2020年度 活動日誌

10月 活動日誌

2020年10月31日
GJOコーディネーター 古屋

現下の全世界的な情勢を受けての深慮なのでしょう、当国にいる外国人教師は急遽帰国することになりました。大変気に入ったトルクメニスタンを去るのはまさに後ろ髪を引かれる思いですが、万一の事態を想定すると仕方ありません。

日本語履修生が次々に教室にやってきて、あるいはキャンパスで私に出会うと、「始まったばかりなのにもう終わるとは一体どういうことなんですか⁉」「せっかくやる気になっていたのに残念です」などと言ってくれます。特に、教室で前列の席を陣取って目を爛々と輝かせていた学生たちは相当へこんでしまい、見るも気の毒です。どうにかしてあげたくても、何もできず心が痛みます。

しばらくトルクメニスタンに来られないのだから、まだ訪れていない博物館を見学しに行こう…と思っても、そのような施設は閉鎖されています。おいしかった料理を食べにまたあの店に行こう…と思っても店内での飲食は不可です。私が好きな「カフェ読書」もほとんどできなくなりました(学生から、最近はどこの喫茶店に通っているんですかとたびたび聞かれます)。市内はいたって平穏ですが、防疫のため日常生活に不便が生じてきました。

国際旅客便の往来がほぼ全面停止していて出国が難しい中、日本大使館の強力なサポートを得て、チャーター便などを乗り継いで無事帰国しました。トルクメニスタンの国際空港の機能は今、一時的にトルクメンバシ空港に置かれているとのことで、カスピ海に面するこの港町に1泊することになりました。朝、ホテルの窓からトルクメンバシ湾と樹木のない岩石の山を眺め、市内をタクシーで一巡し、空港に向かう途上で日本人抑留者墓地に参拝したのが今回のミッションでの最後の思い出となりました。

トルクメニスタン、いい国でした。

9月 活動日誌

2020年9月30日
GJOコーディネーター 古屋

長かった夏休み期間も終わり、新学年度が始まりました。昨年度の日本語履修生は主に経済専攻の3年生でしたが、今年は打って変わってIT・コンピューター(3学科)と国際法(2学科)専攻の2年生です。このご時世のこと、各クラスを二分割し午前と午後の部に分散、1コマ40分の臨時レジームとなりました。各クラスから受ける第一印象は「なんと静かなこと!」。始まったばかりというのもあるかもしれませんが、少人数になると集団的なざわざわ感が減ずるのかもしれません。昨年度は100名近い3クラス合同授業がありましたが、今は最大で1クラス12名ですから随分と大きな違いです。一人一人に目が行き届き、文字の書き方や発音指導をすることが可能となりました。

一方、日本留学予定のGさんとYさん。日本の怪談がとても気に入ったとのことで、引き続き怪談集を読み進めることにしました。落ち武者、無念、怨念、鬼火、成仏…。解説を要する怪談のキーワードが次々と出てきます。私が実際に目撃した不思議な現象を交えて語ると、二人は神妙な表情で聞いてくれます。「先生はUFOを信じますか」と聞いてくるYさん。彼はこの夏、首都からそう遠くない地方の町(古戦場で有名な所)にある自宅で、真夜中に目が覚めて庭に出たところ、満月よりも大きな完全円形の光源10個が夜空に整然と並び、しばらく静止していたかと思うと突然音を立てずに一方向に飛んでいくのを目撃したとのことです。通常の飛行機やヘリコプターとは違う動きなのでこれがUFOかと思い、怖くなって屋内に駆け込んでドアの隙間から観察していたそうです。「東京行きのチャーター機ではなさそうですね」。恐怖体験を思い出して興奮している彼の耳に私のブラック・ジョークは届かなかったようです。

8月 活動日誌

2020年8月31日
GJOコーディネーター 古屋

トルクメニスタンの夏は砂漠並みだから覚悟するようにと少なからぬ人から言われてきましたが、今年の夏は例外的なのか、言われていたほどではありません。8月も中旬に入ると夕方以降はそよ風が涼を運んできます。

