そこまで考えていたら採算が立たない、作れない」という以外に基準がないということを、本来は目付け役であるはずの原子力安全委員会の斑目某が、二年前に国会で答弁さえしている。

 とりあえず、のこととしても、いま日本の原発労働者は総動員で福島第一にかり出されている。技術者もそうだろう。そこにもうひとつ浜岡が地震でやられたとしたら、浜岡が首都圏に近いとか、中部日本がやられるとかいうだけでなく、福島第一を抱えてもはや浜岡の始末にあたる人員さえいなくなる。「もし」を想定しなかったら、原発の場合取り返しのつかないことになる、というのが福島第一の教訓である。

 だから、誰が考えても、少なくとも浜岡はまだ「有事」になる前に止めておかなければならない。そういうリーズナブルなことが、「大きな決断」としてしかなされえないのが政治の世界だ。たしかに50年続いた戦後の日本の原子力政策を大きく揺るがすという意味では、重大な決定だ。ここはあらゆるいきさつをいったんおいて、この決定(菅ではなく)を支えたい。
 
 手前味噌になるが、奇しくもこれで、この連休の始めにわたしが「詣でた」二つの原発が止まることになる。敦賀では稼働中の一機が燃料損傷の発覚で先月30日から止まり、これで浜岡も止まるとすれば、わたし(たち)の「原発詣で」 もあらたかなる霊験を引き出すきっかけの一端になった(謙虚!)と言ってもよいかもしれない。
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2011年5月12日

やっぱり東京新聞を…

 みんな原発に飽き始めたのか、あるいはそんな気配を作ろうとしているのか、新聞やテレビでの扱いはだいぶ少なくなっている。菅が浜岡を止めるという「英断」を下したが、ただ、それが「浜岡以外を守る」という路線の防波堤になってはどうしようもない。

 だいたい、スキームが示された東電の賠償支援は、結局のところ、原子炉冷却水のように ダバダバ税金をつぎ込んで「東電を守る」プランにしかなっていない。だが、その大量に注ぎ込んだ水が、つぎつぎに漏れが発覚して、昨日も高度の汚染水が海に流れ出ていることや、一号機の炉心がほとんど露出して(崩落して?)いることも明らかになった。事態は一向に改善していない。というより、メルトダウンは絶対にないと言っていた手前、ずっと隠していたのだ。そんなところに〝真水〟(亀井センセイがそう言っていたね)は流せない。
 
 最後には税金をつぎ込まなければならないのは明らかだとしても、その前にこんな事態を引き起こした東電にまず責任をしっかり取ってもらおう。こんな夜郎自大の会社で儲けようとしてきた株主も同罪だ。それが資本主義のルールというものだろう。被災者を守らず、国民をだまして、会社と株主を姑息に守るような政府は、詐欺や泥棒をかばう警察のようなものだ。

 この原発事故の損害補償の仕方には、大震災・津波災害への対応も含めて、これからの日本の社会のあり方がかかっている。だから重要なのだが、残念ながら、いま時間をつぎこまなければならないひと様のための仕事を抱えていて、細かいことまで立ち入ってきちんと議論を展開する余裕がない。だから、ここはとりあえず東京新聞に代弁してもらおう。

 東京新聞は昨日から一面で福島第一原発事故の検証を始めた。事態がどんなものだったのかを荒削りだが、証言を集めて再検証しようとしている。これが一面だ。そして社説で、政府の出した被害者への損害賠償プランの「本末転倒」を厳しく批判している(「原発賠償案・これは東電救済策だ」)。さらに24、25面の「こちら特報部」では、「『電力不足キャンペーン』にモノ申す」と題して「東電また〝情報操作〟」「狙いは原発存続/電力会社と経産省グルに」といったテーマを追求している。その傍らには、例の子供の「被曝許容量」に関して「チェルノブイリより甘い基準」という調査記事もある。

