平成25年9月卒業式・学位記授与式

2013.09.25

平成25年9月外国語学部卒業式・学位記授与式、大学院地域文化研究科及び総合国際学研究科学位記授与式が平成25年9月25日に本学の留学生日本語教育センター「さくらホール」において行われました。

学長式辞

  今日、本学をご卒業・修了される皆さんに、東京外国語大学長として、新たな門出を祝って、はなむけ(贐)の言葉を述べさせていただきます。
  いま安倍内閣のもとで「教育再生実行会議」がさまざまな教育改革プランを検討していますが、そこで主眼とされているのは、巷で流行語ともなっている「グローバル人材の育成」ということです。
  では「グローバル人材」とはどういう資質を備えた人材でしょうか。そもそも「グローバル」とはどういう意味でしょうか。学部を終えられた皆さん、また大学院を終えられた皆さんは、はたして「グローバル」の名に値する「力」を身につけられたでしょうか。
  私たちは「国際化」と「グローバル化」という現象の違いをしっかりと区別する必要があります。「国際化」は、ある国が自助努力によって経済的に発展し、商品の国際的競争力をつけて市場経済において優位性を獲得することでした。20世紀半ばまでのそうした発展のなかで、日本は工業化を進めて、ソニー、セイコーなどが「メイド・イン・ジャパン」の名を世界中に広めました。
  一方、この時代の現象として忘れてはならないのは、国内の労働力市場では吸収できない貧しい地域の過剰労働力を「移民」として北アメリカやラテンアメリカに送り出していたことです。
  最後の時期の日本人移民については、たいへんに興味深いルポルタージュがあります。1968年に中南米に向かった「あるぜんちな丸」に乗船した日本の国策移民の方がたに密着して、ブラジル到達の様子を記録し、さらには10年後、20年後、31年後と訪問して「彼らの南米での生活はどうなっているか」、「現地で元気に暮らしているのか」をカメラが定期的に追跡したのです。これは映像化され、のちに『航跡―移住31年目の乗船名簿』として出版されています。
  このルポルタージュには、頑張って農業従事者から経営者となられた多くの方がたの事例があげられていますが、20世紀末になると、こうした「刻苦精励」や「自助努力」にもかかわらず、「グローバル化」の波に翻弄されるケースが生じています。たとえば、丹精込めた栽培によりニンニクの生産で大成功を収めた方がいます。しかしブラジル政府の農作物輸入自由化で海外から安価な中国産が入ってきて、ニンニクの値が大暴落し、この方はまったく悲惨な状態になってしまいました。
  これは、まさに「グローバル化」の結果であって、一個人の力では抗いがたい状況が突然に襲ってくることがあるわけです。こうしたヒトとモノの大量移動という現実をまえに、私たちはどう対処したらよいのでしょうか。
  じつはそのカギは、グローバル化そのものにあるとも言えます。インターネットの普及、情報の伝播によって私たちは、一国、一地域、一コミュニティ、あるいは一個人がかかえるさまざまなニーズをつかむことができます。そうしたさまざまなニーズをうまく掬い上げ、繋げることができる人、これこそが「グローバル人材」ではないかと私は考えます。こうした「ネットワーク力」をもつ人材こそが、刻々変わる状況の変化を読み取り、素早く対応することができるのです。
  ここで、ひとつの事例を紹介します。それは、奇しくも日本人のブラジル移住とつながっています。私の友人に大手商社で、繊維機械の輸出を長年にわたっておこなってきた方がいるのですが、最初の輸出先は、アメリカ、スペイン、トルコなどでした。いまやそれが、アフリカのアンゴラになっているのですが、これは大変な作業です。というのもインフラそのものが欠けているので、いろいろな手配が必要で、工場にしても建物から手掛ける必要があるからです。
  なかでも大変なのは、現地の労働者に繊維機械の操作を教える中間的人材を見つけることでした。日本がいくら不況だと言っても、なかなかアンゴラまで行ってくれる人はいませんし、なによりも現地語のポルトガル語が分かりません。アンゴラはポルトガルの植民地であったために公用語がポルトガル語なのです。そこで、この友人が着目したのは、1980年代以後、移民の流れが逆転して、日本に働きにきている日系ブラジル人だったのです。彼らは日本の工業生産システムに慣れていますし、言葉もポルトガル語とある程度の日本語ができます。彼らは、現地における現地スタッフのトレーナー、技術者としてはうってつけの人材だったのです。こうしていま、工場建設から始まって、繊維製品の製造の一貫設備ができ、現地人がきちんとした労働者として育ってきています。
  これはかつての「国際化」の時代のような優れた製品の一方的輸出ではなく、「グローバル化」の時代のニーズに応えて、現地のインフラ整備から生産工程の確立までのプロセスを、日本の商社が広いネットワーク力を活用して実現している好例です。結局、「グローバル化」に対応するグローバル人材に必要とされるのは、単に英語力に還元されるようなコミュニケーション能力ではなくて、構想力と実行力、そしてネットワーク力なのです。 皆さんは、東京外国語大学で豊かな学生生活を送り、さまざまな「力」、なかでもネットワーク力を培われたものと確信しています。
  ところで皆さんのOB・OG組織である東京外語会は、すでに全世界に広がるネットワークを擁しています。今日、本学を卒業される皆さんは、自らのネットワーク力をさらに広げ強めるために、ぜひこの東京外語会のネットワークに加わっていただきたいと思います。そうしてグローバル化の進む複雑な21世紀の時代に、グローバル(地球社会)とローカル(地域社会)の諸課題に果敢に挑み、大いに活躍されるよう期待しています。
  以上、皆さんのご活躍を祈念して、学長の式辞とさせていただきます。

2013年9月25日
国立大学法人 東京外国語大学長 立石博高

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