東京外大に留学予定のGさんとYさんは日本語を勉強するために夏休み返上で大学に通ってきました。本来なら今年9月に渡日するところですが、現下の情勢を受けて渡航の目途は立っていません。不憫でなりません。

校舎には制服着用でないと入れませんので、食堂の教師用スペースで勉強することにしました(食堂は学生用と教師用に区分されています)。受験の説明会や願書受付などがあるので、一部の教師やアシスタント学生のために夏休み中も食堂は営業しています。

受験生やその保護者らしき人たちがこちらをちらちらじろじろ見る中、日本の夏の風物詩をテーマに映像や音源を用いて3日間にわたりプレゼンテーションを行いました。花火大会、盆踊り、流しそうめんなど今年はほとんど行われていないだろうに…と思いながらも、来年の夏は日本で体験してほしいと願いつつ解説しました。二人によれば、蚊帳や打ち水はトルクメニスタンにもあるとのことです。Gさん(女子学生)が、夏祭りの屋台の写真に写っているリンゴ飴を見て、「先生、トルクメニスタンのリンゴ飴の中はリンゴですが、日本のリンゴ飴も同じですか」と質問してきました。答えに窮する私。甘いものが苦手な私はリンゴ飴を口にしたことがないのです。中身も固い飴なのだろうと漠然と思っていましたが、考えてみれば全部飴なら顎が疲れてしまいそうです。これは盲点を突かれました。動揺を隠しながら「調べて次回答えます」。日本の友人にメールで尋ねたところ、リンゴ飴の作り方に関する動画を送ってくれました。Gさん(とYさん)にその動画を見せると納得してくれました。冷汗をかいて涼をとった次第です。

なかなか理解してもらえないのがセミの鳴き声は多くの日本人にとって心地の良いものだということです。音源を聞かせると、二人とも「うるさいだけだと思います」という反応。「1/fのゆらぎ」や日本人の季節感などを持ち出して説明しましたが、完全には納得していない様子です。実際に日本の夏という環境の中に入ってみないと分かってもらえないのでしょうか。風鈴の音には「いい音です」と答えてくれました。

ラジオ体操には二人とも強い関心を示しました。百年近い歴史があること、ラタ坊というキャラクターがあること、小学生が夏休み中に毎朝学校に通って体操を行った印としてスタンプを押してもらうことなどを紹介し、藤山一郎と現行の「ラジオ体操の歌」を聞かせた後、動画を見ながら実際にラジオ体操第一と第二をやってみました。息を切らせながら「ラジオ体操をするから日本人は長生きしますか」とYさん(男子学生)。彼はその後、ラジオ体操を日課とし、自分の教え子たちにラジオ体操も仕込んでいるとのことです(Yさんは子供たちに英語と日本語を教えています)。Gさんも時々ラジオ体操をしているとのこと。実は私も最近ラジオ体操をするよう心がけており、体操をした日は体が軽く、逆にしなかった日は重く感じられ、その効果を実感しているところです。

日本の怪談、またそれに関連してラフカディオ・ハーン(小泉八雲)やお化け屋敷も紹介しました。先日、市内の書店で見つけた『日本の怪談』という日露語対訳の短編怪談集を教材に用いました。「耳なし芳一」や「雪女」、「口裂け女」など十数編が収録されています。Yさんは目次にある「テケテケ」にビクッと反応しました。彼はトルクメン主要部族であるテケ族の出身なのです。「日本にもテケの部族はいますか」。その質問、冗談で言ってるでしょ。「Yさんが日本に留学したら、日本にもテケがいることになりますから、ぜひ日本に行ってください」。そのYさん、怪談の音源を携帯に取り込み、携帯をバケツの中に入れて音を反響させ、家の庭仕事や畑仕事をしながらそれを聞いているとのこと。Gさんも同じく携帯で怪談の音源を流しながら料理を作っているとのことで、二人ともなかなか感心です。

