[MyTUFS:14] さいごのひとこと
こんにちは。ついに年度代わりになりました。私の最後の投稿です。
今日から晴れて外大生になるみなさん、ご入学おめでとうございます。
外大という世界を引退する老兵として、この言葉を。
『「たかが」と「されど」をお忘れなく』
①たがが外大、されど外大
大学入試の世界では比較的難関とされる外大ですが、はっきりいって社会では「たかが」外大というイメージが定着しているように思います。名もなき私立大学と勘違いしている人も多いです。ですから、大学の名前にあぐらをかいている余裕はありません。しかし、外大には「されど」のスケールのものも絶対あります。それは専攻語の授業かもしれないし、ゼミかもしれないし、その他の講義かもしれないし、部活動かも、サークル活動かも、食堂のご飯かもしれません。皆さんそれぞれの価値観でしっかり探してみてください。
②たかが外国語、されど外国語
「外国語はコミュニケーションのツールに過ぎない」という社会通念があります。「たかが」外国語というイメージで語られるこの言葉に負けないよう頑張ってください。外国語だけでなく様々なことを吸収することは欠かせません。しかしその一方で、大工道具がなければ家が建たないのと同じように、言葉が通じなければ深い(複雑な意味をやりとりする)コミュニケーションはできないということ、「されど」外国語ということを、外大生は忘れずにはいられません。私自身が専攻語の勉強を充分しなかったことへの後悔の気持ちも込めて、みなさんには専攻語の勉強をがんばってもらえたらと思います。
③たかが数年、されど数年
大学生活は多くの人にとって人生のなかでわずかな期間なんだと思います(もちろん、今現在まで私が歩んできた人生の中では結構な割合を占めているわけですが)。「たかが」数年です。でもこの数年は、(多くの外大生にとって)数字で表せば実に1400日、35000時間をこえるわけです。映画にして約17000本分です。映画のようなダイナミックな時間は少しかもしれませんが、自分で自由に自分の時間を管理できるこの「されど」数年を大切に充実させてもらえたらと思います。一人の時間、他人とともにいる時間をうまく両立させて大切にしてもらえたらと思います。
他にも色々なことに対して、「たかが」と「されど」はあります。
たかが多磨、されど多磨。 たかが授業、されど授業。
たかがサークル、されどサークル。 たかが同級生、されど同級生。
あ、家族と友人は大切に。
「たかが」は、驕りやうぬぼれ、現状への過度の満足をくいとめ、さらなるレベルアップへの原動力として。
「されど」は、自分の微力さを認めながら、世間の厳しさを受け止めながらも、前向きに取り組み続けるよりどころとして。
「たかが」と「されど」の視点や気持ちを大切にすると、きっといいことがあるんじゃないかと思います。
これまで私の駄文を読んでくださりありがとうございました。ちょっとでも役に立てていたら幸いです。もしよければ今度はこのブログの執筆者になってみてください(入試課へどうぞ)。たかがブログ、されどブログ。カウンタが増えている喜びといったらたまりません。
最後に載せる写真は、先日新しくなった武蔵境駅の写真です。その昔、中央線下り線ホームと西武多摩川線ホームが向かい合わせに直結していたことを思い出しました。そんな老兵も、今日外大生になる皆さんと同じように、今日から社会の荒波にもまれます。「たかが」と「されど」を、みなさん以上に大切にしたいと思います。それでは、楽しい外大ライフを。
(英語専攻OB 県立旭丘高校卒 Sさん)
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