 いま、これだけ必要な報道をしているのはこの東京の「地方紙」だけである。お金は城南信用金庫、情報は東京新聞だ。

 毎日新聞もはっきり「脱原発」に舵をきり、今日の社説ではやはり政府の賠償プランを批判している。朝日は例によって寝たぼけた社説を載せている。 惰性でこんな新聞に金を払うのはもうやめにしよう。
 NHKではまた別の〝東大教授〟に今日のフクイチ(モンジュ君とスカイプしているらしい)の解説をさせていたが、まったく東電のスポークスマンのようなで、いい加減にしろと言いたくなった。だから、視聴料ももう払いたくないが、5月15日(日)22:00~23:30(90分)にNHK教育テレビで放送されるETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月」は必見。3年前に東京外大でやったラウンド・テーブル「核と現代」にスピーカーとして参加した七沢潔さんが制作に関わっている。

東京新聞社説(05/12)
  毎日新聞社説(05/12) 
 

2011年5月17日

被災地と沖縄、東電発表の向こう側

 沖縄
 一昨日は沖縄の「復帰39年目の日」だった。この間、世間の目は福島原発と被災地の復興に向けられているが、沖縄をめぐる動きもいろいろある。沖縄はそういってよければ、戦災と米軍占領以来「永遠の被災地」だ。
 
 最近は米上院軍事委員会の主要メンバーから、排除されてきた嘉手納基地統合案が再提出された。辺野古に新基地は作れないという現実を受け止めた対応だろうが、日本政府はこれを考慮しないとしている。

 昨日の東京新聞は「弱者に押し付ける傲慢 沖縄米軍基地と原発」という社説を掲載した。この時期に、原発政策の問題と沖縄の基地問題との関連をそれなりにフォローし、この二つを日本の政治と社会の問題として受け止めることを提言したものとして紹介しておきたい。(⇒東京新聞社説

 メルトダウン
 数日前に、福島第一原発1号機の地下に大量の水が見つかり、東電はやっと「メルトダウン(炉心溶融)」が起こっていたことを認めた。始めのうちはメルトダウンは絶対にないと言い、そのうち「炉心は50パーセント以上〝損傷〟しているが、メルトダウンではない」といった発表をしてきた。核燃料の100パーセントの溶融でないと「メルトダウン」ではないとの強弁だったわけだが、もはやそれも維持できなくなった。するとその途端に、「メルトダウンは3月11日に起こっていた(地震5時間後から始まり、16時間後にメルトダウン)」という〝東電の分析〟が公表される。
 
 すでに多くの人がそれを指摘していたし、世界は早くからメルトダウンを伝えていた。2ヵ月後の今に至るも〝東電の情報公開〟というのはこのやり方である(つまり起こっていることを極力過小に言いくるめ、後でなし崩しに辻褄を合わせる)。遅すぎるが、東電をもっとまともな監視機関の管理下に置くことはできないものか。事故への対応だけでなく、経営そのものもである。
 
 働いているのは誰か
 それに、気になるのは、「東電が」何をやっているか(言っているか)ということより、現場では誰がどういう状況で(雇用条件・組織形態・環境条件を含めて)作業をしているのか、何人ぐらいがどんな状況で働いているのか、被曝状況は、人員補充はどうなっているのか、といったことだ。また、ここ数ヶ月の継続的に気の抜けないときに、現場の対応態勢・作業態勢は維持できるのか、所長、技術陣から、末端の作業員まで、みなん持ちこたえられるのか、といったことだ。

 原発事故の補償がようやく日程に上っているが、被災のさまざまな保障とともに、現場で作業に当たっている人たちには特別の医療体制や保険等(被曝したら一生保健医療を受けられる、等々)が用意されてしかるべきだろう。〝国難〟にあたっているのはそういう人たちなのだから。

 自衛隊員には避難指定地域や福島原発での作業に特別の手当てが増額されたという。給与以外に1日42000円(時事通信16日)。ところが、この間、ほとんどだまされて福島第一で働かされたという作業員は、1日12000円の求人広告で応募したのだ。自衛隊員には給与も宿舎もある。だが、こうして集められる作業員は、何の保障もない日雇いである(⇒関連記事)。こういう人たちを〝使い棄て〟て居座っているのが「東電」なのだ。