7月 活動日誌

2020年7月31日
GJOコーディネーター 古屋

大学は夏休みに入りましたので、正規の授業はしばらくお休みです。ほとんどの学生は期末試験が終わると同時に帰省しましたが、日本留学経験者のBさん、留学候補生のGさんとYさんは日本語の勉強を続けるため首都圏に残りました。

上級を目指すBさんとはこれまでの数か月間、川端康成『雪国』の読解を少しずつ進めてきましたが、夏は一旦それを脇に置いて、代わりに日本語能力検定試験の1・2級用の問題集を短期集中で仕上げたいと彼は真剣な面持ちで言ってきました。Bさんの期末試験、卒論発表、学会発表が終わるとすぐに2冊の問題集に取りかかりました。昼夜を問わず「突貫工事」で進めたところ、約10日間で目標に達しました。1級の問題ともなると母語話者でも考え込んでしまうような問題が少なからずあり、解説する方にもかなり高度な知識が要求されますので、正直、正規の授業より大変ではありました。しかし、Bさんは何事においても熱意をもって取り組み、確実に成果を出す人ですので、教え甲斐があるというものです。ちなみにBさんは、成績がトップ数%以内の学生にのみ与えられる「赤い卒業証書」(栄誉卒業証書)を授与されて卒業しました。「赤い」といっても赤点のことではありませんので悪しからず。

この半年間、Gさん、Yさんとは広く普及している教科書を使って勉強してきましたが、夏休みに入ったという気持ちがあるせいか、つい話が脱線してしまいます。あくまで日本に行ったら役に立つような知識を紹介してはいるのですが。いっそのこと8月は趣向を変えて、「夏の風物詩」をテーマにプレゼンテーション授業を行い、少し実演体験もできるようにし、日本の代表的な怪談を扱ってみようかな…などと考えているところです。

月末にかけて上記3名の学生も順次、それぞれの故郷に帰ることになりました。最近まで残務をこなしていた教師たちもみな帰省し、学内に残っているのはおそらく私一人だけとなりました。夜、授業で使おうと思っている怪談集を読んでいるとちょっと怖くなるくらい周囲は静まりかえっています。授業がある時分は大学近くのエルトゥールル・モスクから流れてくる朝一番のアザーンで目を覚ましていたのが、学生たちが去り、授業がなくなるとアザーンを聞いてから寝るようになってしまいました。

6月 活動日誌

2020年6月30日
GJOコーディネーター 古屋

また試験の季節がやってきました。6月前半は後期の期末試験期間であり、4年生にとっては卒論発表の季節です。

国際関係・国際政治学科2年生のクラスは昨年12月以来、平仮名、片仮名、小学1年の履修漢字80字を勉強してきました。今回の期末試験では漢字に集中してもらいたいので、仮名は出題範囲から外しました。試験の結果、満点かそれに近い学生が多く、落第者も出ませんでした。テンポが速めの授業にも付いて来られることがこれで「実証」されました。

一方の経済系5学科3年生。意欲的な学生からそうとは言い難い学生まで多様性あふれる構成ゆえ、試験問題の作成にも悩みます。各クラスで試験の少し前に「コンサルテーション」なる時間が設けられ、出題範囲や重点事項などを学生に示すことになっているのですが、学生は試験が難しいものにならないようあれこれ言ってきます。その光景はバザールの値引き交渉を彷彿とさせます。結局、出題範囲は片仮名の語彙約80語(書き取りと英訳を半々)という当初の線に落ち着きました。

試験の結果、経済系5学科からは十数名が赤点(50%未満)に。ここで追試を行うという選択肢もありますが、一夜漬けで無理に憶えさせてもすぐに忘れるだろうし、それより日本文化の紹介を兼ねて文学作品でも読ませた方がよいと考えるに至り、大学近くの書店で見つけた『戦後日本短編小説集』『日本の中世三大随筆』(いずれもロシア語訳)から各人1作品を選ばせ、レポートを課しました。これでようやく全員が日本語の期末試験をパスすることができました。

