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研究プロジェクト

音韻獲得の言語相対論の新展開:クリック子音獲得の事例研究

中川裕(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)

【研究課題】音韻獲得の言語相対論の新展開:クリック子音獲得の事例研究
【研究費の枠組み】日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(課題番号:18K18500)
【研究期間】2018年度~2020年度
【研究代表者】中川裕(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)
【研究目的】

「多数のクリック子音をもつコイサン諸語の音素体系を子供はどのように獲得するか?」この問題は、音韻獲得研究においても、コイサン諸語研究においても、これまで全く探求されたことがない。本研究は世界で初めてこの問題に答えるための本格的な組織的調査を実施し、その結果の考察によって、 (i)従来の音韻獲得研究の射程に大きな変革を与え、(ii)研究指針に「獲得の難しい音類の獲得に関する探求」を組み入れ、(iii)音韻獲得の言語相対性(個別性・類型性)の理論の発展に挑むことを目的とする。

本研究は、コイサン諸語コエ語族カラハリ・コエ語派のグイ語を対象とする。この言語は38個の非クリック子音と52個のクリック子音を区別するコエ語族最大の子音音素目録をもつ。また、語彙におけるクリック子音の頻度は非クリック子音よりも圧倒的に高く(クリック73%、非クリック37%)、クリック子音の獲得は子供の語彙の拡大にとっても重要な役割を果たす。

従来のヤコブソン流音韻獲得理論においては音韻獲得が普遍的原理で規定されると考える。この言語普遍性アプローチには限界があることが近年の研究成果で明らかになってきた。それは調査対象となる幼児言語を、欧米の言語から欧米以外の言語に拡大してきたことと連動する。この研究潮流の理想的な発展のためには、サンプル言語がなるべく多様な音韻構造タイプを含むように拡大されねばならない。ところが実際は、音素数・対立の種類・音素の内部構造の複雑さのいずれにおいても、多かれ少なかれ似かよったタイプの音素体系の獲得しか研究されてこなかった。そのため、幼児の音韻獲得の体系的多様性を理解する知見が乏しく、音韻獲得についての言語相対性(個別性・類型性)の理論の発展には、深刻な困難がある。現状では、「獲得の易しい」音類の調査の敷衍がもっぱら議論され、「獲得の難しい」音類の獲得メカニズムを考察することはできていない。

コイサン諸語は、まさに「獲得の難しい」音素、つまりクリック子音音素を多く含む複雑な音素体系をもつ。しかも、クリック子音音素は語彙において高い頻度をもち、子供の語彙の獲得にとっても重要である。コイサン諸語のような特殊な音韻タイプの言語を調査サンプルに加えれば、音韻獲得の実証的知見の幅は格段に拡張し、それに基づく音韻獲得の言語相対論の議論は飛躍的に発展する見込みをもつ。本研究は、音韻獲得研究の射程を「獲得の易しい音類」から「獲得の難しい音類」へ転換させ、全く未知の領域における新資料を開拓し、この研究分野に刷新の契機を与える。

科研データベース
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-18K18500/