 実際、放射能汚染の厳しい現場で働いているのは、いろいろなかたちで雇われた人たちであって、「東電」という会社ではない。売り上げと利潤だけ上げて、PRや投げ銭であちこちを潤し、株主にもうけさせる「会社」の言うことではなく、その「会社」が管理する危険な現場で働いたり、働かされたりしている人びとの実情がもっと公開されるべきである。そして彼らの仕事がもっと公的にサポートされるべきである。いずれにせよ、そこがどう運営され、どう担われているかに、事故処理作業の成否はかかっているのだから。

 二重ローン
 ついでに、災害補償について付け加えるなら、ローンで建てた家を津波で失ったしまった人たちに、ローンだけが残るというのはいかにも理不尽だ。彼らの財産である家だけが流されて、ローンは津波では流れないのか。金貸し業だけはいつも安全なのか。住宅ローンは物件を担保にとっているし、その上、借主の命までカタに取っている。その対象物件が津波で流れてもローンだけは安泰、というのはあこぎで、〝公序良俗〟の基幹に反することではないだろうか。貸主も天災のリスクを負うべきだろう。このことは強く言いたい。


2011年5月19日

戦後統治構造のメルトダウン

 4月下旬に『週刊・東洋経済』が東京電力の特集(迷走する巨大企業の正体)を組んでいたが、ここにきて『週刊・ダイヤモンド』が5月21日号で「原発、カネ・利権・人脈」という特集を出し、『週刊・エコノミスト』も5月24日号で「脱原発、こうすれば実現できる、大規模発電から分散型へ」といった特集を組んでいる。

 『週刊ダイヤモンド』の構成はこんな具合だ。
Prologue 原発・日本を動かす巨大装置
Diagram 100年間、業界を食わせる原発の全貌
Diagram 徹底解剖!原発産業のカネ・利権・人脈
Part 1 原発に群がったヒト・企業・カネ
Part 2 あぶり出された原発の真実 

 まるで、ここまでなら日本社会の主流や財界から白眼視されてきた〝反原発派〟のマイナーな雑誌のようではないか。経済の観点から世相を追ったり煽ったりするいわゆるビジネス週刊誌が、こういうことを公然とやるようになった。

 メルトダウンを起こしているのは福島第一原発の三つの原子炉だけではない。いま日本の戦後社会を領導してきた統治の構造そのものがメルトダウンを起こしているのだ。

 いくつかの〝事故〟があった。2008年にずっと政治を担ってきた自由民主党が政権を失った。それは、冷戦後に劣化したその統治構造が、ネオリベ/対テロ路線の小泉政権でガタガタになり、日本社会の疲弊もきわまったあげくのことだった。政権交代後、沖縄問題をとおして戦後の日米関係があらためて問われたが、民主党政権はその「隷従構造」を変えられず、かえってなし崩しに取り込まれてしまった。

 そこに大災害が襲い、地震と津波は安保体制下でできた日本の経済的統治のアキレス腱だった原発を破綻させることになった。

 原発は戦後日本の屈折を象徴している。原爆で止めを刺され、最初の〝核〟の犠牲となった日本は、しかしその〝核〟をみずからのものにすべく、アメリカの〝庇護〟のもと、自民党成立とほとんど時を同じくして〝核の平和利用〟に乗り出した。それ以後、日米安保のもとで政・官・財のトライアングルによる長期の統治体制が作り上げられるが、核兵器保有の潜在能力確保という国家的意図を隠しつつ、70年以降は「エネルギー自給」の題目のもとに、原発推進体制が公然たる〝国策〟となり、学会やメディアも完全にそこに組み込まれてきた。

 ひとたびそれが「国策」になると、電力会社(独占企業)を軸とした政・官・財・学・メディアを含めた利権水路ができ、それが地方行政を取り込んで、住民を麻薬漬けにしたような原発拡大政策が展開され、あちこちに巨大利権があるから誰もがのめり込み、もはや歯止めがきかなくなる(それについては、内橋克人さんが本で紹介し、最近またネットで有名になった「敦賀市長講演」というものがある)。
 