試験が終わると、ほとんどの学生は故郷へ急行します。4年生は卒業するので寮を引き払います。3年生だけはインターンシップがあり、(首都出身者は別として)帰省できません。夏の間、銀行や一般企業、大学、役所などで研修することが義務付けられているからです。3年生以上は専門科目が増えるのみならず、インターンや卒論で落ち着かなくなりますので、できることなら日本語の授業は1、2年生を対象にするのが良さそうです。

5月 活動日誌

2020年5月31日
GJOコーディネーター 古屋

4月半ばに中間試験を終えたばかりですが、6月に入ればすぐに期末試験が待っています。5月を中心とした1か月半が年間の総仕上げの時期となります(今年度、日本語の場合は実質的に半年しかありませんので、半年間の総仕上げと言うべきかもしれません)。

国際関係・国際政治学科の2年生はこの1か月半で小学1年生の漢字80字を全てこなしました。日本の小1生が1年かけて学ぶものを1か月ちょっとで憶えるというのはかなりのハイペースではありますが、そこはエリート大学生、がんばってもらいましょう。中には中国語を履修している学生もおり、日本語の漢字なんて「楽勝」「余裕」と言わんばかりの顔をしています。意欲的な学生も少なからずいますので、日本語、朝鮮語、中国語の文法・文字体系の違いと類似点、東アジアにおける漢字・漢文の歴史と意義、仮名の発生・発達史、日本語系統研究の略史と最近の動向などを解説しました。東アジアのその辺のことはもやもやして分からなかったけど話を聞いてすっきり分かるようになったと嬉しいことを言ってくれる学生がいました。

経済系5学科の3年生は、片仮名を終えたところで残りの授業数がわずかしかなかったため、漢字については最小限の説明にとどめ、基本会話に進みました(会話の内容は、受講者が経済学専攻の学生であることを意識したものにしました)。授業の開始時期は上記クラスより1か月ちょっと後の今年2月でしたが、その1か月の差がここに来て大きく感じられます。他の科目と同様に9月に開始できれば相当先まで進めることができるのに・・・とも思われてなりません。

4月 活動日誌

2020年4月30日
GJOコーディネーター 古屋

4月の第2週に後期の中間試験が行われました。昨年12月に日本語の学習を始めた国際関係・国際政治学科2年生のクラスは平仮名に加え片仮名も全て学び終えて中間試験に臨みました。前期の期末試験ですでに平仮名の力を試したので、今回の出題範囲は片仮名の語彙100語。そのうち50語を出題しました。日常の語彙はもちろんのこと、「トルクメニスタン」や「アシガバット」といった固有名詞も覚えてもらいたいので出題。試験結果は上々で、数名が満点を取りました。落第もありませんでした。試験後、このクラスは漢字と挨拶・基本会話に進みました。

今年2月に日本語を始めた経済系5学科の学生(いずれも3年生)は、中間試験までになんとかぎりぎり平仮名を学び終えました。3月は休みの日が多く、実質1か月半でイントロダクションから平仮名の「ん」に到達したことになります。出題範囲は平仮名の語彙100語。やはり50語を出題しました。昨年度も日本語を履修した学生にとって今年度は復習になるので軒並み高得点でしたが、初めて勉強する学生の得点にはばらつきが見られました。概して高得点者が多いものの、落第点を取る学生も何人か発生し、追試を実施しました。追試では全員が合格点を取り、無事中間試験を終えました。

ところで、2月の学内選抜で東京外大への留学候補生に選ばれたGさん(女子学生)とYさん(男子学生)。4月のある日、二人そろって深刻な顔をしてGJOに入ってきました。何が起こったのかと思ったら、「私たちは本当に日本に行けますか」と言ったきり、うなだれて黙ってしまいました。世界中でウイルス問題の影響が日に日に深刻化し、予定どおり秋に渡日できるか心配でならないのです。また別の日には、文科省国費留学試験の受験を考えていた本学教師がやってきて「やっぱり受験しないことにしました。みんなが留学に反対するようになったので」と済まなそうに言いました。コロナ禍はトルクメニスタンの有為な若者の将来にまで暗い影を落とすようになってきました。

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