[MyTUFS:19] 私が外大を目指したきっかけ

受験生の皆さん、こんにちは。
アラビア語科4年生の並木による「一外大生のつぶやき」、第二弾です。
今回は私が外大を目指したきっかけについて、お話ししようと思います。


「何で○○語を選んだの?」

という何気ない質問は、外大生にとって避けて通れない難問です。
本当に何回も聞かれます。そりゃ聞きたくもなりますよねぇ。変ですもん。
海外でも聞かれますから、どうしても外大生になりたいそこの貴方は
今のうちからある程度考え抜いておいた方が良いかもしれません(笑)。

私の場合、先ずは「新しいことを始めたい」というのが念頭にありました。
それから、
「今ある問題を何とかしてやりたい!」
という若者にありがちな訳のわからない信念にとり憑かれておりました。
そこで「ロシア語を学んで北方領土の問題解決に寄与する!」と思い、
単純に外大を選び、外語祭で新しい校舎と国際色豊かなお祭りに惚れ込み、
外大一本で前・後期ともロシア語科を受験し、そして落ちたのであります。
猪突猛進ですね。いやはや。危ない子です。

浪人の一年間は、私と外大の関係を見直すとても良い機会になりました。
だって、ロシア語をやりたいなら某J大学でも良い訳です。
何でまた外大? 何でまた、千葉から2時間強かけて、東京を横断して通学?
と、色々考えましたが、

それまで優等生人生を歩み何でも大体そつなくこなしてきた私は、
やはり「新しいこと」を始めて自分がどこまで行き着けるか、試してみたかったのです。
自分で努力して磨いた力で、自分にしか見えないものを見たかったのです。
そして、そうするための環境として、長閑で緑いっぱいのキャンパスが好きでした。

そうこうしているうちに新聞やテレビに溢れ出した、
イラク戦争の戦後処理泥沼化のニュース。
それを見て、疑問に思いました。
「この人たちは、本当に毎日泣き叫びながら悲しんで暮らしているんだろうか?」
「この人たちは、本当に怖い人たちなんだろうか?」

そこで思い悩んだ結果、ロシア語を止めて、アラビア語科を選びました。
アラビア語を使えなければ見えないものを、自分の力で見てやろうと思いました。
本当に猪突猛進です。危ない子なのです。長生き出来ないような気がします。
ですが今度は運よく前期試験に合格し、
有名私大を勧める周りの助言には目もくれず、外大に入ってしまったのであります。

とは言え、実は少し悩みました。
将来アラビア語で飯を食うのは大変そうだなぁ、と思いながら、
2004年3月の夜、キャンパスを歩きました。

そこで目に入ったのは、事務棟の時計。ステンドグラスの、夜には光る時計です。


(文字盤を裏から見たところ)

それを見た時に、何故か確信してしまったのです。
「この大学に入って、損はしない!」と。何故でしょう。謎です。
今でも、ちょっと迷った時にはこれを見上げます。とてもきれいです。

こうして私は、2004年の春、外大に入学したのであります。


ついでですから、うちのY教授がタイ料理をつついていた時に発した
何気ない一言をご紹介しておきましょう。

「将来の仕事でアラビア語を使うことがなくても、
『アラブ人って怖い』『中東って怖い』って言う人に出会ったら
『それは違う』と言えるだけで、
4年間アラビア語を勉強した価値はあるのよ」

かくして、これが、私の原点になりました。
世間で「当たり前」のことを自分なりに見直し、違っていたらきちんと声を上げる。
この、変…じゃなかった、ユニークな大学には、そのための素材がごろごろしています。


長くなってしまいましたね。
さて来週は、入学と初めの授業についてです。お楽しみに。


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