 だが、日本の政党政治そのものが「東電」化してしまっており、このメルトダウンに対処できない(昨日も、今度は平田オリザが口をすべらせてしまったようだが、アメリカの「手」だけはしっかりと入っている)。その意味で、福島第一で起こっていることは、まさに現在の日本そのものの縮図だと言うほかないが、この〝炉心溶融〟に打つ手はあるのか、あるいは〝溶融〟は事態をどう展開させるのか、それが問題だ。ここでは、問いの立て方そのものが試されている(間違ってもここでは、〝誰が〟という問いは立てないでおこう)。

2011年5月23日

小出裕章・後藤政志さんら、参議院で陳述

 小出裕章・後藤政志さんら、参議院で陳述

 「これからの日本」に向けて、あちこちでいろいろな動きがあるようですが、今日、参議院の行政監視委員会で、京大助教の小出裕章さん、元東芝原子炉エンジニアの後藤政志さん、神戸大名誉教授で地震学の石橋克彦さん、脱原発を打ち出したソフトバンクの孫正義さんが、参考人として発言しました。短い時間でしたが、たいへん密度の濃いインパクトのある意見陳述でした。

 NHKの国会中継は、同じころにあった、3月12日の「注水」がどうのこうのという、菅と斑目の責任のなすり合いを政局に結び付けようという、まったく非生産的な出し物を放映していました。けれども、この参議院委員会の参考人発言をUstreemで見ることができます。

 ★参議院USTREAM中継 脱原発への道 1
   参議院USTREAM中継 脱原発への道 2

 とくに、高速増殖炉による核燃料サイクルを確立するという日本の政策プランは、年毎にその非現実性が明らかになっており、それをなお続けるという方針は詐欺にも等しいものであり、これに係わった政・官・財・学の関係者は、概算するとそれぞれ懲役百年ものだ、というあたりは圧巻でした。これがゆるぎない論理で言えるのが小出さんですね。 

 ともかく、これはわたしのご託よりはるかに意味があるものなので、ぜひご覧いただきたいと思い、お知らせすることにしました。たぶん、いろいろなところからこの情報は回っているでしょうが。

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 チェリーを食べて原発忘れる?

 中国の温家宝首相と韓国の李明博大統領が訪日し被災地を訪れた。わが菅首相は福島での会合にこだわり、現地産のチェリーをいっしょに食べる〝パフォーマン〟を得意げに行った。政府関係者は「3首脳が一緒に福島に入り、安全をアピールする。それが全世界に流れることが重要だ」と言っているそうだ。

 二人ともそれぞれの思惑もあって付き合ってくれたようだが、かいわれ大根以来(96年)の菅のひとつ覚え、それで「風評被害」をとめるというその発想はあまりに馬鹿げている。三人そろって福島チェリーを頬張ってみせても、それでは原発事故の状況はいっこうに収まってはくれず(世界が求めているのはそっちの方だ)、このアホな演出が全世界に流れれば、またまたこの首相は失笑を買うばかりだろう。

 一回ぐらい頬張ったところで、逆に怪しまれるのがおちだ。ほんとうに安心だと思ったら、官邸の食事はみんな福島産でやるぐらいの宣言をしたらどうか。子供だましではあるまいに、これが首相のやるべきことか。
 
 ところで、「風評」とは何なのか? 「根拠のない噂」? 放射能汚染の心配には根拠はないのか? あるいは、なぜ人びとは不安にかられなければならないのか?

 それは、あれほど「安全だ」と宣伝されてきた原発が致命的な事故を起こし、それが2ヶ月経っても収束のめども立たず、そのうえ日々新しい問題は生じるし、初期に放射能汚染情報が隠されていたことや、政府・東電が事故をなるべく軽くみせるために情報操作をしてきたことなどが、次々に明るみに出てくるからだ。

 汚染や被曝の心配が「根拠のない噂」だというなら、「原発は安全」というPRや、「ただちに健康に影響はありません」という政府のコメントはいったい何だというのか。放射能汚染が広がっているというのは「風評」ではない。あるいは、「風評」が立つのは政府・東電が、把握した情報を必要なときにきちんと出さないからだ。

 政府が把握した情報を的確に出し、何が起こっているのか分からないなら、ありうべき危険を想定して、それにもとづく対策をはっきり打ち出す。そうしていれば、住民はその発表や指示を信頼するようになるだろう。

 双葉町や浪江町あるいは飯舘村はどれだけ汚染されており、少なくとも何年ぐらいは住めないか(住まない方がよいか)目安を示し、住民の避難の便宜を図り、住む先やその後の生活に目処を与えるとか、緊急時だからといって放射能の許容限度を引き上げるなどせず、逆に「用心のために」と基準を厳しくするとか、そうした対応をとっていれば「風評」などは立たない。だが、政府がやっていることはいつも逆なのだ。

 とくに、避難地域の指定だけはして、退避は住民自身にやらせるようなことでは、原発推進を掲げた政府としては無責任極まりない。

 「風評」という得体の知れない悪者を設定し、あたかもそれが悪さをしてみんなに「被害」を与えているかのような印象を作り出す。そして実際に被害を受けている住民といっしょに、政府もその被害者であるかのように振舞う(だから中国・韓国に被害防止を訴える)。それで政府は曖昧な情報しか流さず、みずから適切な措置をとれないことに頬かむりするということだ。

 生産者たちは「風評」のために産物が売れないと考えるようだが、「風評」のためではなく、事実放射能が撒き散らされていて産物が汚染の危険にさらされている。それが売れないことに抗議するのではなく、汚染の現実に対して怒り、その責任を追及するべきなのだ。売れない野菜や牛乳や肉や魚は、東電と首相官邸に着払いで届ければいい。「根拠のない安心」を撒き散らしているのはそこなのだから。

 日本の政府は、国民を汚染の危険から守ることよりも、「パニックを起こさない」ことのばかりを考えて、いつもそちらへの配慮を優先させる。「安心」して、黙っておとなしく放射能を浴びてくれていた方がいいということだろうが、もう今度ばかりはそれは通用しないだろう。

2011年5月27日

みんなマダラメ、支えるのは現場

 (こんなことばかり書きたくない…)
 少し前になるが、20日の東京新聞には福島の学校現場の困惑が紹介されていた。国は子供の年間被曝量の上限(つまりここまでは浴びせても可という上限)を年間20ミリシーベルトと決めたが、これは労働基準法で18歳未満の作業を禁じている「放射線管理区域」の約6倍にあたるという。だから相当ゆるい基準で、その限度に届かなければ国は問題なしということで何もしない。親も教師たちも心配するが、実際どうするかは結局学校現場に丸投げされることになる。

 (この問題を扱った25日のNHK9時のニュースに、スポークスマンの細野が出ていたが、大越・井上という2人のキャスターは、この基準について聞きながら、ただ細野の言い逃れのご託を拝聴しているだけだった。番組に呼ぶのは直に問いただすためではないのか。この2人はいつもそう。もう、視聴料は払わない、とNHKにファックスを送った。)

 もともとこの基準には各所から批判と抗議が出ている。担当の文科省は「原子力委員会の了解を得た」としているが、安全委は「認めていない」と言っている。安全委の斑目も、どうしてこんな男がこんな要職についているのか理解できないような人物だ(彼の〝放言〟は2年前の国会答弁だけではない。この人物については、原子力資料情報室がすでに2007年に〝不適格〟として保安院に更迭要請を出している。)

 東電も保安院もずっと否定してきたのに、最初の1日で1号機から3号機までメルトダウンしていたと、いま頃になって認めたばかりだ。ここ数日は、初日の海水注入中断が事故を深刻化したのではないかということで、国会からメディアまで〝犯人捜し〟が行われた。これは官邸からの指示だったのか、そのとき安全委のマダラメが何を言ったとか言わないとか、東電は政府に注入を報告したとかしないとか、政府(枝野)と東電と安全委(斑目)の言うことが食い違って、お互い責任のなすりつけ(というより、すくみ合って自分に責任がかかってこないように言い逃れる)をしていたが、今日になって、実は〝東電が政府の意向を受けて〟中断していたことになっていた海水注入は、フクイチ(福島第1)の現場の判断(吉田所長)で継続されていた、ということが明らかになった。

 現場は、ともかく事態を抑えなければならないから、現場の状況から必要なことはやらねばならない。だから海水注入は続けたということだが、それだけが結局〝正しい〟措置だったということだ。遠くであたふたするだけの官邸や東電本社のたわ言を受け流し、ともかく必要な措置をとり続けた吉田所長は正しかったわけだが、東電はそれを、〝処分する〟とも言っているようだ。

 このことで今の事故対応の状況がいっそうはっきりした。官邸、霞ヶ関、東電、保安院(経産省)、安全委は、国会でも、記者会見でも、どう言った言わなかったで、お互い責任逃れに汲々としているが、そこに露呈しているのは、やるべき事をしていないということだ。ただ、まったく表に登場しないところで、現場だけが仕事をしている。その現場を、権限だけをもつ東京のろくでなしどもが〝処分する〟と言う。

 そして今日はスピーディーの話。2回めの水素爆発があった日に、比較的放射能汚染の少なかった南相馬市から、現場から遠いということで飯舘村に避難した人たちが800人以上いたようだ。住民避難の指針になるように開発された(松浦元安全委委員長)というスピーディーのデータがこのとき公表(または現地に伝達)されていれば、この人たちはわざわざ被曝しに行くような避難はせずにすんだことだろう。だが、文部省は〝社会的混乱〟をおそれてこれを公開しなかった。

 東電と官邸の取りまとめ役である細野は、以前、このデータを発表しなかった理由を、〝パニックをおそれたため〟と説明した。ところが今日の記者会見では、記者の質問を受けて、枝野もこのことを知らなかっただろうが、自分もスピーディーのことは知らなかったと、しゃあしゃあと言っている。では、前に説明したのは何だったのか。

 いま、政府中枢で、権限をもち責任を負っているはずの連中の言うことなすことがこれである。いい加減なことを言って、自分では何の責任も取ろうとせず、最後には〝知らなかった〟と居直ってすまそうとする。〝安全委〟なのに放言垂れ流しの斑目はさすがに破格だが(亀井おやじの言うように、すぐにでもクビにすべきだ)、他もいい勝負だ。

 いつも大本営(保阪正康などの書いた)が思い出される。どうして日本では上に立つ連中の質がこうまで悪いのだろう。

 ★浪江町の一時帰宅の人びとが、防護服を着て犠牲者の慰霊を行う姿が痛ましかった。津波の痕もそのままに応急の祭壇を作り、防護服に袈裟をかけた住職がお経を上げていた(朝のTBS)。

2011年5月28日

『"経済"を審問する』刊行

 長らく手間どっていた『"経済"を審問する--人間社会は"経済的"なのか?』(せりか書房)がようやく刊行の運びとなりました。書店に並ぶのは6月1日過ぎのようです。
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 帯には、「2008年秋の世界金融恐慌とは何だったのか。アメリカの軍事・経済両面における覇権の崩壊は世界をどう変えるのか。2世紀にわたって世界を席巻した産業技術経済システムの命運を検証しながら、折から襲った大災厄の後に、ありうべき社会の〝復興〟の原理を問う」と記しました。
 この数年間、〝経済〟とはどういうものかを問いただしながら、協力者たちと続けてきた活動の記録と批判のビジョンをまとめたものです。巻頭に、『現代思想』2009年8月号に発表した「経済学の倒錯」を大幅に加筆修正した「経済学は何をしてきたのか--経済・産業技術システムの興隆と破綻」を収録しました。
 今度の大災害は、それが原発事故を引き起こしたこともあった、「もはや日本は以前のようではありえない」と多くの人びとに思わせましたが、ささやかながらこの本が、「これから」の日本と世界を考えるよすがになれば、と期待しています。よろしかったら手にとって見てください。

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 以前このブログで二度にわたってコメントしたNHK広島制作の番組『封印された原爆報告書』が、2011年度の科学ジャーナリスト大賞に選ばれました。日本科学技術ジャーナリスト会議が出している賞で、受賞理由は「原爆被災者に対して日本自らがおこなった医学的調査の報告書を、密かに米国に渡して核戦略に利用されていたという驚くべき事実を掘り起こし、スクープ・ドキュメンタリーしてまとめあげた見事な作品」となっています。
 現在の原発事故の状況とも切り離して考えられない番組で、この機会に再放送がまたれます。
 ★番組ホームページ
 ★〝自発的隷従〟原爆編(1)(2)

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